青空の中の彼女

トランクス

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ハルカ

2.譲歩

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「う~ん…」

 腕を組んで唸る。教室にある自分の席で。辺りではクラスメート達が大騒ぎ。グループでお喋りしたり、ゴムボールを使ってキャッチボールを行っていた。

「何でかなぁ…」

 休み時間なので自由に歩き回っても許される。だけど腰を上げようとは思わない。教室にある一点に意識が集中していた。

「あっははは!」

 離れた席で女子生徒が声を出して笑っている。周りを囲んでいる数名のクラスメートと共に。その表情の中に躊躇いや後悔といったマイナス感情は皆無。あるのは心の底から楽しんでいるであろう笑顔だけだった。

「わっかんね…」

 どれだけ考えても理解が出来ない。成績優秀で真面目な人物が不健全な行為に及んだ事が。

青井あおいくん」

「ん?」

「どうしたの? さっきから暗い顔してるけど」

「何でもない」

「そう?」

 考え事をしていると背後から名前を呼ばれる。クラスメートの女子に。心配をかける訳にはいかないので平常心を保って対応。当たり障りのない答えを返した。

「ふぅ…」

 うちのクラスはグループ同士の確執がほとんど無い。同性間でも異性間でも。大半の人間が気軽に話しかけられる関係性が作られていた。

 だからこそ信じられなかった。イジメられている訳でもないクラスメートが犯罪に走った事実が。

空輝こうき

「お?」

 女子生徒が去ったのと入れ違いに別の人物から声をかけられる。ニコニコ顔の男子生徒から。

「どうした? 溜め息ばっかりついて」

「人生について考えてた」

「分かる分かる。どうやったら金持ちになれるかとか、将来はどんな墓に入ろうかとかね」

「飛躍しすぎなんだよ」

 振り向いた先にいたのは小学生時代からの知り合い。家族や親戚以外で唯一、下の名前で呼んでくる人物だった。

「あれ? 違うの?」

「自分の事じゃなくて別の人の事を考えてた」

「まさか……オレの事か!?」

「うるせぇ、ホモ」

 彼は明るい性格なのに根は真面目。クラス委員に推薦されたり、イベントの実行委員に選ばれたり。昔から男子にも女子にも慕われていた。

「う~ん…」

「本当にどうしたんだよ」

 いくら古い付き合いの親友といえども頭の中にある悩みは打ち明ける訳にはいかない。クラスメートの女子による万引き事件は。あくまでも自分が目撃したのは商品を盗んでいるであろう動作だけ。観察場所が離れていたので見間違いという可能性もあった。

「トイレ行ってこよ~っと」

「お? ならオレも一緒に行くぞ」

「男同士の連れションとか最高だな」

「あぁ。空輝の隣に立って顔をジロジロ見ながらやってやるぜ」

「気持ち悪い奴だな」

 机に手を突いて立ち上がる。面倒な尋問から逃げ出す為に。

「ふぅ…」

 廊下への去り際に問題の女子生徒に注目。一瞬、目が合ったような気がしたがすぐに逸らされてしまった。

「うりゃーーっ!」

「うわっ! やめてくれ!」

「ぎゃっ!? 冷てっ!」

「お返しだっ!」

 トイレで用を足した後は水道の蛇口を捻って手を洗う。隣に向かって水滴を飛ばしながら。

「あ~あ、制服が濡れちまったよ」

「水もしたたる良い男ってヤツだね」

「誰が? 俺? お前?」

「空輝の事に決まってるだろ」

「気持ち悪い奴だな」

 ハシャいだせいで衣服の一部にダメージが発生。しばらくは乾きそうにない水分量を吸収してしまった。

翔弥しょうやさぁ…」

「ん?」

「好きな女の子っている?」

 声のトーンを落として友人に声をかける。下の名前で。

「お? 恋愛相談かな?」

「若干違うけど合ってる」

「オレは女の子なら全員好きだよ。年上でも年下でも」

「あっそ」

「けど一番好きなのは空輝だな。他の誰より大好きだわ」

「気持ち悪い奴だな」

 デリケートな悩み事を相談。なのに返ってきたのは全く参考にならない答えだった。

「ん…」

 春華さんを尾行していたのは彼女が気になったから。ただそれがどういう心理状態で行った行動なのか判断がつかない。交際経験の無い人間には理解出来ない歪な感情だった。

「あの…」

「ん?」

 廊下を歩いている途中で呼び止められる。馴染みの無い薄暗い声に。

「……あ」

「こんにちは」

 振り向いて発信元を確認。すぐ横にいた背の低い女子生徒だった。

「昨日はどうも」

「いや、礼を言わなくちゃならないのはこっちの方だし」

「いいえ、疑ってしまった事を詫びないといけないので」

「ん? 何が?」

 お互いに頭を下げ合う。ぶつからないように気を付けながら。

 勘違いでなければ話しかけてきたのは前日に助けてくれた人物。万引き犯ではないと証言してくれた女の子だった。

「私、あそこの本屋で働いてるんです」

「へ?」

「昨日はシフトが入ってなかったのでお客さんとしていたんですけど」

「あ……そういう事か」

 男性店員のあまりにも早い態度の変化に納得する。彼女の説明をあっさり鵜呑みにした言動に。

「もしかしてわざわざそれを謝りに来てくれたの?」

「え~と、それもあるんですが…」

「ほ?」

 彼女の視線が床に移動。問い掛けを受け流す形で顔を背けてしまった。

「え? 誰?」

「何でもないからあっちいけ」

 隣にいた翔弥が会話に割り込んでくる。女子生徒の顔をジロジロ眺めながら。

「アナタの万引きは違うと証明しましたよね? 冤罪だと」

「うん」

「でも追いかけてた女性の方はまだ解決してないんです」

「げっ!」

 口から情けない声が飛び出した。裏返った声が。

「ひょ、ひょっとして見てたの?」

「まぁ……はい」

「……何てこったい」

 まさか自分以外にも目撃者がいたなんて。しかも店側の人間なので状況は最悪だった。

「もう警察に言ったの?」

「いえ、というかまだ発覚してません」

「へ?」

「私以外の従業員は盗られた事にすら気付いてないのでそもそもバレてないんです」

 女子生徒が淡々とした口調で喋る。身ぶり手振りを付け加えて。

「な、なら…」

「先にアナタから事情を聞こうと思ったんです。どうしてあんな真似をしたのかを」

「なるほど…」

 ゲームオーバーかと思ったが首の皮一枚が繋がっていた事が判明。崖から落ちる一歩手前の状態で踏み留まれていた。

「私としては大事になる前に商品を返して謝りに来てほしいんですけど…」

「ごめん。実は俺もその相手とあんまり親しくないんだ」

「え? そうなんですか?」

「……まぁ。昨日はたまたま近くにいただけだし」

 咄嗟に嘘をつく。ストーカー紛いの行為をしていたとバレないようにする為に。

「う~ん……ならやっぱり店長に報告した方がいいのかな」

「あのさ、商品を元に戻したら盗んだってバレない?」

「え?」

「店に報告するのもう少しだけ待ってくれないかな? 俺、その子を説得してみせるから」

 脳裏に浮かんで意見を口にした。犯罪行為そのものの隠蔽を。

「けど…」

「万引きってどれぐらいで発覚するものなの?」

「その場で気付かない場合はあまり。商品の数と売上を照らし合わせてズレてたら……てな感じですかね」

「監視カメラもあるんだよね?」

「はい。盗られたおおよその時間帯さえ分かればすぐ犯人に辿り着きますよ」

「……なら余裕は無いわけか」

 制服姿なので学校もすぐに特定されるだろう。露見は同時に刑事問題への発展を意味していた。

「ごめん! とりあえず店には内緒って事で!」

「えぇ、そんな…」

「お願い! 無理なのは重々承知してるから!」

「良いですけど……でもあんまり遅いと隠してた私も責任追及される可能性があるので早めにしてほしいのですが」

「やった、サンキュー!」

「ひゃっ!?」

 目の前にあった手を握る。小さくて華奢な指を。

「ていうかさっきからずっとタメ口で話しかけちゃってるけど君、何年生?」

「えっと、1年です」

「1年……なら1個下か」

「はい」

 突発的な約束を結ぶ事に成功した。名前も知らない人物との密かな結託を。

「よ~し、やるぞ」

 大して親しくもないクラスメートの為に行動する気力が溢れてくる。正義感が異様に高ぶっていた。
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