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ハルカ
3.接触
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廊下で密約を交わした後は教室に戻ってくる。自分の席に。
「むぅ…」
商品を返させる約束はしたが果たせるかは怪しい。ターゲットの素性も、犯行の動機も不明だった。
「春華結月…」
彼女を初めて知ったのは1年前の春。現在通っている水前寺高校に入学した事がキッカケだった。
ただその時点では単なる同級生。クラスが違うので接点は無し。たまたま廊下で見かけた時に気になったぐらいの認識だった。
そしてそれは自分だけではない。他の同級生達の間でも彼女の存在に意識を引っ張られている者が何人もいた。
「なぁ、空輝」
「ん?」
「さっきの子が言ってたのって何の話だよ」
椅子に座っていると友人が話しかけてくる。廊下でのやり取りの近くにいた人物が。
「何でもない」
「万引きとか言ってたよね? どういう事?」
「ぐっ……聞こえてたのか」
「そりゃ空輝の話し声なら例えライブ会場にいたとしても聞こえるぜ!」
「ちゃんと曲を聴いてやれよ」
彼には耳には入らないように小声で喋っていたのに。一番マズいキーワードを知られてしまっていた。
「実は昨日、本屋に行ったら窃盗したと疑われたんだ」
「何だと!?」
「まぁ、たまたまさっきの子が違うと証言してくれたから助かったんだけどさ」
「ぐぬぬ……空輝を万引き犯と間違えるなんてとんでもない店だ。オレが乗り込んで文句つけてきてやる!」
「話がややこしくなるからやめろ。もう和解したんだし」
関係の無い人間が乗り込んでも事態は何も変わらない。むしろ悪化するだけだろう。
「ん…」
ただ肝心の発端は解決していない。本当に商品を盗んだ人物は容疑者のままだった。
「う~ん、難しい…」
話を聞こうとしたが彼女はなかなか1人にならない。教室では常に誰かと共に行動していた。さすがにクラスメートの前での事情聴取は避けたいところ。万が一、勘違いだとしたら傷付けてしまうだけだから。
「結局こうなるのか…」
1日の授業が全て終了した所で教室を出る。前日同様に女子生徒を尾行する事にした。
「あっつぅ…」
季節はまだ春。なのに気温が高いせいで汗が止まらない。喉も微妙に乾燥していた。
「よくやるなぁ…」
校舎脇の道を進みながら視線を移す。グラウンドで走り回っている運動部の連中へと。サッカー部が半分に別れて練習試合を展開。1年生と上級生による対決が行われているようだった。
「俺もサッカーやりて~」
水前寺高校は部活動の参加は自由。だけど自分はどこにも所属していない。飽き性なので帰宅部を貫いていた。
「ん…」
そしてそれは目の前を歩いている女子生徒も同じ。彼女もどこの部にも所属しておらず放課後は寄り道せずに学校を出ていた。
「あの…」
「ん?」
「さっきから何ですか? ずっと後ろを付いてきて…」
辺りの人が少なくなった公園で声をかけられる。追跡していた本人から。
「あ、バレた?」
「そりゃ気付きますよ。私が止まると一緒に止まるし」
「ごめん。教室から追いかけてました」
「……はぁ」
その口調は穏やかで丁寧。更に距離感がある事が窺える敬語だった。
今日は昨日と違って気配を消す事なく尾行。接触する事が目的なので敢えて分かりやすく行動していた。
「青井くんの自宅はこっちの方ではないですよね?」
「あれ? 俺の家の場所知ってるの?」
「……私は駅から電車通学ですがアナタはいつも向こうのバス停を利用してるじゃないですか。もしくは自転車か」
「うん。だってここが地元だし」
数メートルの距離を挟んで会話を始める。腹を探り合った発言の応酬を。
「実は昨日の事で春華さんに話があって来たんだ」
「はい?」
「本屋の外で呼びかけた時。どうして逃げ出したりしたの?」
「……っ!?」
躊躇いはあったものの本題に突入。直球に質問を飛ばした。
「そ、それは…」
「それは?」
「クラスメートに会ったのが恥ずかしかったからで…」
「いや、万引き現場を見られたからでしょ。ボールペンを鞄の中に仕舞ってたじゃん」
「ぐっ…」
彼女の返答を即座に否定する。明らかに嘘だと分かる言い分を。
「それ、証拠はあるんですか?」
「あるよ」
「……え?」
「監視カメラあるから調べたら分かるって」
目撃者が1人なら勘違いで引き下がったかもしれない。ただ同じ空間にいた後輩も同じ捉え方をしていたので疑惑はほぼ黒で確定だった。
「監視カメラ…」
「本屋で働いてる店員も君の行動に気付いててさ。どうすれば良いのかって相談されたの」
「そんな…」
「その子も水前寺の生徒なのよ。1年生だから学年は違うんだけど」
状況を順に説明していく。協力者の存在を仄めかしながら。
「という訳で昨日の事はおおよそ把握してるってわけ」
「んっ…」
「だから隠し事なしで話さない? 腹を割ってさ」
立場はこちらの方が有利。気分は職質をかける警察官だった。
「……青井くんが私の犯罪現場を目撃していた事は分かりました」
「うぃっす」
「それでアナタはどうしたいんですか? 私を脅して」
「脅し?」
「要求は何でしょう。お金? 体? それとも……ただ単にクラスでの評判を下げたいだけなんでしょうか」
彼女が途端に饒舌になる。観念したサスペンスドラマの犯人のように。
「違う違う。俺は別に悪い事なんて企んでないし」
「はい?」
「春華さんを説得しに来たの。どちらかといえば味方」
「味方…」
誤認識を軌道修正した。妙な濡れ衣を否定する為に。
「その本屋で働いてる後輩の子しかまだ気付いてないんだ。春華さんの万引き」
「は、はぁ…」
「んで商品を大人しく戻したら今回は見逃してくれるってよ。お情けで」
「……え」
「だからその子の所にボールペン返しに行こ。恥ずかしいなら俺も一緒に付いて行くから!」
更生を促す台詞を大声で叫ぶ。握った拳で胸元を叩きながら。
「んっ…」
問いかけに対する返事が返ってこない。膠着状態になった事で空気が気まずくなってしまった。
「……それは無理です」
「は? 何で?」
「私がどうして万引きなんて卑劣な真似をしたか分かりますか?」
「さ、さぁ…」
「同級生に脅されているからです」
「えっ!?」
数秒の間の後、彼女が小さな言葉を呟く。衝撃的な内容の台詞を。
「同級生…」
「ボールペンはその人に渡したので持ってません」
「待って待って、おかしいじゃん! 春華さん、教室だと誰とでも仲良くしてるのに」
「脅してくるのは違うクラスの人達です。男女のグループ」
「グループ……複数なのか」
「……裸の写真を撮られてこれをバラ撒かれたくなかったら何でも命令を聞けと言われました」
「はぁっ!?」
続けて自分の口からも大きな空気が漏れた。素っ頓狂な声が。
「放課後の教室で無理やり制服を脱がされ、下着も取られて…」
「な、何そのエロマンガみたいなシチュエーション」
「私だって本当はこんな事したくない。でも写真をバラ撒かれる事の方がもっと怖い」
「春華さん…」
「うっ、ぐっ…」
対話相手が嗚咽する。両手で顔を覆ったかと思えばそのままボロボロと泣き始めてしまった。
「お、俺がそいつらにガツンと言ってやるよ!」
「……無理です。脅迫なんて卑怯な真似をする人達が素直に誰かの忠告を聞き入れるとは思えません」
「だったら警察に行ってやる。だってもうそれ犯罪の領域じゃん」
「青井くん…」
「恥ずかしいかもしれないけど相手に流されてたらダメだって。解決するどころがどんどん泥沼にハマっていくだけだし!」
溢れんばかりの気持ちで倫理観を力説する。声を震わせながら。
「……ありがとう。青井くんは優しいんですね」
「いや、俺じゃなくても同じ事を言うと思うよ。他の奴でもこの立場に立たされたら」
「けど私を脅してくる人達はそうではありません」
「う~ん……救いようのない悪い奴はどこにでもいるからなぁ」
「はい…」
どんな状況でも人のいざこざは絶えない。個性なんて言葉では片付けられない悪事を働く愚か者はいつの時代にも存在していた。
「もう少し早くアナタと知り合えてたらこんな事にはならなかったのかも」
「ど、どうも…」
「私みたいなダメ人間にこんなにも親切にしてくれるなんて…」
「いやいや、春華さんはダメ人間なんかじゃないよ!」
「……え?」
「だって俺、君の事…」
照れくさくなるような台詞が次々に飛んでくる。不釣り合いな誉め言葉が。
「うわっ、やっべ!」
「ん?」
自暴自棄なクラスメートを慰めようとした時だった。遠くから声が聞こえてきた。複数の子供による叫び声が。
「アイツ、泳げないじゃん」
「だからやめようって言ったのに。池に放り投げるの」
「どうする? 助ける?」
発信元に視線を移すと4人組の小学生の男子を見つける。彼らは大きな池の近くで何やら慌てふためいていた。
「おい、お前ら何してんだ!」
「げっ! 高校生が来た!」
「マズイ。逃げろ!」
「こらーーっ!!」
すぐにその場所に駆け寄る。異様な光景を目撃してしまったので。岸から数メートル離れた水面に激しい水しぶきが発生。よく見れば小動物が必死にもがいていた。
「くっそ、足の速い…」
悪ガキ達を捕まえようとするもタッチの差で逃げられてしまう。鞄を持っていた事がハンデとなってか。
「棒、棒…」
ただ最優先にすべきは犯人の捕獲ではなく被害者の救出。溺れている子猫を助ける為に手頃なアイテムを探した。
「……え?」
するとすぐ近くで大きな音が反響する。先程より大きな物が。
「は、春華さん!?」
振り向いた先に会話していたクラスメートを発見。彼女は制服姿のまま池に飛び込んでいた。
「何してんのぉっ!?」
「ここそんなに深くないから大丈夫!」
「いや、そういう問題じゃなくてさ…」
下半身のほとんどが水没してしまっている。腰の少し下辺りまで。
「やった。捕まえた!」
彼女は陸を歩くよりも遅いスピードで水中を歩行。そのまま手を伸ばして子猫を掴んだ。
「こっちまで来れる?」
「へ、平気…」
自分も同じ行動をとろうと考えたが踏みとどまる。複数人で突撃しても結果は変わらないから。
「手ぇ伸ばして!」
「私は良いから。それよりこの子をお願い!」
「あ、うん」
代わりに池の落ちるギリギリの所まで接近。続けてクラスメートが救出した子猫を受け取った。
「お前、大丈夫だったか!」
様子を確認すると苦しそうに息をしている。飲みこんでしまった水を吐き出す為に。
「あっ!?」
地面に置こうとした瞬間に小柄な体が逃走を開始。一目散に駆け出して近くの茂みの中に突撃してしまった。
「恩知らずな奴め…」
言葉が通じないにしても逃げ出す事はないのに。先程の子供達にされた仕打ちを考えれば心境は理解出来なくもないが。
「……大丈夫だった?」
「うん。これぐらいへっちゃら」
遅れて別の生き物も陸に上がってくる。下半身をズブ濡れにしてしまった同級生が。
「しかしいきなり飛び込むかな。どれぐらいの深さなのかも分からないのに」
「いや~、溺れてるネコちゃんを見たら体が無意識に動いてて」
「格好良かったよ。ビックリはしたけど」
「あ、ありがと…」
自分のペットでもないのに身を挺して救出活動。その決断力と行動力は素直に尊敬出来た。
「でもすぐ逃げられちゃったけどね」
「別にいいよ。助けられただけで私は満足だし」
「あと……それどうするの?」
「……あ」
問題が解決した所で別の問題が浮き彫りになる。大量に水分を吸収してしまった衣類の問題が。
「うわぁ、どうやって帰ろう…」
「さすがにそのスタイルは目立つよね」
「うん。ていうか電車に乗せてもらえるかが怪しい」
「学校に戻って乾燥……っていっても既に放課後だから時間ないか」
「むぅ…」
2人して頭を捻った。深刻ではないが解消が難しい悩み事を前に。
「とりあえず鞄からタオル出してもらっても良いかな? 底の方にピンクのが入ってるから」
「うぃっす。了解」
「あと……替えのショーツも」
「……は?」
指示通りに近くにあった春華さんの鞄に触れる。直後に聞き慣れない単語が意識の中に入ってきた。
「あはは、パンツもグショ濡れになっちゃった」
「お、俺が出すの?」
「え? だってこんな汚れた手で触りたくないもん」
「う~ん…」
全身が硬直してしまう。要求内容が意外な上に過激すぎて。
「この袋に入ってるやつ?」
「そう、それ」
「ほい」
「あ、中身だけ出してもらえますか?」
「えぇ…」
しぶしぶながらも鞄の中を漁る事に。だが彼女からは遠慮なく次々に命令が飛んできてしまった。
「……まだ使用前とはいえ男子に見られて恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいですよ。普通ならこんな事は頼みませんよね」
「誰かにこの現場を目撃されたら嫌だなぁ。ガチの変態じゃん」
「ちょうどそこにトイレあるし着替えてこよ~っと」
直視しないように気を付けて開封する。真っ白な下着が入ったビニール袋を。
「はい、共犯」
「あ?」
「それどこで手に入れた商品か分かります?」
「どこって……コンビニ?」
「正解です。家の近所のコンビニから盗んできたやつです」
「はぁっ!?」
突然、対話相手がこちらを指差してきた。手の中にある衣類を。
「ま、まさか…」
「これで青井くんも私と同罪ですね」
「……げっ!」
その顔を見ると満面の笑顔を浮かべている。思わず見とれてしまいそうな愛らしい表情を。ただし口にしているのは悪魔を彷彿とさせる恐ろしい台詞だった。
「むぅ…」
商品を返させる約束はしたが果たせるかは怪しい。ターゲットの素性も、犯行の動機も不明だった。
「春華結月…」
彼女を初めて知ったのは1年前の春。現在通っている水前寺高校に入学した事がキッカケだった。
ただその時点では単なる同級生。クラスが違うので接点は無し。たまたま廊下で見かけた時に気になったぐらいの認識だった。
そしてそれは自分だけではない。他の同級生達の間でも彼女の存在に意識を引っ張られている者が何人もいた。
「なぁ、空輝」
「ん?」
「さっきの子が言ってたのって何の話だよ」
椅子に座っていると友人が話しかけてくる。廊下でのやり取りの近くにいた人物が。
「何でもない」
「万引きとか言ってたよね? どういう事?」
「ぐっ……聞こえてたのか」
「そりゃ空輝の話し声なら例えライブ会場にいたとしても聞こえるぜ!」
「ちゃんと曲を聴いてやれよ」
彼には耳には入らないように小声で喋っていたのに。一番マズいキーワードを知られてしまっていた。
「実は昨日、本屋に行ったら窃盗したと疑われたんだ」
「何だと!?」
「まぁ、たまたまさっきの子が違うと証言してくれたから助かったんだけどさ」
「ぐぬぬ……空輝を万引き犯と間違えるなんてとんでもない店だ。オレが乗り込んで文句つけてきてやる!」
「話がややこしくなるからやめろ。もう和解したんだし」
関係の無い人間が乗り込んでも事態は何も変わらない。むしろ悪化するだけだろう。
「ん…」
ただ肝心の発端は解決していない。本当に商品を盗んだ人物は容疑者のままだった。
「う~ん、難しい…」
話を聞こうとしたが彼女はなかなか1人にならない。教室では常に誰かと共に行動していた。さすがにクラスメートの前での事情聴取は避けたいところ。万が一、勘違いだとしたら傷付けてしまうだけだから。
「結局こうなるのか…」
1日の授業が全て終了した所で教室を出る。前日同様に女子生徒を尾行する事にした。
「あっつぅ…」
季節はまだ春。なのに気温が高いせいで汗が止まらない。喉も微妙に乾燥していた。
「よくやるなぁ…」
校舎脇の道を進みながら視線を移す。グラウンドで走り回っている運動部の連中へと。サッカー部が半分に別れて練習試合を展開。1年生と上級生による対決が行われているようだった。
「俺もサッカーやりて~」
水前寺高校は部活動の参加は自由。だけど自分はどこにも所属していない。飽き性なので帰宅部を貫いていた。
「ん…」
そしてそれは目の前を歩いている女子生徒も同じ。彼女もどこの部にも所属しておらず放課後は寄り道せずに学校を出ていた。
「あの…」
「ん?」
「さっきから何ですか? ずっと後ろを付いてきて…」
辺りの人が少なくなった公園で声をかけられる。追跡していた本人から。
「あ、バレた?」
「そりゃ気付きますよ。私が止まると一緒に止まるし」
「ごめん。教室から追いかけてました」
「……はぁ」
その口調は穏やかで丁寧。更に距離感がある事が窺える敬語だった。
今日は昨日と違って気配を消す事なく尾行。接触する事が目的なので敢えて分かりやすく行動していた。
「青井くんの自宅はこっちの方ではないですよね?」
「あれ? 俺の家の場所知ってるの?」
「……私は駅から電車通学ですがアナタはいつも向こうのバス停を利用してるじゃないですか。もしくは自転車か」
「うん。だってここが地元だし」
数メートルの距離を挟んで会話を始める。腹を探り合った発言の応酬を。
「実は昨日の事で春華さんに話があって来たんだ」
「はい?」
「本屋の外で呼びかけた時。どうして逃げ出したりしたの?」
「……っ!?」
躊躇いはあったものの本題に突入。直球に質問を飛ばした。
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「それは?」
「クラスメートに会ったのが恥ずかしかったからで…」
「いや、万引き現場を見られたからでしょ。ボールペンを鞄の中に仕舞ってたじゃん」
「ぐっ…」
彼女の返答を即座に否定する。明らかに嘘だと分かる言い分を。
「それ、証拠はあるんですか?」
「あるよ」
「……え?」
「監視カメラあるから調べたら分かるって」
目撃者が1人なら勘違いで引き下がったかもしれない。ただ同じ空間にいた後輩も同じ捉え方をしていたので疑惑はほぼ黒で確定だった。
「監視カメラ…」
「本屋で働いてる店員も君の行動に気付いててさ。どうすれば良いのかって相談されたの」
「そんな…」
「その子も水前寺の生徒なのよ。1年生だから学年は違うんだけど」
状況を順に説明していく。協力者の存在を仄めかしながら。
「という訳で昨日の事はおおよそ把握してるってわけ」
「んっ…」
「だから隠し事なしで話さない? 腹を割ってさ」
立場はこちらの方が有利。気分は職質をかける警察官だった。
「……青井くんが私の犯罪現場を目撃していた事は分かりました」
「うぃっす」
「それでアナタはどうしたいんですか? 私を脅して」
「脅し?」
「要求は何でしょう。お金? 体? それとも……ただ単にクラスでの評判を下げたいだけなんでしょうか」
彼女が途端に饒舌になる。観念したサスペンスドラマの犯人のように。
「違う違う。俺は別に悪い事なんて企んでないし」
「はい?」
「春華さんを説得しに来たの。どちらかといえば味方」
「味方…」
誤認識を軌道修正した。妙な濡れ衣を否定する為に。
「その本屋で働いてる後輩の子しかまだ気付いてないんだ。春華さんの万引き」
「は、はぁ…」
「んで商品を大人しく戻したら今回は見逃してくれるってよ。お情けで」
「……え」
「だからその子の所にボールペン返しに行こ。恥ずかしいなら俺も一緒に付いて行くから!」
更生を促す台詞を大声で叫ぶ。握った拳で胸元を叩きながら。
「んっ…」
問いかけに対する返事が返ってこない。膠着状態になった事で空気が気まずくなってしまった。
「……それは無理です」
「は? 何で?」
「私がどうして万引きなんて卑劣な真似をしたか分かりますか?」
「さ、さぁ…」
「同級生に脅されているからです」
「えっ!?」
数秒の間の後、彼女が小さな言葉を呟く。衝撃的な内容の台詞を。
「同級生…」
「ボールペンはその人に渡したので持ってません」
「待って待って、おかしいじゃん! 春華さん、教室だと誰とでも仲良くしてるのに」
「脅してくるのは違うクラスの人達です。男女のグループ」
「グループ……複数なのか」
「……裸の写真を撮られてこれをバラ撒かれたくなかったら何でも命令を聞けと言われました」
「はぁっ!?」
続けて自分の口からも大きな空気が漏れた。素っ頓狂な声が。
「放課後の教室で無理やり制服を脱がされ、下着も取られて…」
「な、何そのエロマンガみたいなシチュエーション」
「私だって本当はこんな事したくない。でも写真をバラ撒かれる事の方がもっと怖い」
「春華さん…」
「うっ、ぐっ…」
対話相手が嗚咽する。両手で顔を覆ったかと思えばそのままボロボロと泣き始めてしまった。
「お、俺がそいつらにガツンと言ってやるよ!」
「……無理です。脅迫なんて卑怯な真似をする人達が素直に誰かの忠告を聞き入れるとは思えません」
「だったら警察に行ってやる。だってもうそれ犯罪の領域じゃん」
「青井くん…」
「恥ずかしいかもしれないけど相手に流されてたらダメだって。解決するどころがどんどん泥沼にハマっていくだけだし!」
溢れんばかりの気持ちで倫理観を力説する。声を震わせながら。
「……ありがとう。青井くんは優しいんですね」
「いや、俺じゃなくても同じ事を言うと思うよ。他の奴でもこの立場に立たされたら」
「けど私を脅してくる人達はそうではありません」
「う~ん……救いようのない悪い奴はどこにでもいるからなぁ」
「はい…」
どんな状況でも人のいざこざは絶えない。個性なんて言葉では片付けられない悪事を働く愚か者はいつの時代にも存在していた。
「もう少し早くアナタと知り合えてたらこんな事にはならなかったのかも」
「ど、どうも…」
「私みたいなダメ人間にこんなにも親切にしてくれるなんて…」
「いやいや、春華さんはダメ人間なんかじゃないよ!」
「……え?」
「だって俺、君の事…」
照れくさくなるような台詞が次々に飛んでくる。不釣り合いな誉め言葉が。
「うわっ、やっべ!」
「ん?」
自暴自棄なクラスメートを慰めようとした時だった。遠くから声が聞こえてきた。複数の子供による叫び声が。
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「どうする? 助ける?」
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ただ最優先にすべきは犯人の捕獲ではなく被害者の救出。溺れている子猫を助ける為に手頃なアイテムを探した。
「……え?」
するとすぐ近くで大きな音が反響する。先程より大きな物が。
「は、春華さん!?」
振り向いた先に会話していたクラスメートを発見。彼女は制服姿のまま池に飛び込んでいた。
「何してんのぉっ!?」
「ここそんなに深くないから大丈夫!」
「いや、そういう問題じゃなくてさ…」
下半身のほとんどが水没してしまっている。腰の少し下辺りまで。
「やった。捕まえた!」
彼女は陸を歩くよりも遅いスピードで水中を歩行。そのまま手を伸ばして子猫を掴んだ。
「こっちまで来れる?」
「へ、平気…」
自分も同じ行動をとろうと考えたが踏みとどまる。複数人で突撃しても結果は変わらないから。
「手ぇ伸ばして!」
「私は良いから。それよりこの子をお願い!」
「あ、うん」
代わりに池の落ちるギリギリの所まで接近。続けてクラスメートが救出した子猫を受け取った。
「お前、大丈夫だったか!」
様子を確認すると苦しそうに息をしている。飲みこんでしまった水を吐き出す為に。
「あっ!?」
地面に置こうとした瞬間に小柄な体が逃走を開始。一目散に駆け出して近くの茂みの中に突撃してしまった。
「恩知らずな奴め…」
言葉が通じないにしても逃げ出す事はないのに。先程の子供達にされた仕打ちを考えれば心境は理解出来なくもないが。
「……大丈夫だった?」
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「いや~、溺れてるネコちゃんを見たら体が無意識に動いてて」
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自分のペットでもないのに身を挺して救出活動。その決断力と行動力は素直に尊敬出来た。
「でもすぐ逃げられちゃったけどね」
「別にいいよ。助けられただけで私は満足だし」
「あと……それどうするの?」
「……あ」
問題が解決した所で別の問題が浮き彫りになる。大量に水分を吸収してしまった衣類の問題が。
「うわぁ、どうやって帰ろう…」
「さすがにそのスタイルは目立つよね」
「うん。ていうか電車に乗せてもらえるかが怪しい」
「学校に戻って乾燥……っていっても既に放課後だから時間ないか」
「むぅ…」
2人して頭を捻った。深刻ではないが解消が難しい悩み事を前に。
「とりあえず鞄からタオル出してもらっても良いかな? 底の方にピンクのが入ってるから」
「うぃっす。了解」
「あと……替えのショーツも」
「……は?」
指示通りに近くにあった春華さんの鞄に触れる。直後に聞き慣れない単語が意識の中に入ってきた。
「あはは、パンツもグショ濡れになっちゃった」
「お、俺が出すの?」
「え? だってこんな汚れた手で触りたくないもん」
「う~ん…」
全身が硬直してしまう。要求内容が意外な上に過激すぎて。
「この袋に入ってるやつ?」
「そう、それ」
「ほい」
「あ、中身だけ出してもらえますか?」
「えぇ…」
しぶしぶながらも鞄の中を漁る事に。だが彼女からは遠慮なく次々に命令が飛んできてしまった。
「……まだ使用前とはいえ男子に見られて恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいですよ。普通ならこんな事は頼みませんよね」
「誰かにこの現場を目撃されたら嫌だなぁ。ガチの変態じゃん」
「ちょうどそこにトイレあるし着替えてこよ~っと」
直視しないように気を付けて開封する。真っ白な下着が入ったビニール袋を。
「はい、共犯」
「あ?」
「それどこで手に入れた商品か分かります?」
「どこって……コンビニ?」
「正解です。家の近所のコンビニから盗んできたやつです」
「はぁっ!?」
突然、対話相手がこちらを指差してきた。手の中にある衣類を。
「ま、まさか…」
「これで青井くんも私と同罪ですね」
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25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
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