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ハルカ
4.脅迫
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足を擦るように廊下を歩く。昼休みの校舎内を。
「くっそ…」
右手には購買で買ってきたジャムパンが存在。反対側の左手にはペットボトルのお茶を持っていた。
「パシりかよ…」
これらは自分で食べる為の物ではない。同じクラスの女子生徒に献上する為。頼まれた物を買って届けているだけだった。
「あ~あ、こんな事なら関わるんじゃなかったわ」
優しくて明るい人柄だと思っていたのに。蓋を開けてみれば腹のドス黒い人物だった。
彼女は説得の言葉に耳を貸すどころか泥沼に引き込んでくる始末。万引きの共犯になったのをネタに昼飯を要求してきていた。
「ほい」
「あっ、ありがとうございます」
教室へと戻ってきた所で購入した食料品を渡す。入口で待ってくれていた女子生徒へと。
「あれ? 青井くんは自分の分は買ってこなかったんですか?」
「……俺は弁当あるからいらない」
「へぇ~。自作?」
「違うよ。作ったのは父親。俺は料理出来ないし」
「それは残念。もし得意なら私の分もお願いしようかと思ったのに」
「嫌すぎる…」
受け取った彼女の顔は悪びれる事のない笑顔。悪意なんて抱いていないかのごとく。あまり関わりたくないので要件を済ませてすぐにその場を離れた。
「ちっ…」
数日前まではどうやって近付こうか目論んでいたのに。いざ急接近したら途端に距離を置きたくなった。
「空輝」
「ん?」
席に座ろうとしたタイミングで声をかけられる。不安そうな表情の男子生徒から。
「春華さんと何かあったの?」
「は? 急にどうした?」
「だってさっき話してたじゃん。凄く仲良さそうに」
「……別に仲良くねぇし」
彼の手元にはラップに包まれたサンドイッチが存在。行儀の悪い事に食べながら教室を歩いていた。
「いや、でもクラスで話題になってるよ」
「は? 何が?」
「2人が付き合い始めたんじゃないのかって」
「おいおい、誰だよ! そんな根も葉もない事を言い出したの」
「オレ」
「ふざけんな、テメェッ!」
「ギャーーっ!? ごめんごめん!」
目の前にあった制服の襟を掴む。そのまま力任せに持ち上げた。
「だって空輝、最近はオレじゃなく春華さんとばかりつるんでるじゃん」
「そ、それは…」
「昼休みに一緒にご飯食べようって誘っても購買に出掛けたり」
「いや、後からこうやって翔弥達と合流してるだろ」
「春華さんだけじゃなくたまにはオレの方も見てくれよーーっ!!」
「うるせぇな! 俺にそっち方面の趣味はねぇんだよぉおぉおおっ!」
「うげげーーっ!?」
続けて体を机に押さえつける。後頭部を思い切り掴んで。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「……あんまりあの人の話題には触れないでくれ」
「え? どうして?」
「いいから」
名前を口にするのも耳に入れるのもウンザリ。憧れの人物の印象は地面スレスレにまで落下していた。
「あと妙な噂を流すのもやめろ。向こうにも迷惑がかかるだろ?」
「分かった!」
「飲み込みが早くて助かる」
「それはつまりオレだけを見てくれているという何よりの証…」
「全然分かってねぇじゃねぇか」
「ぎゃぁあぁあぁぁっ!!」
忠告をした直後に二度目の制裁を決行。手加減なしのチョークスリーパーをかけた。
「……ったく」
「うぅ…」
教室の一角で平和な時間を過ごす。周りからの視線を気にしながら。
一通り暴れた後は他の男子生徒とも合流。慣れ親しんだ面子で昼食をとった。
「は~、食った食った」
弁当箱を空にすると廊下を歩く。連れはおらず1人で。
「……居心地悪いな」
教室にはいたくないので逃げ出す形で脱出。同じ空間にいる女子生徒と顔を合わせないようにする為の避難行動だった。
「ねぇ。あの人でしょ?」
「ん?」
「らしいよ。春華さんが付き合い始めた男子って」
途中、小声での内緒話が聞こえてくる。女子2人組によるこちらを見ながらの密談が。
「ちっ…」
そのハプニングで先程の話が真実なんだと確信。否定しに行こうとしたが体が動かなかった。
「あの~」
「何だよ!?」
警戒している最中、別の角度から話しかけられる。意識を向けていなかった背後から。
「……あ」
「ご、ごめんなさい…」
「いや、こっちこそ悪かった。いきなり怒鳴ったりして」
声を必要以上に張り上げて威嚇。しかし振り向いた先にいたのは同級生ではない女子生徒だった。
「もしかして話しかけたりしたらマズかったですか?」
「うぅん、そんな事ないよ。ただ気が立ってただけ」
「は、はぁ…」
「俺に何か用事? てか用事あるからここにいるのか」
「まぁ…」
態度を翻して会話を進める。無実の人間に八つ当たりした身勝手さを反省して。
「その……どうなったのかなと思いまして」
「あぁ、失敗した」
「え?」
「説得するどころか共犯にされちまったよ」
包み隠さず素直に暴露した。ミッションが不達成になってしまった不甲斐ない結果を。
「そ、それはどういう…」
「とりあえずこれ」
「……はい?」
「返すよ。ボールペン」
茫然とするリアクションを無視して会話を進める。ズボンのポケットからビニール袋に入ったペンを取り出した。
「え、え…」
「盗んだヤツとは違うヤツなんだけどバレない?」
「えっと……基本的に同じ商品はバーコードも統一されているので大丈夫だとは思いますが」
「なら良かった。本人に返してもらうの無理でさ」
「これ……別のお店で買ってきたヤツですよね?」
「そうそう」
中身を確認させて後輩に渡す。あちこちのコンビニやスーパーを巡って必死に見つけた代替品を。
「でもこれだとアナタが損してるんじゃ…」
「仕方ないじゃん。警察沙汰にされたくないし」
「警察…」
「え~と……君、名前なんだっけ?」
「奏多です。この前も名乗ったと思うんですが…」
「記憶力悪くてすまん。奏多さんには申し訳ないけどこれで勘弁して」
指を真っ直ぐ伸ばした手を顔の前に移動。手刀を振り下ろす形で謝罪した。
「あの……何があったんですか?」
「ん? 俺も別の店での万引きに加担した事になっちゃったの」
「はい?」
「んじゃあね。迷惑かけてごめんよ」
「あ、あのっ…」
軽く手を振ってその場を立ち去る。会話を強制的に打ち切って歩き始めた。
「はぁ…」
溜め息しか出ない。クラスメートに屈服した事も、後輩に情けない姿を晒してしまった事実に対しても。更に悩みの種は誰にも相談出来ない悪質な物。いつ暴発するか分からない不発弾を抱えている気分だった。
「気を付けて帰るんだぞ~」
放課後になるとクラスメートが次々に教室を出ていく。男性教師の解散の声を合図に。
「あ~あ…」
何もやる気が湧いてこない。頭のてっぺんから足の爪先まで無気力状態だった。
「青井くん」
「な、何?」
席を立とうとしたタイミングで話しかけられる。関わりたくない苦手な人物から。
「良かったら一緒に帰りませんか?」
「え? どうして?」
「特に理由は無いです」
「……ならやめとく」
「はい? 何故ですか?」
「いや、だって…」
彼女から同行の提案が飛んできた。裏がありそうな誘いの台詞が。
「もしかして何か用事があるとか?」
「さぁ。ていうかそれは春華さんに関係ないじゃん」
「え~、そんな冷たい事を言わなくても。毎日お喋りしてる仲じゃないですか」
「昼に食い物を買って渡してるだけだし。ペットのエサやりみたいなもんだよ」
「まぁ! ペットだなんて酷い言いぐさ」
「……けっ」
辛辣な対応に対して対話相手が口元を手で押さえる。それが演技だと分かっているので遠慮なく睨み付けた。
「まさか噂の事を気にしてるとか」
「噂?」
「知ってます? 私達、交際してるんじゃないかって情報が同級生の間で広められてるんですよ」
目の前に端正な顔が近付いてくる。周りからの視線を気にしている素振り全開の表情が。
「嫌なら否定すれば良いのに」
「え? 私は別に嫌ではありませんが」
「……俺が嫌なんだよ」
「青井くんて女の子に冷たいんですね。優しくしないとモテませんよ?」
「そうか。今はクラスの女子とは関わりたくない気分だから好都合だな」
皮肉に対して嫌味で返答。本心を濁さずぶっちゃけた。
「とりあえず用事があるにしても学校の外まで一緒に行きましょうよ」
「ちょっ…」
「ほら、早く」
強引に腕を掴まれ引っ張られる。華奢で繊細な手付きの指先に。逆らおうとしたが揉める方が目立つと判断。しぶしぶながら相手の要求に従う事にした。
「んーーっ、お日様キレイ!」
下駄箱で靴に履き替えると外に出る。夕焼けの影響で様々な物の影が伸びている校庭へと。
「どこか寄り道して行きますか?」
「交番」
「……は?」
「俺としては大人しく自首してほしいんだけど」
問いかけに対して大胆な答えを口にした。本来なら無縁である国家組織の名前を。
「……そうですね。それも悪くないかもですね」
「本心では微塵も思ってないクセに」
「ただ私が捕まると自動的に青井くんも捕まる事になってしまいますよ?」
「いやいや! 俺、関係ないし!」
「2人揃って地獄に堕ちますか?」
「勘弁してくれ…」
明らかに嘘と分かる笑顔を向けられる。思わず畏怖してしまいそうな表情を。一つだけ確実なのはそこに罠が仕掛けられているので迂闊な反抗が出来ないという事だった。
「性格悪…」
「はい。指摘されなくても知っています」
「自覚があるから余計にタチが悪い」
当て擦りの発言も軽くスルーされてしまう。柳に風と受け流すように。
「ねぇ」
「はい?」
「本当に誰かに脅されてるんじゃないの?」
質問する側とされる側を交代。今度はこちらから気になっていた点を尋ねてみた。
「されてませんよ」
「絶対?」
「もちろんです。ひょっとして私の話、信じてました?」
「そりゃだって…」
「同級生に裸の写真を撮られたとか嘘ですよ」
会話を進めながらも校門を目指して歩く。前後にズレて。
「そうかよ…」
「青井くんは、もし私が本当に誰かに脅迫されてたらどうしてたんですか?」
「ん~、そいつの所に乗り込んでやめさせるかな」
「へぇ……優しいんですね」
「自己保身だよ。こんなアホな関係を断ち切る為」
「あっははは! それでも私は嬉しいです」
「なんでだよ…」
仮定の話なのだから意味が無い。憶測をどれだけ発展させても現実には少しも影響しなかった。
「風が気持ちいい~」
生温い空気が辺りをすり抜けていく。前方にある長い髪を揺らしながら。
「あのぉ、もし暇ならうちに来ませんか?」
「は? 行くわけないし」
「え~と、それはやっぱり女子の部屋に行くのは照れくさいから?」
「違う! これ以上は変なトラブルに巻き込まれたくないからだっつの!」
「あっちゃ~、痛い所を突いてくるなぁ」
弱味は握られても強情な姿勢は崩さない。何から何まで命令通りに行動する意味は無かった。
「俺、もう帰るわ」
「あっ、ちょっ…」
道路に出ると進行方向を変えて歩き出す。駅がある方角とは反対側に。
「んっ…」
後ろから呼び止められたが無視して逃走。通行人が多い大通りへと。信号や公園のショートカットを利用して小走りで自宅を目指した。
「はよ~っす」
翌日、教室の入口で挨拶を飛ばす。先に登校していたクラスメート達に向かって。
「ん?」
そのまま中に足を踏み入れるが様子がおかしい。いつも通り騒がしいのだが空気が重苦しかった。
「何々…」
多くの視線が一斉に飛んでくる。感情の読み取りが難しい無に近い顔付きの数々が。その全てがこちらに向いていた。
「空輝、こっち」
「は?」
「ヤバいって」
「何が?」
近付いてきた翔弥が奥に来るよう誘導してくる。気まずいオーラを醸し出しながら。
「……お?」
席に向かう途中、新たな異変を発見。窓際の机に大勢の女子生徒が集まっていた。
「昨日、春華さんと一緒に帰らなかった?」
「え? 見てたの?」
「やっぱり…」
「何だよ?」
机に鞄を置く前に彼が問いかけてくる。前日の下校時の行動についてを。
「これ」
「ん?」
目の前にポケットから取り出された端末が出現。自然と画面に目線が移った。
「な、何だよこれ…」
思わず釘付けになる。表示されていた異質な画像の数々に。そこにあったのは女性の腕や肩といった身体の一部。ただその全てに痛々しいアザが存在していた。
「どうやらここに写ってるの春華さんみたいなんだ」
「はっ!?」
「自宅で撮られたヤツらしいんだけど」
「え、え…」
脳内がパニックになる。解説内容が意味不明すぎて。
「誰かがネットに載せたのをクラスの連中が見つけたっぽい」
「待て待て、これらの画像と俺に何の関係があるんだよ?」
「空輝さ、最近は春華さんと一緒にいる事が多いだろ? 昨日も並んで帰ってたし」
「そ、それは…」
「だから空輝が春華さんに暴力を振るってるんじゃないかって噂になってるんだよ」
「……げっ!」
絶望的な状況を把握した。昨日までよりもずっと酷い立場を。
「いや、俺は無実だし!」
「でもクラスでは結構それを信じてる奴がいるんだよね」
「嘘ぉん…」
「学年中にこの話題が広がってるとか」
「えぇ…」
恐る恐る辺りを見回す。険悪なムードがピリピリの教室内を。気のせいでなければ多くの敵意を向けられている気がした。
「うっ、ぐっ…」
窓際にある席では1人の女子生徒が泣いている。クラスメートで形成された人垣の中心で。
「マジか…」
思考が現状の把握に追い付かない。崖のギリギリで踏ん張っていた所を強く突き飛ばされた気分だった。
「くっそ…」
右手には購買で買ってきたジャムパンが存在。反対側の左手にはペットボトルのお茶を持っていた。
「パシりかよ…」
これらは自分で食べる為の物ではない。同じクラスの女子生徒に献上する為。頼まれた物を買って届けているだけだった。
「あ~あ、こんな事なら関わるんじゃなかったわ」
優しくて明るい人柄だと思っていたのに。蓋を開けてみれば腹のドス黒い人物だった。
彼女は説得の言葉に耳を貸すどころか泥沼に引き込んでくる始末。万引きの共犯になったのをネタに昼飯を要求してきていた。
「ほい」
「あっ、ありがとうございます」
教室へと戻ってきた所で購入した食料品を渡す。入口で待ってくれていた女子生徒へと。
「あれ? 青井くんは自分の分は買ってこなかったんですか?」
「……俺は弁当あるからいらない」
「へぇ~。自作?」
「違うよ。作ったのは父親。俺は料理出来ないし」
「それは残念。もし得意なら私の分もお願いしようかと思ったのに」
「嫌すぎる…」
受け取った彼女の顔は悪びれる事のない笑顔。悪意なんて抱いていないかのごとく。あまり関わりたくないので要件を済ませてすぐにその場を離れた。
「ちっ…」
数日前まではどうやって近付こうか目論んでいたのに。いざ急接近したら途端に距離を置きたくなった。
「空輝」
「ん?」
席に座ろうとしたタイミングで声をかけられる。不安そうな表情の男子生徒から。
「春華さんと何かあったの?」
「は? 急にどうした?」
「だってさっき話してたじゃん。凄く仲良さそうに」
「……別に仲良くねぇし」
彼の手元にはラップに包まれたサンドイッチが存在。行儀の悪い事に食べながら教室を歩いていた。
「いや、でもクラスで話題になってるよ」
「は? 何が?」
「2人が付き合い始めたんじゃないのかって」
「おいおい、誰だよ! そんな根も葉もない事を言い出したの」
「オレ」
「ふざけんな、テメェッ!」
「ギャーーっ!? ごめんごめん!」
目の前にあった制服の襟を掴む。そのまま力任せに持ち上げた。
「だって空輝、最近はオレじゃなく春華さんとばかりつるんでるじゃん」
「そ、それは…」
「昼休みに一緒にご飯食べようって誘っても購買に出掛けたり」
「いや、後からこうやって翔弥達と合流してるだろ」
「春華さんだけじゃなくたまにはオレの方も見てくれよーーっ!!」
「うるせぇな! 俺にそっち方面の趣味はねぇんだよぉおぉおおっ!」
「うげげーーっ!?」
続けて体を机に押さえつける。後頭部を思い切り掴んで。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「……あんまりあの人の話題には触れないでくれ」
「え? どうして?」
「いいから」
名前を口にするのも耳に入れるのもウンザリ。憧れの人物の印象は地面スレスレにまで落下していた。
「あと妙な噂を流すのもやめろ。向こうにも迷惑がかかるだろ?」
「分かった!」
「飲み込みが早くて助かる」
「それはつまりオレだけを見てくれているという何よりの証…」
「全然分かってねぇじゃねぇか」
「ぎゃぁあぁあぁぁっ!!」
忠告をした直後に二度目の制裁を決行。手加減なしのチョークスリーパーをかけた。
「……ったく」
「うぅ…」
教室の一角で平和な時間を過ごす。周りからの視線を気にしながら。
一通り暴れた後は他の男子生徒とも合流。慣れ親しんだ面子で昼食をとった。
「は~、食った食った」
弁当箱を空にすると廊下を歩く。連れはおらず1人で。
「……居心地悪いな」
教室にはいたくないので逃げ出す形で脱出。同じ空間にいる女子生徒と顔を合わせないようにする為の避難行動だった。
「ねぇ。あの人でしょ?」
「ん?」
「らしいよ。春華さんが付き合い始めた男子って」
途中、小声での内緒話が聞こえてくる。女子2人組によるこちらを見ながらの密談が。
「ちっ…」
そのハプニングで先程の話が真実なんだと確信。否定しに行こうとしたが体が動かなかった。
「あの~」
「何だよ!?」
警戒している最中、別の角度から話しかけられる。意識を向けていなかった背後から。
「……あ」
「ご、ごめんなさい…」
「いや、こっちこそ悪かった。いきなり怒鳴ったりして」
声を必要以上に張り上げて威嚇。しかし振り向いた先にいたのは同級生ではない女子生徒だった。
「もしかして話しかけたりしたらマズかったですか?」
「うぅん、そんな事ないよ。ただ気が立ってただけ」
「は、はぁ…」
「俺に何か用事? てか用事あるからここにいるのか」
「まぁ…」
態度を翻して会話を進める。無実の人間に八つ当たりした身勝手さを反省して。
「その……どうなったのかなと思いまして」
「あぁ、失敗した」
「え?」
「説得するどころか共犯にされちまったよ」
包み隠さず素直に暴露した。ミッションが不達成になってしまった不甲斐ない結果を。
「そ、それはどういう…」
「とりあえずこれ」
「……はい?」
「返すよ。ボールペン」
茫然とするリアクションを無視して会話を進める。ズボンのポケットからビニール袋に入ったペンを取り出した。
「え、え…」
「盗んだヤツとは違うヤツなんだけどバレない?」
「えっと……基本的に同じ商品はバーコードも統一されているので大丈夫だとは思いますが」
「なら良かった。本人に返してもらうの無理でさ」
「これ……別のお店で買ってきたヤツですよね?」
「そうそう」
中身を確認させて後輩に渡す。あちこちのコンビニやスーパーを巡って必死に見つけた代替品を。
「でもこれだとアナタが損してるんじゃ…」
「仕方ないじゃん。警察沙汰にされたくないし」
「警察…」
「え~と……君、名前なんだっけ?」
「奏多です。この前も名乗ったと思うんですが…」
「記憶力悪くてすまん。奏多さんには申し訳ないけどこれで勘弁して」
指を真っ直ぐ伸ばした手を顔の前に移動。手刀を振り下ろす形で謝罪した。
「あの……何があったんですか?」
「ん? 俺も別の店での万引きに加担した事になっちゃったの」
「はい?」
「んじゃあね。迷惑かけてごめんよ」
「あ、あのっ…」
軽く手を振ってその場を立ち去る。会話を強制的に打ち切って歩き始めた。
「はぁ…」
溜め息しか出ない。クラスメートに屈服した事も、後輩に情けない姿を晒してしまった事実に対しても。更に悩みの種は誰にも相談出来ない悪質な物。いつ暴発するか分からない不発弾を抱えている気分だった。
「気を付けて帰るんだぞ~」
放課後になるとクラスメートが次々に教室を出ていく。男性教師の解散の声を合図に。
「あ~あ…」
何もやる気が湧いてこない。頭のてっぺんから足の爪先まで無気力状態だった。
「青井くん」
「な、何?」
席を立とうとしたタイミングで話しかけられる。関わりたくない苦手な人物から。
「良かったら一緒に帰りませんか?」
「え? どうして?」
「特に理由は無いです」
「……ならやめとく」
「はい? 何故ですか?」
「いや、だって…」
彼女から同行の提案が飛んできた。裏がありそうな誘いの台詞が。
「もしかして何か用事があるとか?」
「さぁ。ていうかそれは春華さんに関係ないじゃん」
「え~、そんな冷たい事を言わなくても。毎日お喋りしてる仲じゃないですか」
「昼に食い物を買って渡してるだけだし。ペットのエサやりみたいなもんだよ」
「まぁ! ペットだなんて酷い言いぐさ」
「……けっ」
辛辣な対応に対して対話相手が口元を手で押さえる。それが演技だと分かっているので遠慮なく睨み付けた。
「まさか噂の事を気にしてるとか」
「噂?」
「知ってます? 私達、交際してるんじゃないかって情報が同級生の間で広められてるんですよ」
目の前に端正な顔が近付いてくる。周りからの視線を気にしている素振り全開の表情が。
「嫌なら否定すれば良いのに」
「え? 私は別に嫌ではありませんが」
「……俺が嫌なんだよ」
「青井くんて女の子に冷たいんですね。優しくしないとモテませんよ?」
「そうか。今はクラスの女子とは関わりたくない気分だから好都合だな」
皮肉に対して嫌味で返答。本心を濁さずぶっちゃけた。
「とりあえず用事があるにしても学校の外まで一緒に行きましょうよ」
「ちょっ…」
「ほら、早く」
強引に腕を掴まれ引っ張られる。華奢で繊細な手付きの指先に。逆らおうとしたが揉める方が目立つと判断。しぶしぶながら相手の要求に従う事にした。
「んーーっ、お日様キレイ!」
下駄箱で靴に履き替えると外に出る。夕焼けの影響で様々な物の影が伸びている校庭へと。
「どこか寄り道して行きますか?」
「交番」
「……は?」
「俺としては大人しく自首してほしいんだけど」
問いかけに対して大胆な答えを口にした。本来なら無縁である国家組織の名前を。
「……そうですね。それも悪くないかもですね」
「本心では微塵も思ってないクセに」
「ただ私が捕まると自動的に青井くんも捕まる事になってしまいますよ?」
「いやいや! 俺、関係ないし!」
「2人揃って地獄に堕ちますか?」
「勘弁してくれ…」
明らかに嘘と分かる笑顔を向けられる。思わず畏怖してしまいそうな表情を。一つだけ確実なのはそこに罠が仕掛けられているので迂闊な反抗が出来ないという事だった。
「性格悪…」
「はい。指摘されなくても知っています」
「自覚があるから余計にタチが悪い」
当て擦りの発言も軽くスルーされてしまう。柳に風と受け流すように。
「ねぇ」
「はい?」
「本当に誰かに脅されてるんじゃないの?」
質問する側とされる側を交代。今度はこちらから気になっていた点を尋ねてみた。
「されてませんよ」
「絶対?」
「もちろんです。ひょっとして私の話、信じてました?」
「そりゃだって…」
「同級生に裸の写真を撮られたとか嘘ですよ」
会話を進めながらも校門を目指して歩く。前後にズレて。
「そうかよ…」
「青井くんは、もし私が本当に誰かに脅迫されてたらどうしてたんですか?」
「ん~、そいつの所に乗り込んでやめさせるかな」
「へぇ……優しいんですね」
「自己保身だよ。こんなアホな関係を断ち切る為」
「あっははは! それでも私は嬉しいです」
「なんでだよ…」
仮定の話なのだから意味が無い。憶測をどれだけ発展させても現実には少しも影響しなかった。
「風が気持ちいい~」
生温い空気が辺りをすり抜けていく。前方にある長い髪を揺らしながら。
「あのぉ、もし暇ならうちに来ませんか?」
「は? 行くわけないし」
「え~と、それはやっぱり女子の部屋に行くのは照れくさいから?」
「違う! これ以上は変なトラブルに巻き込まれたくないからだっつの!」
「あっちゃ~、痛い所を突いてくるなぁ」
弱味は握られても強情な姿勢は崩さない。何から何まで命令通りに行動する意味は無かった。
「俺、もう帰るわ」
「あっ、ちょっ…」
道路に出ると進行方向を変えて歩き出す。駅がある方角とは反対側に。
「んっ…」
後ろから呼び止められたが無視して逃走。通行人が多い大通りへと。信号や公園のショートカットを利用して小走りで自宅を目指した。
「はよ~っす」
翌日、教室の入口で挨拶を飛ばす。先に登校していたクラスメート達に向かって。
「ん?」
そのまま中に足を踏み入れるが様子がおかしい。いつも通り騒がしいのだが空気が重苦しかった。
「何々…」
多くの視線が一斉に飛んでくる。感情の読み取りが難しい無に近い顔付きの数々が。その全てがこちらに向いていた。
「空輝、こっち」
「は?」
「ヤバいって」
「何が?」
近付いてきた翔弥が奥に来るよう誘導してくる。気まずいオーラを醸し出しながら。
「……お?」
席に向かう途中、新たな異変を発見。窓際の机に大勢の女子生徒が集まっていた。
「昨日、春華さんと一緒に帰らなかった?」
「え? 見てたの?」
「やっぱり…」
「何だよ?」
机に鞄を置く前に彼が問いかけてくる。前日の下校時の行動についてを。
「これ」
「ん?」
目の前にポケットから取り出された端末が出現。自然と画面に目線が移った。
「な、何だよこれ…」
思わず釘付けになる。表示されていた異質な画像の数々に。そこにあったのは女性の腕や肩といった身体の一部。ただその全てに痛々しいアザが存在していた。
「どうやらここに写ってるの春華さんみたいなんだ」
「はっ!?」
「自宅で撮られたヤツらしいんだけど」
「え、え…」
脳内がパニックになる。解説内容が意味不明すぎて。
「誰かがネットに載せたのをクラスの連中が見つけたっぽい」
「待て待て、これらの画像と俺に何の関係があるんだよ?」
「空輝さ、最近は春華さんと一緒にいる事が多いだろ? 昨日も並んで帰ってたし」
「そ、それは…」
「だから空輝が春華さんに暴力を振るってるんじゃないかって噂になってるんだよ」
「……げっ!」
絶望的な状況を把握した。昨日までよりもずっと酷い立場を。
「いや、俺は無実だし!」
「でもクラスでは結構それを信じてる奴がいるんだよね」
「嘘ぉん…」
「学年中にこの話題が広がってるとか」
「えぇ…」
恐る恐る辺りを見回す。険悪なムードがピリピリの教室内を。気のせいでなければ多くの敵意を向けられている気がした。
「うっ、ぐっ…」
窓際にある席では1人の女子生徒が泣いている。クラスメートで形成された人垣の中心で。
「マジか…」
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