悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第二部

Hiroko

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14 神璽剣(しんじのつるぎ)

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「ねえ和也、大丈夫?」風呂場まで付き添いながら、芹那が心配そうに言った。
「うん、大丈夫だよ」
「昨日はあんなにフラフラだったのに? お風呂の中で倒れないでよ?」
「昨日はなんだか体にうまく力が入らなかったんだ。今はもうちゃんと歩けるから」
「そう? なんだか頼りないけどね。何かあったら大声で呼ぶのよ?」
「わかったよ。ありがとう」そう言いながら僕は風呂の扉を閉め服を脱ぐと、鏡に映った自分の体に唖然とした。
「な、なんだこれ……?」体が腐ってる……?
 違う……。僕は鏡に近づき、自分の体に目を凝らした。
 胸と腹のところに巨大な痣ができていた。両方とも手の平で隠せないほどに大きい。そしてその真ん中が少しくぼんでいて赤黒く、そこから広がるように濃い紫色をしていた。
 いったい……。
 僕は鵺との戦いを思い出した。記憶も飛ぶほどぼろぼろにされたせいで、もうどこにどんな攻撃を受けたかもはっきり思い出せないが、こんな痣が残るような攻撃をされただろうか。いやむしろ、砕かれた顎や折れた左脚さえどう言うわけか治っているのに、こんな覚えのない痣が残っていることが理解できない。
 僕はその痣に触れた。痛みはない。少し力を入れて押してみた。けれどやはり痛みもかゆみも感じない。なんなんだろう……。
 よくよく見ると、何かに噛まれた後のようにも見える。
 鵺に噛まれた?
 いや、もしかして……。
 芹那のおじいちゃんは、鵺は大蛇のような化け物にやられたのではないかと言っていた。もしかして僕も、その大蛇に噛まれたのでは……。でも、その大蛇の化け物は、僕を助けるようなことをしておきながら、噛みついたのだろうか。いくら考えを巡らせても、僕には答えを出せそうになかった。

 風呂から上がってご飯を食べ、部屋に戻って寝ようと電気を消すと、そっとドアを開けて芹那が入ってきた。
「ど、どうしたの?」僕は驚いて聞いた。
「和也を襲いに来たのよ」芹那は笑みを浮かべながら言った。
「え、ええ!?」
「冗談よ」
「わかってるよ」
「ちょっと今、本気で引いたくせに」
「だって芹那は何やらかすかわからないとこあるから」
「失礼ね! だとしてもそんなことしないわよ。和也のことは弟みたいなもんよ」
「わかってるよ、そんなこと」
「ま、ツクヨミの私からすれば、スサノオはほんとに弟なんだけどね」
「そ、そうなの?」
「もう、勉強不足ね。また今度教えてあげるわ」
「それより芹那、ちょうど話があったんだ」
「なによ?」
「やっぱり剣が欲しい。次にまた鵺のような化け物と戦ったら、確実に殺されてしまう」
「剣? どうするの?」
「前に話してくれた、熱田神社ってとこに行ってみようと思う」
「熱田神宮ね……、わかったわ」
 なにやら世紀の大泥棒にでもなったような真剣な眼付きで考え込む芹那の姿に僕は不安を覚えた。
「そうね、まず練習をしましょう」芹那が言った。
「練習?」
「天叢雲剣を盗み出す練習よ」
「盗むってそんな……」
「だって結果そうなるじゃない。くださいって言ってもらえるもんじゃないわ。見ることさえ許されない、天皇様の宝よ? それに元をたどれば、天叢雲剣はスサノオのものだったわけだし。盗むって言ったのは間違いね、ないしょで返してもらうの」
 それってやっぱり盗むってことじゃん……、と僕は言いたかったが、芹那の言っていることは正しい。欲しいと言ってもらえるものじゃない。そして僕には盗み出してでも天叢雲剣が必要なんだ。
「で、練習って、どうやってやるの?」僕は聞いた。
「うちにも剣があるわ。それを盗むの」
「え? でも竹刀じゃ駄目だよ」
「違うわよ。どうして私の部屋にある竹刀を自分で盗み出さなきゃいけないのよ。ちゃんとした剣よ。うちの神社に代々伝わる剣が神社の本殿にあるはずよ」
「本当に? でも盗み出すの? 自分の家の物を?」
「そうよ。どうせ誰も使ってないんだし、バレることもないわよ」
 そんなわけで、僕と芹那は夜中の二時に神社の本殿に泥棒に入ることになった。
 夜の神社は街灯が二本あるだけで、ほとんど暗闇に近い。吸い込む空気は山の中だといっそう冷たかった。何の意味があるかは別にして、僕と芹那は腰をかがめながら音を立てずこそこそと家から本殿に向かった。
「鬼退治、鬼退治……」と言いながら、途中でコトネが僕たちの前に姿を見せて、楽し気に前を走った。
「えっ!? えっ!? あれなに!? どうして座敷童がこんなとこに出てくるの!?」
「コトネだよ」
「コ、コトネ? どうして和也、うちの座敷童に勝手に名前つけてるのよ!?」
「違うよ。コトネは向こうの世界にいる時からの友達なんだ」
「と、ともだち? 座敷童が?」
 前に話したんだけどなあ……、と思いつつ、僕はコトネとの出会いを一から芹那に説明した。
 本殿に忍び込んだ後も、そばを離れようとしないコトネを芹那は不思議そうな顔で見ていた。
「うちの座敷童、こんなに人懐っこかったなんて驚きだわ」
「コトネだよ。けど気を付けて。すっごい力が強いから」
「力が強い? 腕相撲でもしたわけ?」
「引きずりまわされたよ」
「そ、そうなの……。よくわからないけど、気を付けるわ」
 本殿の中は思いのほか小さかった。芹那の話だと、それが普通なのだと言う。本殿は、人がお参りに来る拝殿とは違って、人が中に入ることを考えていないから、広くは作られていないらしい。
「あったわよ」そう言って芹那が長方形の木箱を抱え、ゆっくりと床に降ろした。
「この中に、剣が入っているの?」
「ええ。開けてみましょう」そう言って芹那は箱を開けようとしたが、鍵がかかっていて開けることができない。
「困ったなあ……」芹那は本当に泥棒にでもなった気分なのか、持っていたヘアピンで鍵穴をガチャガチャとやりだした。コトネはその横で「鬼退治、鬼退治!」と言いながらきゃっきゃと飛び跳ねている。
「なにしてるんだい? こんな時間に……」その声に二人とも座りながら飛び上がるほど驚き、振り向くと、芹那のお父さんが立っていた。
「お、お父さん……。失敗しちゃった」芹那はそう言うと、僕に向けて舌を出して見せた。
「失敗って、何を言ってるんだい?」芹那のお父さんは困り顔でそう言った。
「実はね、和也に剣を見せてあげようと思って……」
「見せるだけならお父さんに言えば見せてあげるよ。何もこんな夜中に本殿に忍び込まなくても」
「う、うん。そうなんだけどね、いま見せてあげたくって……」
「困った二人だねえ……。まあいい、ちょっと待ってなさい」芹那のお父さんは、ため息をつきながらそう言うと、家の方に戻り、鍵を持って戻ってきた。
 僕はてっきり怒られるものだと思っていたので、ちょっと拍子抜けした。それよりコトネは……、知らない間に姿を消していた。
「どうしてこんなものが見たいんだい?」そう言いながら、芹那のお父さんは剣の入った箱を開けた。それを僕と芹那は横から覗き込んだ。それは青く錆だらけになった、重々しい銅剣だった。
「こ、これって……、真治さんの剣だ!?」
「真治さん? またその名前かい? けど、そうだな……、この剣の名前、神璽剣(しんじのつるぎ)と言うんだが、和也君の言うその真治さんと、何か関係があるのかな」
「シンジノツルギ?」僕はそれを聞いて、そのままじゃないかと思った。
「まあ漢字で書くと難しいんだが、簡単に言うと、神の印の剣と言うことだな」
「神の、印の剣……」
「ほらここを見てごらん? 牙のようなものが埋め込まれているだろ?」そう言って芹那のお父さんは刃の根元部分を指さした。
「ほんとだ……、なにこれ?」と芹那は呟いた。
「これが、神から力を授かった印なんだそうだ」
「八岐大蛇の牙だ」僕は思わず言ってしまった。
「八岐大蛇?」
「あ、いえ、なんでも……」
「そう言われれば、大蛇の牙のようにも見えるね。もし本当に八岐大蛇の牙が埋め込まれているとしたら、こいつは本当に神の剣だな」そう言って芹那のお父さんは笑った。
「ねえお父さん、それ触ってもいい?」
「え、これをかい? だめだめ、重いよ。とてもじゃないけど子供が持てるようなものじゃない」
「平気だよ。ね、和也。ちょっと持ってみて」
「え、でも……」
「仕方ないなあ。重いから気を付けて」そう言って芹那のお父さんはため息交じりにそう言い、僕を真ん中に座らせた。
 僕は神璽剣をゆっくりと箱から取り出した。
 ぜんぜん重くない。
 僕は柄(つか)の部分を右手で持ち、まっすぐ上に向けた。
「え、ええっ!? 和也君、それ重いだろ!?」
「え、いえ、そんなでも」僕はそう言って今度は両手で持ち、前に構えた。
 と、不意に僕の体がまたうっすらと金色の光に包まれ、手の平からさらさらと光の粒子が立ち昇った。そしてそれに呼応するように、神璽剣も金色の光に包まれ、全体を覆っていた青色の錆がはらはらと下に落ちた。
「す、すごい……」と芹那は横で言った。芹那のお父さんは、もう言葉を失ったかのように口を開けたままその様子を見ている。
 と、不意にコトネがまた現れ、「鬼退治! 鬼退治!」と言ってはしゃぎながら僕たちの周りをくるくると回った。
 芹那のお父さんは十年分の驚きをいま受けたかのように口をぱくぱくとしている。
「鬼退治! 鬼退治!」
「コトネ、どうしたんだい今日は。やけに……」僕がそう言いかけたところで、神社の外で「ズドンッ!!!」とすさまじい雷の音がした。それも一発や二発じゃない。続けざまに五発、そして間を置いてまた三発。まるで銃でも打つように雷の音がした。
「鬼退治!!!」コトネはそう言うと、腕が引っこ抜けそうなほどの力で僕の腕を引っ張り、ずるずると僕を引きずって行った。













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