悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第二部

Hiroko

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正人の話 其の拾

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 白蛇との戦いは数日に及んだ。
 どれほど山を削り、噴石を空に飛ばしても、どれほど大地を叩き割り、吹き出す炎で空を焼いても、白蛇は雲の上から見下ろすばかりで一向に痛手を受けているようには見えなかった。
 だがしかし、それは俺とて同じ。白蛇から受ける攻撃は、どれも致命傷になるようなものではなかった。
 戦いの終焉を悟ったのは、五日目の朝だった。
 地上のすべてを飲み込まんとするように渦を巻く暗雲。
 そして白蛇の真上、空にぽっかりと開いた台風の目のような青空。
 俺が大地から白蛇にめがけて投じた赤く燃える岩石の数々は、その目に吸い寄せられるように白蛇の後ろで渦を巻いた。そしてぶつかり合い、さらに温度を上げる灼熱の岩石は、宇宙の中で塵が集まって星を形成するように、丸まり、大きさを増し、轟音とともに炎を吹き散らし、まるで小さな太陽のようになっていった。
「弱き者、これで終わりだ」白蛇がそう言うと、その頭上から燃え盛る隕石のように巨大になった岩石が落ちてきた。
 それはいかなる選択肢も与えぬ攻撃だった。
 まるで地球の重力をすべてこの身で受けたように体が重くなり、その場から動けなくなった。
 目は光に焼かれ、耳は圧力で押しつぶされ、鼻腔は熱に焼かれた。
 体を流れる血液が一瞬で沸騰し、内側から破裂するのではないかと思われた。
 息を吸うと気道が焼かれ、腫れあがり、呼吸ができなくなった。
 悲鳴を上げることすらできない。
 肺に閉じ込められた空気は膨れ上がり、心臓を圧迫し、体中への血液の流れを止めた。
 それらが一瞬のうちに起こり、怒り狂ったように炎に包まれた巨大な岩石は、山ごと破壊するかのように俺の上に落ちてきた。

 …
 ……
 ………

 どれくらいの時間が過ぎたのかわからなかった。
 俺は空に雲が流れるのを眺めながら大きな岩の上に大の字になってへばりついていた。
 小さな岩が転がり落ちる音がして、そちらに顔を向けると人の姿を見つけた。
 誰だ……。
 頭が朦朧として意識が保てない。
 ちょっとでも油断をすると、眠りの沼に吸い込まれそうだ。
 誰だ……、顔が見えねー。こっち向けよ。
 女の子のようだったが、頭でも打ったのか身動き一つしない。
「おい。誰だお前……」
 声をかけても動く様子がない。
 俺はまた空を見た。
 さっきとは違う形の雲が流れていたが、そんな気がするだけで、さっきの雲の形など覚えているはずがないのだった。
 体のどこにも力が入らない。
 目を閉じれば、このまま死んでしまいそうだ。
 また小さな岩が転がるような音がした。
 そちらに顔を向けると、今度はさっきの女の子が四つん這いになって起き上がっていた。
 俺はその顔に見覚えがあった。
「あれ、委員長……。なんでこんなとこにいんだよ」
「委員長じゃないわよ……」女の子はそう言うと、乾いた咳をして岩の上に血を吐き出した。
「そうだっけ。えっと、名前……」
「香奈子よ」
「香奈子、そんな名前だっけ?」
「そうよ、失礼ね」女の子はそう言うと、顔を上げて俺を睨みつけた。
「ついでに聞きてーんだが、俺の名前、なんだ?」
「俺の名前? ふざけてるの?」
「ちげーよ。思い出せねーんだよ、本当に」
「あなた、正人じゃない」
「正人……、そうか、そう言われて見れば、そんな名前だったような気がするな……。ところで委員長、どうしてお前、こんなとこにいるんだよ」
「ちゃんと名前で呼びなさいよ」そう言いながら、女の子は脇腹を押さえ、また血を吐き出した。
「えっと……、そうだな。もう一度教えてくれねーか、お前の名前」
「香奈子よ」
「ああ、そうだ。香奈子、どうしてお前、こんなとこにいるんだい」
「和也と一緒に探しに来たのよ」
「和也? いるのか、ここに?」
「自分の名前も思い出せなかったくせに、和也の名前は覚えてるの?」
「うるせー。ほっとけよ。自分のことなんかより、友達の方が大事なんだよ」
「そう……、わかるわ、それ」
「はあ?」
「まだ生きておったのか!」
 その声に顔を上げると、白く巨大な猪が、赤い目でこちらを睨みつけていた。
「しぶといやつめ。今すぐ息の根を止めてやろうではないか」そう言うと、白い猪は地面を蹴り上げ、身動きの取れない俺にめがけて牙を向けてきた。
 駄目だな、こりゃ……。と思い、目を閉じた瞬間、「いやああああああ!!!」と言う声とともに委員長……、いや、香奈子が白い猪の突進を阻んだ。
「どう言うことか? お前はそやつの味方をするか?」
「そうよ。殺させるわけにはいかないの」
「そこをのけ。さもなくば、お前もろとも死んでもらうことになるがよいか」
「のく気はないし、死なないわ」
「おいおい、委員長。どうして俺がお前に助けられてる構図になるんだ?」
「名前で呼びなさい!」
「めんどくせーなあ。香奈子よ、何でお前、俺のこと怒りながら助けてるんだよ。それにお前なんかが敵う相手じゃねーぜ、ありゃ」
「別にあなたのことなんてなんとも思ってないわよ! けど和也の大切な友達なら、守らなきゃ仕方ないじゃない!」
「あんなの相手にしちゃ、死ぬぜ、お前?」
「あなたのこと見殺しにしちゃ、私は和也に会えなくなるの! だから死んでも守ってあげるから、ちょっと黙ってなさい!」
「なんだよ、そりゃ……。お前、和也の彼女かよ」
「そうよ……」
「はあ? そんなわけねーだろ。だってあいつは、美津子のこと……。まさか、美津子は死んだのか?」
「いいえ。美津子は生きてる。少なくとも和也はそう信じてる。それに和也は今でも美津子のことを好きよ」
「じゃあお前はなんなんだよ?」俺がそう聞いた瞬間、気のせいか、香奈子の肩が少し震えた。
「言ったでしょ? 和也の彼女よ。和也が美津子を見つけるまでのね」
「よくわかんねーが、お前が和也のことを大事に思ってるのはわかったよ。じゃあ俺も、こんなとこで寝てる場合じゃねーな……」そう言って俺は体に力を入れたが、寝そべった岩から転がり落ちるのがやっとだった。
「じっとしてなさいって言ってるじゃない! ちゃんと私が戦うから!」香奈子がそう言った瞬間、白い猪がまた突進してきて、竹刀を構える香奈子を牙で突き刺し、宙に投げ飛ばした。
 くそっ! 俺はそう言って起き上がろうとしたが、体中の骨が折れているのか指先一つにも力を入れることができず、地面に押し付けた顔で土を噛むことしかできなかった。
「もうよい!」白い猪の後ろ、薄く霧のかかる山の頂から声が聞こえた。目を細めると、巨大な白い蛇がとぐろを巻いてこちらを見ている。
「しかし……」
「もうよいと言うておろう。そやつはもはや戦いに敗れたのだ。人の形に戻っておるではないか。今さら命を奪って何になる。それにお前がいま突き飛ばしたのは、どうやら神の魂を受け継ぐ者のようではないか。我々は人の世、人の命を守るためにおるのだ。無益な闘いをするな」
 その言葉に白い猪は後ろに下がり、背中を向けて山を登って行った。
 ふと凍えるような風が顔を叩き、閉じた眼を開けた時にはもう白い猪も白い蛇もどこかへ消えていた。




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