悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第二部

Hiroko

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正人の話 其の壱参

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 月読尊は何かを考え込むようにじっと俺を見据え、やがて言った。「いいわ。あなたを助けてあげる」
「それはありがたいね」
「でも約束して。和也を……、和也を助けるって」
「いいのか? 俺にあいつを助けろと言うことは、この世の破滅を手伝えと言っているようなもんだぞ?」
「どちらにしても、それは避けられないものなんでしょ?」
「そんなに聞き分けのいい奴だったのか、お前」そう言って俺は笑った。
「どうなの? 約束してくれるの?」月読尊は俺が笑うのを見ても表情を崩さなかった。
「俺はあいつの友達だと言ったろ?」
「それが答えだと思っていいのね」
「ああ。だが、俺にも条件がある」
「なに?」
「俺は伊吹山の神と、そのうちもう一度戦うことになる。その時はお前らが俺を助けろ」
「助けろったって、あんな戦いに私たちが何の役に立つと言うの?」
「委員長は助けてくれたぜ」
「香奈子よ。それに私は戦ってなんかない」
「俺をかばって白猪と戦ってたじゃねーか」
「和也のためよ」
「そんなこたあ、どうでもいい。香奈子、勇敢だったぜ」
「変なこと言わないで……」
「なんにしても、私たちにできることなんかないわよ」月読尊が言った。
「あるね。俺は別にあの白蛇を倒すことが目的じゃねえ。俺の中に取り込むことが目的だ。だから別に戦わなくても、説得できればそれでいいのさ」
「それができなかったら?」
「もう一度戦う」
「勝てるの?」
「いや、負けるね。今のままならな」
「今のままなら? じゃあ、どうなれば勝てると言うの?」
「そいつを俺の中に取り込む」
 俺の視線を追って、月読尊は勾玉を見た。
「八岐大蛇?」
「ああ、そうだ。もう一度そいつと一緒になれば、俺は負けはしねーよ」
「ずいぶんな自信ね。けど、さっき八岐大蛇はあなたを嫌っているように見えたけど」
「それは俺が説得するさ」
「前向きなのね」
「くよくよしてちゃあ、前に進めねえことが多くてね」
「わかった」そう言って月読尊は少し肩の力を抜いたようだった。「とにかく、あなたのその傷を治しましょう」
「ありがたいね」
 月読尊は床に倒れた俺のもとに来ると、俺を抱き起した。さっき自分で吐いた血が床一面に広がって背中に張り付き、ねばついた。乾いた血が髪の毛を固め、さらに起こされた拍子に肺の中に溜まっていた血液を月読尊の顔に向かって吐き出してしまった。
「わりぃ……」
「気にしないで」月読尊はそう言うと、さっき香奈子にやったように俺を胸に抱きしめた。
「なかなかいい女だな」
「あなた、中学生よね?」
「まあな。二千年は歳を取ってるがな」
「それを言うなら月読尊は男よ?」
「あっはっは!」そう言って笑ったが、俺はむせかえってまた月読尊の体を赤く汚してしまった。
 月読尊の体から光の粒子が舞い始め、俺の体を包んだ。
 まるで温かい湯の中に浸けられたような気分だった。
 体中の力が抜け、拡がった血管を緩やかに血液が流れて行くのを感じる。
 眠りに落ちるような心地よさを何度も繰り返し感じた。
 ふと眩しさに横を見ると、窓の外には月が迫り、空一面を覆いつくすような大きさになっていた。
 なんだかこのまま天国にでも行っちまいそうな気分だな。俺はそう思ったが、思い直して苦笑した。俺じゃ無理か。

 いつのまにやら眠ってしまったようで、目が覚めるとソファに寝かされていた。
 窓の外に月はもうなく、薄い青の空が広がっていた。
 あまりの気分の良さに体を起こすと、隣のソファで月読尊が眠っていた。見ると、その腕の中にまるで子供でも守るように香奈子を抱いていた。
 俺は自分の体を見た。まずは両手、両足、体をひねり、首を鳴らし、立ち上がると伸びをした。
 最高の気分だ……。
 俺は二人を残し外に出ると、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
 いつか、こんなことがあったな。
 いつだっけ? たしか、和也と美津子とどこかのキャンプに行って……。それ以上はうまく思い出すことができなかった。
 どうしてこんなことになっちまったんだろうな……。
 体に付いた血を見なけりゃ、あの時のまま、なんにも変わらないと信じられそうだった。
 今にも後ろから和也と美津子の声が聞こえてきそうだった。
「ちょっと正人、なに先に起きてんのよ」美津子の声が聞こえる。
「ずるいよ。一緒に抜け出して朝日見ようって言ってたのに」和也も横にいるようだ。
 俺は振り返って「悪い悪い、ちゃんと起こそうと思って……」と言いかけたところで、そこに二人はいないことに気が付いた。
 大きな窓ガラスに映る自分が見えて、俺は近づいた。
 そこにはちゃんと俺、正人がいた。
 正人しかいなかった。
「くっそ……、二人とも、どこに行っちまったんだよ!」俺はそう言って窓ガラスに映る正人を拳で殴った。
「なにしてるの?」
 不意に聞こえた声に横を向くと、月読尊がいた。
「なんでもねえよ」俺はこらえた息を吐き出し、平静を装った。
「どう? 体の調子は」
「最高だよ」
「その割に、元気なさそうね」
「そんなことねえよ」
「歩ける?」
「おかげさまでな。空でも飛べるぜ」
「残念ね。それは私たちは無理」
「冗談だよ」
「知ってるわ」
「仲良くやれそうで良かったよ」
 月読尊が何かを言いかけたところで、香奈子が後ろから現れた。
「ちょうどいいわ。じゃあ、出発しましょう」
 俺はまた和也と美津子に呼ばれた気がして後ろを振り向いた。
 けれど、やはりそこに二人はいなかった。





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