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芹那の話 其の伍
しおりを挟む「ついてくるがいい」ヤエさんはそう言った。
「どう言うこと?」
「出雲の国に用があるのであろう。ならば私も、出雲までは参らぬが、そちらの方に用がある」
「ほんとに!?」それは願ってもないことだった。これでもう夜中に亡霊なんかの行列を頼りに歩かなくて済む。それにこんなに心細い思いもしなくて済む。それはほんとにほんとに苦しみから解放されるような気分だった。
「だが一つ、ついてきてもらいたいところがある」
「ついてきてもらいたいところ?」
「この先に村がある。そこはたびたび鬼に襲われる。それを放って旅立つわけにはいかんのだ」
「わかった。どこへでも行くわ」
村に入ると、ヤエさんはここを何度か訪れているのか、みんな顔見知りのようでにこやかに挨拶を交わしていた。村の中心と思われる場所にはひときわ大きな家があって、私たちはそこに通された。
「最近、また鬼が出ると聞いた」
「ええ。先日、家が一つ壊され、そこに住む者が食べられました」そこには三人の女の人がいた。二人は大人で、一人は和也と変わらない年齢に見える。村を歩いていて気付いたが、この村には男が少ない。恐らくこの時間は、どこか別の場所で農作物でも作っているのだろうか。そのことを尋ねると、「それもありますが、男たちの多くは、鬼と戦い命を落としました」と女の人の一人が答えた。
「わかった。夜になるのを待とう」ヤエさんは、話を終えるとそう言い、家の隅でいつものように座って目を閉じた。和也もやはり眠っている。私は昼間なのに暗い家の中にいるのが耐えられず、独りで外に出た。
鬼が出るって、いったいどんな鬼なのだろう。男がたくさん死んだと言ったが、ヤエさんは独りで戦えるのだろうか。
家から離れたところに、大きな木が三本並んで立っていた。私はその一つに背中をあずけ座り込んだ。木漏れ日が心地よく、私は目を細めて空を見た。
ふと眠りに落ちそうになった時、私は横に誰かがいるような気がして目をやった。
「か、和也? いつの間に?」見ると和也が隣の木で同じように座っていた。けれど、なんだか様子がおかしい。着ている服が違う。それになぜか……、「え? なんで和也、そんなところに縛り付けられているの?」私は立ち上がろうとして、自分の体も動かないことに気が付いた。あれ? どうして? 見ると、自分の体にも縄が巻かれ、木に縛り付けられていた。い、いつの間に? でもどうして? 私は助けを求めるために声を上げようとしたが、まったく何も話すことができなかった。ヤエさんは、ヤエさんは……?
横から和也の声が聞こえ、そちらを見ると、和也の向こうの木にも誰かが縛られているのが見えた。
「あ、あれっ? お父さん!? いや、でも、どうして!?」私は相変わらず声を出すことができず、でも和也とお父さんの声はこちらまで聞こえてきた。
「……俺の名前は真治だ。君は?」
「和也です」
「俺は二十七歳。おじさんなんて呼ばれると傷つくなあ」そう言って真治と名乗った男の人は笑った。
真治? お父さんじゃないの? あんなに似ているのに? と言うか、これはなに? 何がどうなっているの? 何だろうこれ……、なんだか、普段目で見ている感じと違うなあ。と思ったところで、これが現実の出来事ではないことに気が付いた。
こ、これってもしかして……、私、また未来のことを見ているんだ。
和也と、お父さんに似た真治って人、きっと近い未来にここを訪れるんだ。そしてあの木に縛られて……、そんなことを考えていると、しばらくしてさっきの三人の女の人が家から出てきて、和也と真治さんに食事を与えていた。そして二人の食事が終わると、女の人の一人が真治さんのもとに残り、何やら笑いながら話を始めた。さっきは家の中で暗くて気が付かなかったけど、あの女の人、なんとなく私に顔が似てるなと思った。何の話をしているのだろう。なんだか不思議な感じだった。だって私のお父さんが、いま別の人として目の前にいて、私によく似た知らない女の人とまるで恋人同士のように話をしているのだ。
え、待って? もしかしてあの二人って、私のご先祖様なんじゃ!?
そう思った瞬間、私は誰かに声をかけられ、「ひやあっ!?」と変な声で悲鳴を上げてしまった。
「あら、驚かせてしまいました? ごめんなさいね」そう言って女の人は笑った。それは今まさに真治さんと話していたその女の人で、私によく似た顔がいきなり目の前に現れたので思わず声を上げてしまったのだ。横を見ると、木に縛られていたはずの和也も真治さんも女の人も姿を消していた。
「あらあなた、なんだか私に似てますね?」女の人はそう言った。
「そ、そ、そ、そそ、そうですか?」
「ええ。おかしいですね」そう言って女の人は笑った。「それより、どうしてさっき、隣の木をずっと見ていたのですか?」そう言って女の人は、不思議そうな顔をして私の見ていた二本の木を見つめた。
「い、いえ、あなたがあの木のところで男の人としゃべっているのを見た……、ような気がしたので」
「私が? 男の人と?」
「え、ええ……」
「どんな感じでした?」
「えっと、その、男の人は縛られていました」
「縛られて?」
「いいえ、その、仲良さそうでした!」
女の人は私の慌てた様子を見て楽しそうに笑った。
「私はあの木に縛られた男の人と仲良くお話をしていたわけね」
「は、はい。イモの、ようでした」
「イモ? ああ、妹ね」そう言って女の人は笑った。私の発音がなんだかおかしかったのかもしれない。「そうなのね」女の人はそう言って真治さんの縛られていた木の辺りをしげしげと眺めた。そして言った。「覚えておくわ。私はあそこの木に縛られた男の人と、妹になるのね」
そ、そうね。いいのかな、なんだか。なんだか。なんだか……。
夜になると、なんだか村が騒々しくなった。
そしてそいつがやってきた。
顔が真っ赤に晴れ上がったように赤く、巨大な体は頭の先から足の先まで真っ黒で長い毛に覆われていた。
「苧うにだ」
「苧うに?」
「ああ。強いぞ。お前たちは家に隠れていろ」
「そんなこと、できないわ」私は頭の中に、香奈子が度々化け物に傷つけられた姿を思い出していた。そしてヤエさんの、背中の傷も。
「好きにしろ。だが、守ってやれるとは限らないぞ」
「ええ、大丈夫。私のことは気にしないで」
和也はまだ家の中で眠っている。
私にこの苧うにを倒せる力があるかどうかわからない。けれどもし、ヤエさんが傷を負い倒れるようなことがあれば、私がその傷を癒してあげることはできる。
「いやああああああ!!!」そう言ってヤエさんは剣を構え、苧うにに向かって走り出した。その後ろ姿に香奈子が重なり、私は幻覚でも見ているような気分になった。
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