悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第三部

Hiroko

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芹那の話 其の漆

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「私の負けだ。首を落とせ」ヤエさんは正人との手合わせが終るとそう言った。結果は正人の圧勝だ。そもそも正人は天叢雲剣を右手に持っているだけで、ほとんど素手で戦っていた。
「おいおい、何言い出すんだよ。決闘じゃねえぜ」
「それが剣士と言うものだ。負けて恥などさらせるものか」
「剣士の決まり事なんて俺は知らねえよ。それに俺が勝ったらただ平城京に行くのを待てと言っただけだ。それさえ守ればそれでいい」
「わかった。それでいいのならお前の好きにしろ」
「なんだか香奈子そっくりで、固そうなやつだな?」と正人は私に耳打ちした。私は肩をすくめるしかなかった。「こいつたぶん、香奈子の祖先だぜ」
「私もそんな気がしてた」そんなことを話していると、川の方から声がした。
「ま、正人!? 正人じゃないか!!!?」魚を大量に捕まえた和也は額に汗を流しながら無邪気な笑顔でそう叫んだ。
「いつこっちに来たんだい! ずっと会いたかったんだ。ほんと、何日ぶりだ? 連絡もしないで」とまるで和也はリゾート地で待ち合わせた友人に会ったような口調でそう言った。
「ああ、俺も会いたかったぜ! いっつも勝手にどっか行っちまいやがってよ!」そう言いながら、二人は我慢できないとでも言うようにひしと抱きしめあった。

「どうだ、旨いだろ! そこの川で捕まえたんだ。なくなればまた捕りに行くから、好きなだけ食ってくれ!」和也は正人に会えたことがよほど嬉しかったのか、終始顔に笑みを浮かべながら慣れた手つきで魚を焼いた。
 ヤエさんは、正人に勝てなかったことが響いているのか終始無言だ。
「ほら、香奈子も食べるんだ。戦うためには食べて寝ることも大事なんだよ」そう言って和也は焼けた魚をヤエさんに渡した。
「和也、お前さんの忘れもんだ」そう言って正人は天叢雲剣を見せた。
「ああ、天叢雲剣じゃないか。どこにあったんだい?」
「和也が戦っていたところに落ちていたのさ」
「僕が? 戦っていたところ?」
「ああ、まあいいさ。そらよ」そう言って正人は和也に天叢雲剣を渡すと、「さて、次にだ……」と言ってヤエさんの方を見た。
「お前さんの剣を貸してみな?」
「私の、剣を?」
「そうだ」
「なぜ私の剣などに興味を持つ」
「興味なんかねえよ。ただ少し、キレ味をよくしてやろうってんだ」
「なんのことだ」そう言いながら、ヤエさんは自分の剣を正人に渡した。すると正人は体のどこかからかとがった牙のようなものを取り出した。それは巨大で鋭く、長さは正人の手の平よりも大きい。
「なんなの、それ?」私は聞いた。
「八岐大蛇の牙だ」
 そう言われればなるほど、巨大な蛇の牙に見える。
「そんなもの、どうするのよ」
「あ、それ僕知ってる。けど大きいなあ、それ」和也が言った。
「知ってる?」
「ああ。芹那だって知ってるはずだ」
「私が?」
「見てればわかるよ」
「そう言うこった」正人はそう言うと、ヤエさんから受け取った剣を膝の上に置き、その上に八岐大蛇の牙を置くと、自分の手を重ねた。するとしばらくすると、黒紫色の靄が正人の手から流れ出て、それはヤエさんの剣を包み込んだ。そして重ねた八岐大蛇の牙は、軟らかい泥に埋もれるようにヤエさんの剣の中にめり込んでいった。
「あっ!」と私は思わず声を上げた。「それって、うちに代々伝わる神璽剣(しんじのつるぎ)と同じ模様!?」
「そうだよ!」和也は言った。「あの剣は、今みたいにスサノオが八岐大蛇の牙の力を剣の中に宿らせたんだ」
「まさか? ほんとうに?」そう言って私は正人の持った剣に触れ、その模様を見ようとした。けれどその瞬間、剣に残っていた黒紫色の靄が私の手を伝い、私はまるで毒でも飲んだかのような寒気を感じ、慌てて手をひっこめた。
「気軽に触れない方がいいぜ」
「な、なに、今のいったい何なの?」
「いま俺がこの剣に仕込んだのは、八岐大蛇の八つの首の中でも、特に強力な毒蛇の牙だ。普通の人間なら、ほんの少しかすり傷を受けただけで毒が回って死んじまう」
「同じ八岐大蛇でも、それぞれ違うのかい?」和也が聞いた。
「ああ。あいつらはもともとそれぞれが一匹の大蛇なんだ。清らかな神に仕えていた者もいれば、邪悪な鬼神のような奴に従えていた奴もいる。従順な奴もいれば、攻撃的な奴もいるし、中にはその牙の持ち主のように、どんな化け物もひと噛みで倒してしまうような毒を放つ奴もいる」
「なるほど、そうなんだね」
「さて、そこの女剣士さんは、この毒の剣を使いこなすことができるかな?」
「ま、またあんたそんな!」
「まあ、これくらい使いこなしてくれねえと、これから先足手纏(あしでまと)いになるだけだ」
「よかろう。貸してみろ」そう言ってヤエさんは正人から剣を受け取った。
「特に問題は無いように思えるが」ヤエさんはそう言って八岐大蛇の牙のめり込んだ剣をまじまじと眺めた。
「今はもう毒蛇の力は発していないからな。だが戦いの場で、その剣は必ずお前の役に立つはずだぜ」
「私が使いこなせればの話だろ?」
「そう言うこった。それよりその剣、重くはねえか?」
「重く? 特にそうは感じないが、なぜだ」
「いや、いいんだ。お前さんは未来で和也と恋仲だったからな。遡って今の魂も神に近づいたんだろう」
「なんの話だ」
「気にするな」
「何も教えてはくれぬのだな」
「話せば長くなるってだけだ。気が向いたらそのうち教えてやるよ」


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