パパに恋しちゃダメですか!?

Hiroko

文字の大きさ
4 / 14

4

しおりを挟む

「その格好じゃ、ちょっと入りづらいな」パパは車の時計を見ながらそう言った。
「制服じゃ駄目?」
「ああ。ホテルのレストランを予約したんだ。着替えた方がいいだろう。まだ時間もあるし、少し俺の店に寄って行こう」
ファミレスとかだと思ってた私が馬鹿でしたか。

パパは大通りを左折してちょっと進むと、静かで品の良さそうなブティックの立ち並ぶ通りに車を停めた。パパは助手席までまわって車のドアを開け、外に出る私の手をそっととってくれた。その動きの一つひとつがスムーズで洗練されている。こんな人にエスコートされたら、女の人はいちころだろうなと娘の私でも思うほどだ。
車の外に出ると、石畳の歩道にランプが灯り、まるで中世ドイツの街並みを想起させる。まるでおとぎの国だ。妖精が飛んでいても驚かないだろう。
「ほら、あそこがパパの店だ」
店の前には「Orazio de Donati」と書かれている。
「日本ではまだ無名だが、イタリアの革職人が1990年代に始めたブランドなんだ。日本ではパパが初めて販売権を得た。これからこのブランドを日本一にしていくのがパパの仕事だ」そんな風に仕事の話をするパパは、幼い子供のようにも、背伸びなんかじゃ手の届かない違う世界の大人のようにも見えた。
「このお店を任されています、マネージャーの木崎由利子(きざきゆりこ)です。お父様にはいつもお世話になっています」店に入ると、出迎えてくれた女の人はそう言って私に頭を下げた。私よりも年上で、化粧も身のこなしも大人の洗練された女性のものだった。同性の私でも見つめられると照れてしまうほど綺麗な人だ。そんな人に頭を下げられ私はどぎまぎしてしまった。
「娘の愛衣奈だ。木崎君、よければ選ぶのを手伝ってやってくれないか?」
「ええ、もちろんです。これからどこかへおいでですか?」
「ああ。ホテルのレストランを予約してあるんだ。そうだな、スマートカジュアルで頼む」
「かしこまりました。それでしたら靴やカバンもご用意した方がよろしいですね」
「ああ。まかせるよ。せっかくだから俺は奥の部屋で待っている。できたら呼んでくれ」
「せっかくだから、ですか?」
「ああ。見た瞬間の驚きを楽しみたいんだ」
「わかりましたわ」そう言って木崎さんはほほ笑んだ。
 私には「驚きを楽しむ」の意味も、それを「わかりましたわ」と言って微笑む意味もわからなかった。これが大人の言葉遊びなんだろうなと、普段私とパパの交わす言葉がなんとなく幼稚に思えてしゅんとした。私もいつかパパと、こんな風に落ち着いてシャレた言葉で話せる時が来るのだろうか。
 木崎さんが選んでくれたのは、淡いブルーのワンピースだった。スカートが二重になっていて、その外の部分と袖の部分がレースになっている。腰には細く白い飾りのベルトが付いていた。
「服だけだと少し地味に見えるかもしれませんが……、ちょっと待っててくださいね」そう言って木崎さんは化粧の道具を出してくると、私を鏡の前に座らせ、薄く自然な感じで化粧をし、髪型までセットしてくれた。
「ほら、少し華やかになりましたでしょ? 髪を上げて首筋を見せると……、ほら、とても大人っぽく見えます。あと、お肌が白いので、ゴールドのチェーンのネックレスが似合うと思いますわ」そう言ってさらに、首元に小さな真珠をちりばめた糸のように細い金色のネックレスと、それとお揃いのイヤリングをつけてくれた。
「あとはカバンとパンプスですね。ストッキングも用意します」
 鏡の中からは、いつも目にしているはずの地味な女の子が消え、私はまるでシンデレラのように変身していった。
「カバンとパンプスは、色を合わせて白に近いベージュにしてみました。このリボンの飾りが若い方には合うと思いますよ」
 私は自分の姿を見て息をのんだ。私って、こんな風になれるんだ……。
「すごくお似合いですわ。このワンピース、なかなか似合う人がいないんです。でも愛衣奈さんならと思って……、正解だったみたいですね」
 私は鏡の中の自分に見惚れた。
 後ろに気配を感じて振り向くと、そこにパパがいた。
 不意を突かれてしまい、こんなに恥ずかしいのに、こんなにドキドキしているのに、まだ自分を自分と受け入れる心の準備すらできていなかったのに、私はパパの視線の虜になったように動けなくなってしまった。
 逃げ出したいくらい恥ずかしいのに、私を見て欲しい……。
 私は目を閉じ、横を向いた。
 まるで好きな人の前で裸になったような気分だ。
「綺麗だよ、愛衣奈……」パパはそう言うと、そっと私の頬に触れ、自分の方を向かせた。
 パパは優しい顔をしていた。いつも見慣れた顔だったけれど、なんだかパパまでいつもと違うように見えた。
 なんだろうこれ、なんだろうこれ……。
 友達の女の子も、自分のお父さんに見られてこんな気分になることあるんだろうか。
 自分の感情がよくわからなくて泣き出しそう。
「橋詰社長? そんなに見つめて愛衣奈さんを困らせては可愛そうですよ?」そう言って木崎さんは温かい手で私の肩を撫でてくれた。おかげで少し緊張が解け、なんとか涙は流さずに済んだ。
「あ、ああ、そうだな。あまりに綺麗だったもので、言葉が出なくなってしまった」
「わかります。さすが社長の娘さんです」木崎さんの落ち着いた話し方に、私はやっと少し笑顔を見せることができた。
「さ、社長、そろそろ予約の時間じゃありませんか? 愛衣奈さんとのデート、楽しんできてください?」
「あ、ああ。行こう、愛衣奈」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん

菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私の推し(兄)が私のパンツを盗んでました!?

ミクリ21
恋愛
お兄ちゃん! それ私のパンツだから!?

処理中です...