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しおりを挟む「その格好じゃ、ちょっと入りづらいな」パパは車の時計を見ながらそう言った。
「制服じゃ駄目?」
「ああ。ホテルのレストランを予約したんだ。着替えた方がいいだろう。まだ時間もあるし、少し俺の店に寄って行こう」
ファミレスとかだと思ってた私が馬鹿でしたか。
パパは大通りを左折してちょっと進むと、静かで品の良さそうなブティックの立ち並ぶ通りに車を停めた。パパは助手席までまわって車のドアを開け、外に出る私の手をそっととってくれた。その動きの一つひとつがスムーズで洗練されている。こんな人にエスコートされたら、女の人はいちころだろうなと娘の私でも思うほどだ。
車の外に出ると、石畳の歩道にランプが灯り、まるで中世ドイツの街並みを想起させる。まるでおとぎの国だ。妖精が飛んでいても驚かないだろう。
「ほら、あそこがパパの店だ」
店の前には「Orazio de Donati」と書かれている。
「日本ではまだ無名だが、イタリアの革職人が1990年代に始めたブランドなんだ。日本ではパパが初めて販売権を得た。これからこのブランドを日本一にしていくのがパパの仕事だ」そんな風に仕事の話をするパパは、幼い子供のようにも、背伸びなんかじゃ手の届かない違う世界の大人のようにも見えた。
「このお店を任されています、マネージャーの木崎由利子(きざきゆりこ)です。お父様にはいつもお世話になっています」店に入ると、出迎えてくれた女の人はそう言って私に頭を下げた。私よりも年上で、化粧も身のこなしも大人の洗練された女性のものだった。同性の私でも見つめられると照れてしまうほど綺麗な人だ。そんな人に頭を下げられ私はどぎまぎしてしまった。
「娘の愛衣奈だ。木崎君、よければ選ぶのを手伝ってやってくれないか?」
「ええ、もちろんです。これからどこかへおいでですか?」
「ああ。ホテルのレストランを予約してあるんだ。そうだな、スマートカジュアルで頼む」
「かしこまりました。それでしたら靴やカバンもご用意した方がよろしいですね」
「ああ。まかせるよ。せっかくだから俺は奥の部屋で待っている。できたら呼んでくれ」
「せっかくだから、ですか?」
「ああ。見た瞬間の驚きを楽しみたいんだ」
「わかりましたわ」そう言って木崎さんはほほ笑んだ。
私には「驚きを楽しむ」の意味も、それを「わかりましたわ」と言って微笑む意味もわからなかった。これが大人の言葉遊びなんだろうなと、普段私とパパの交わす言葉がなんとなく幼稚に思えてしゅんとした。私もいつかパパと、こんな風に落ち着いてシャレた言葉で話せる時が来るのだろうか。
木崎さんが選んでくれたのは、淡いブルーのワンピースだった。スカートが二重になっていて、その外の部分と袖の部分がレースになっている。腰には細く白い飾りのベルトが付いていた。
「服だけだと少し地味に見えるかもしれませんが……、ちょっと待っててくださいね」そう言って木崎さんは化粧の道具を出してくると、私を鏡の前に座らせ、薄く自然な感じで化粧をし、髪型までセットしてくれた。
「ほら、少し華やかになりましたでしょ? 髪を上げて首筋を見せると……、ほら、とても大人っぽく見えます。あと、お肌が白いので、ゴールドのチェーンのネックレスが似合うと思いますわ」そう言ってさらに、首元に小さな真珠をちりばめた糸のように細い金色のネックレスと、それとお揃いのイヤリングをつけてくれた。
「あとはカバンとパンプスですね。ストッキングも用意します」
鏡の中からは、いつも目にしているはずの地味な女の子が消え、私はまるでシンデレラのように変身していった。
「カバンとパンプスは、色を合わせて白に近いベージュにしてみました。このリボンの飾りが若い方には合うと思いますよ」
私は自分の姿を見て息をのんだ。私って、こんな風になれるんだ……。
「すごくお似合いですわ。このワンピース、なかなか似合う人がいないんです。でも愛衣奈さんならと思って……、正解だったみたいですね」
私は鏡の中の自分に見惚れた。
後ろに気配を感じて振り向くと、そこにパパがいた。
不意を突かれてしまい、こんなに恥ずかしいのに、こんなにドキドキしているのに、まだ自分を自分と受け入れる心の準備すらできていなかったのに、私はパパの視線の虜になったように動けなくなってしまった。
逃げ出したいくらい恥ずかしいのに、私を見て欲しい……。
私は目を閉じ、横を向いた。
まるで好きな人の前で裸になったような気分だ。
「綺麗だよ、愛衣奈……」パパはそう言うと、そっと私の頬に触れ、自分の方を向かせた。
パパは優しい顔をしていた。いつも見慣れた顔だったけれど、なんだかパパまでいつもと違うように見えた。
なんだろうこれ、なんだろうこれ……。
友達の女の子も、自分のお父さんに見られてこんな気分になることあるんだろうか。
自分の感情がよくわからなくて泣き出しそう。
「橋詰社長? そんなに見つめて愛衣奈さんを困らせては可愛そうですよ?」そう言って木崎さんは温かい手で私の肩を撫でてくれた。おかげで少し緊張が解け、なんとか涙は流さずに済んだ。
「あ、ああ、そうだな。あまりに綺麗だったもので、言葉が出なくなってしまった」
「わかります。さすが社長の娘さんです」木崎さんの落ち着いた話し方に、私はやっと少し笑顔を見せることができた。
「さ、社長、そろそろ予約の時間じゃありませんか? 愛衣奈さんとのデート、楽しんできてください?」
「あ、ああ。行こう、愛衣奈」
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