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しばらくたったある日、目を覚ましてキッチンに行くと、パパはもう会社に出かけたあとだった。
テーブルを見ると、手紙が置いてあった。椅子に座ってそれを読む。
おはよう、愛衣奈。
パパは先に仕事に行く。
金曜から出張だから、片付けなきゃならない仕事があるんだ。
今度はドイツに二週間ほど滞在することになる。
愛してるよ、愛衣奈。
他の家のお父さんやお母さんでも子供への手紙に「愛してるよ」とか言うのかなあ。
パパは私のこと娘だからやっぱり「愛してる」って言うのかなあ。
わかんないな……。パパって私のことどう思ってんだろう。
「それにしても出張かあ」と言って手紙を両手に持ったまま、私はテーブルに突っ伏した。
苦手だな、誰もいない家。
私はカレンダーを見た。
明後日からか。
寂しいな……。
私は眠気の覚め切らない頭でテーブルに腕を組んで顔を埋めながら、パパに「行かないで!」って抱き着いているところを想像してみた。「わかったよ、愛衣奈」そう言ってパパが抱きしめてくれる。パパの匂い、好きだな。できればパジャマがいいな。あんまりパパのパジャマ姿って見たことないんだよね。隙が無いって言うか、家でくらいもっと無防備なところ見せてくれてもいいのに。時々パパにバレないように、洗濯物のパパのパジャマに顔を埋めている私は変態だろうか。それとも子犬のようだとパパは頭を撫でてくれるだろうか。パパに抱きしめてもらったことなんて記憶にないな。きっと小さい頃はあったんだろうなあ。いいなあ。小さい頃に戻りたいなあ。
なんて変態イマジネーション爆裂させてたら、時間はもう七時二十分!!!
ご飯食べてる時間がないよ! と私はトースターに食パンを放り込み、焼いている間に着替えをすまそうと自分の部屋に駆け込んだ。
傘忘れちゃった……。
教室の窓を雨が叩く音を聞いて、私は憂鬱な気分になった。
パパはちゃんと傘持ってったかな。ま、車だしあんまり関係ないか。
「あーーー、最悪! 傘忘れたあ!」と梨花が授業の終わりとともに言った。
「これってもう梅雨?」
「やだあ、夏がくるー!」
なんて教室で交わされる会話を背中に聞きながら、私は六月のドイツの気候ってどんなだろうなんて考えていた。
「ねえねえ愛衣奈、部活終わったら遊び行こー!?」と梨花が声をかけてきた。
「え、でも部活終わるの七時とかじゃないの?」
「今日さ、コート練習の日なんだけど、雨降ったら使えないからミーティングで終わりなんだ。だからね、買い物行きたいの。つきあって?」
「うん、いいよ」どうせこの雨じゃ、私も部活はない。
夕方には雨も小雨になり、私と梨花はその隙をついて駅まで走った。
「で、梨花、何買いに行くの?」
「料理の本!」
「料理?」
「うんそう。もうすぐお父さん誕生日だからね。何が欲しい? って聞いたら、梨花の手料理なんか食べたいなあ、だってさ」
「そうなんだあ」父親って、そう言うものなのかなあ。娘の作った料理とか食べたいのかな。パパもそういうの喜ぶかな。
「ま、お父さんにしてみたら、私にお金使わせないように気を使ってるのかも知れないけど、その分大変だよね」と梨花は濡れた髪の毛を触りながら言った。
「で、どんな料理作るの?」
「さーっぱり、想像もつかない!」
「お父さんの好きなものとかないの?」
「うーん、かつ丼かな」
「かつ丼?」
「地味でしょ? 誕生日にかつ丼もないなと思って……」
「そうだね……」
本屋に着くと、二人で料理の本を探した。けれどどれも難しそうで、読むだけで気力も体力も持ってかれそうなやつばかりだった。
「なんか疲れるね……」
「うん……」と言いながら二人で砂漠に水を求めるようにファッション雑誌のコーナーで立ち読みを始めた。と、そこでふと横に目に着いたのが、「365日のお弁当」という雑誌だった。
「ねえ、これって使えそうじゃない?」と私がそれを手に取ると、「どれどれ? あっ、ほんと! それ良さそう!」と梨花もぱらぱらと中身を確かめ、「あっ、これ美味しそう!」「これなら作れそう!」「ひよこ玉子可愛い!」などとはしゃぎながら、それを買うことになった。
本屋を出ると、雨上がりの空気は澄んでいて、赤く焼けた夕方の空がなんだかノスタルジックな気分にさせた。小さい頃、お父さんとお母さんに両側から手を繋がれて、こんな空を見た気がした。
「ねえ、今日付き合ってくれたお礼にさ、今度これに載ってるやつ作るから、試食してみてよ!」と梨花が言った。
「え、いいの!?」
「うんうん、今から家帰ってこれ見ながら献立考えるよ! でも家で作ってたら親にバレちゃうなあ……」
「あっ、それならうちくる?」
「え、愛衣奈の家? いいの? 家の人は?」
「パパさん明後日から出張なんだよ、寂しいんだよ」
「あはは! 始まった、愛衣奈の甘えん坊!」
「否定できないけどさ」
「あ、じゃあさ! 他にも誰か呼んじゃう!? みんなで作ってみんなで食べて、お料理パーティーしようよ!」
「え、それ楽しそう! てかみんな泊まってもいいよ?」
「え、マジマジ!? ヤバいヤバい! テンション上がってきた!!!」
朝に感じた寂しさや雨の憂鬱さは、いつのまにやら消えていた。
なんだか今日の私の気分、今日のお天気そのままだったなあ、と最後にキラキラと濡れた景色を光らせ沈んでいった太陽を見ながら思った。
テーブルを見ると、手紙が置いてあった。椅子に座ってそれを読む。
おはよう、愛衣奈。
パパは先に仕事に行く。
金曜から出張だから、片付けなきゃならない仕事があるんだ。
今度はドイツに二週間ほど滞在することになる。
愛してるよ、愛衣奈。
他の家のお父さんやお母さんでも子供への手紙に「愛してるよ」とか言うのかなあ。
パパは私のこと娘だからやっぱり「愛してる」って言うのかなあ。
わかんないな……。パパって私のことどう思ってんだろう。
「それにしても出張かあ」と言って手紙を両手に持ったまま、私はテーブルに突っ伏した。
苦手だな、誰もいない家。
私はカレンダーを見た。
明後日からか。
寂しいな……。
私は眠気の覚め切らない頭でテーブルに腕を組んで顔を埋めながら、パパに「行かないで!」って抱き着いているところを想像してみた。「わかったよ、愛衣奈」そう言ってパパが抱きしめてくれる。パパの匂い、好きだな。できればパジャマがいいな。あんまりパパのパジャマ姿って見たことないんだよね。隙が無いって言うか、家でくらいもっと無防備なところ見せてくれてもいいのに。時々パパにバレないように、洗濯物のパパのパジャマに顔を埋めている私は変態だろうか。それとも子犬のようだとパパは頭を撫でてくれるだろうか。パパに抱きしめてもらったことなんて記憶にないな。きっと小さい頃はあったんだろうなあ。いいなあ。小さい頃に戻りたいなあ。
なんて変態イマジネーション爆裂させてたら、時間はもう七時二十分!!!
ご飯食べてる時間がないよ! と私はトースターに食パンを放り込み、焼いている間に着替えをすまそうと自分の部屋に駆け込んだ。
傘忘れちゃった……。
教室の窓を雨が叩く音を聞いて、私は憂鬱な気分になった。
パパはちゃんと傘持ってったかな。ま、車だしあんまり関係ないか。
「あーーー、最悪! 傘忘れたあ!」と梨花が授業の終わりとともに言った。
「これってもう梅雨?」
「やだあ、夏がくるー!」
なんて教室で交わされる会話を背中に聞きながら、私は六月のドイツの気候ってどんなだろうなんて考えていた。
「ねえねえ愛衣奈、部活終わったら遊び行こー!?」と梨花が声をかけてきた。
「え、でも部活終わるの七時とかじゃないの?」
「今日さ、コート練習の日なんだけど、雨降ったら使えないからミーティングで終わりなんだ。だからね、買い物行きたいの。つきあって?」
「うん、いいよ」どうせこの雨じゃ、私も部活はない。
夕方には雨も小雨になり、私と梨花はその隙をついて駅まで走った。
「で、梨花、何買いに行くの?」
「料理の本!」
「料理?」
「うんそう。もうすぐお父さん誕生日だからね。何が欲しい? って聞いたら、梨花の手料理なんか食べたいなあ、だってさ」
「そうなんだあ」父親って、そう言うものなのかなあ。娘の作った料理とか食べたいのかな。パパもそういうの喜ぶかな。
「ま、お父さんにしてみたら、私にお金使わせないように気を使ってるのかも知れないけど、その分大変だよね」と梨花は濡れた髪の毛を触りながら言った。
「で、どんな料理作るの?」
「さーっぱり、想像もつかない!」
「お父さんの好きなものとかないの?」
「うーん、かつ丼かな」
「かつ丼?」
「地味でしょ? 誕生日にかつ丼もないなと思って……」
「そうだね……」
本屋に着くと、二人で料理の本を探した。けれどどれも難しそうで、読むだけで気力も体力も持ってかれそうなやつばかりだった。
「なんか疲れるね……」
「うん……」と言いながら二人で砂漠に水を求めるようにファッション雑誌のコーナーで立ち読みを始めた。と、そこでふと横に目に着いたのが、「365日のお弁当」という雑誌だった。
「ねえ、これって使えそうじゃない?」と私がそれを手に取ると、「どれどれ? あっ、ほんと! それ良さそう!」と梨花もぱらぱらと中身を確かめ、「あっ、これ美味しそう!」「これなら作れそう!」「ひよこ玉子可愛い!」などとはしゃぎながら、それを買うことになった。
本屋を出ると、雨上がりの空気は澄んでいて、赤く焼けた夕方の空がなんだかノスタルジックな気分にさせた。小さい頃、お父さんとお母さんに両側から手を繋がれて、こんな空を見た気がした。
「ねえ、今日付き合ってくれたお礼にさ、今度これに載ってるやつ作るから、試食してみてよ!」と梨花が言った。
「え、いいの!?」
「うんうん、今から家帰ってこれ見ながら献立考えるよ! でも家で作ってたら親にバレちゃうなあ……」
「あっ、それならうちくる?」
「え、愛衣奈の家? いいの? 家の人は?」
「パパさん明後日から出張なんだよ、寂しいんだよ」
「あはは! 始まった、愛衣奈の甘えん坊!」
「否定できないけどさ」
「あ、じゃあさ! 他にも誰か呼んじゃう!? みんなで作ってみんなで食べて、お料理パーティーしようよ!」
「え、それ楽しそう! てかみんな泊まってもいいよ?」
「え、マジマジ!? ヤバいヤバい! テンション上がってきた!!!」
朝に感じた寂しさや雨の憂鬱さは、いつのまにやら消えていた。
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