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私の動揺がみんなにバレる前に、次の授業のチャイムに救われた。
けれどそれからというもの、私は千春のことが気になって気になって仕方なくなった。休み時間、梨花たちと話をしていても、体育の時も、教室を移動する時も、ことあるごとに千春のことをちらちらと見るようになった。
三十六歳、三十六歳、三十六歳……、何かの呪文のようにその言葉が頭の中をぐるぐる回った。
放課後、帰ろうと靴を履き替えている時だった。
「ねえ愛衣奈!」と急に背後から声をかけられ、思わず私は「ひゃいっ!」と変な返事をしてしまった。
「そんなにおどろかなくてもいいよ」そう笑いながら後ろに立っていたのは千春だった。「それより今日どうしてずっと私のこと見ていたの?」
千春とは今まであんまり話したことがなかった。こんなに近くで面と向かったことも無い。眼鏡かけててなんとなくいつも真面目そうで近づきにくい子だなと思っていたのだけど、間近で見るとまつ毛が長くて綺麗な目をして、なかなか素敵な笑顔のできる子だった。
「え、いや、別に見てないよ」私はごまかした。
「嘘よ。絶対見てた。それも何度も」
「う、うん……、ごめんなさい」私は嘘をつくのが苦手だった。
「別に謝らなくていいんだけど、どうしてかなーっと思ってさ」千春も靴を履き替えると、二人で並んで学校の外に出た。
「もしかして、私の噂聞いた?」と千春が話を振ってきた。
私はなんだか千春の噂話をしていたことに後ろめたさを感じ、ちょっと困ってしまったけど小さく頷いた。
「そっか。どう思った?」
「ど、どうって?」
「十九歳も年上の人と付き合ってるんだよ?」
「すごいなあって思った」
「それだけ?」
「パパさんのこと考えた」
「パパさん? 愛衣奈のお父さんのこと?」
私はまた「うん」と頷いた。
「どうしてお父さんのこと考えるの?」
「同い年だから」
「え、うそ!? 愛衣奈のお父さんも三十六歳なの?」
「うん」
「え、それってかなり若くない? ってことは、お父さんがまだ十九歳の時に愛衣奈生まれたってことじゃない」
「うん。そうなるね」
「羨ましい。うちのお父さんと逆だね」
「逆って?」
「うちのお父さん、四十過ぎてから私産んだから、もう六十近いんだよ」
「そうなんだ」
「六十も近いとさ、けっこう老けて見えるし、おじいちゃんに間違われたりしてけっこう辛いんだ」
人それぞれ違うことで悩んでるんだなあと私は思った。
「その反動なのかも」
「なにが?」
「三十六の人を好きになっちゃったことが」
「どうして?」
「若いお父さんに憧れみたいなものがあったのよ。それにね、うちのお父さん厳しくて、私のこと小さい時から子ども扱いしてくれなかったのよ。だからなんて言うか、自分のことを大人だなんて思ってるわけじゃないけど、クラスの男子が子供に見えちゃうの」
「そんなもんなんだ」私はクラスの男子を子供だとか大人だとか思ったことはない。
「うん。無邪気って言うかね、すぐくだらないことに夢中になったりさ、はしゃいでる姿を見ると好きなんて感情とは程遠い感じがするの。愛衣奈はどうなの? 好きな人とかいないの?」
「私は別に、誰もいない」
「隠さなくていいのに。わたし誰にも言ったりしないから」
「ほんとに、誰もいないよ」
「うそ。そんなの不自然よ、十七にもなって。自分で気づいてないだけかもよ?」
気づいて、ないだけ?
「もしくは、認めたくない相手なのかも」
認めたく、ない?
「ねえ、今から一つ質問するから何も考えないで答えてね?」
「質問?」
「そう。頭の中に思い浮かんだ男の人を、一番から順番に言ってみて」
「頭の中に?」
「そう。考えちゃ駄目。早く!」
「えっと、弘斗でしょ、佐竹でしょ、あとパパさんかな」佐竹とは、私の入っている天文部の部長だ。
「ふーん、なるほどね」
「え、なになに? ふーんってなんなの?」
「愛衣奈の好きな人わかっちゃった」
「え、え、え、どう言うこと?」
「そう言うことか。そりゃなかなか自分でも認められないよね」
「え、なによー、教えてよ!」
「友達になってくれたら教えてあげる」
「友達?」
「うん。なんか愛衣奈話しやすいし、話も合いそうな気がする。愛衣奈って幼い振りして、ちょっと大人っぽいとこもある。二面性のある子だなって前から思ってたのよ」
「二面性? 私そんなんじゃないよ、ただ気の小さい、つまらない女の子だよ」
「自分のこと悪く言っちゃ駄目だよ。自信無くしちゃうよ? 自分のいいとこ探して、自信を持って生きた方がいい」
そんな話をする千春の方がよほど大人に見えた。
「私、友達少ないの。知ってると思うけど。でもそれは、できないとかじゃなくて、自分に必要と思う人としか付き合いたくないだけなの」
千春は普段のイメージと違って、けっこうよくしゃべるし、しっかり物を考えてるし、ずばずばと思ったことを言うタイプのようだ。
「友達になるのはいいけど……」
「じゃあLINE交換して?」
「え、あ、うん、いいよ?」そう言って私はスマホを出した。
「ありがと。じゃあ、私もうバス来ちゃうから。またね!」
「え、ちょ、ちょっと千春!」と私が呼び止める間もなく、千春は私とLINE交換すると、先に走って行ってしまった。
けれどそれからというもの、私は千春のことが気になって気になって仕方なくなった。休み時間、梨花たちと話をしていても、体育の時も、教室を移動する時も、ことあるごとに千春のことをちらちらと見るようになった。
三十六歳、三十六歳、三十六歳……、何かの呪文のようにその言葉が頭の中をぐるぐる回った。
放課後、帰ろうと靴を履き替えている時だった。
「ねえ愛衣奈!」と急に背後から声をかけられ、思わず私は「ひゃいっ!」と変な返事をしてしまった。
「そんなにおどろかなくてもいいよ」そう笑いながら後ろに立っていたのは千春だった。「それより今日どうしてずっと私のこと見ていたの?」
千春とは今まであんまり話したことがなかった。こんなに近くで面と向かったことも無い。眼鏡かけててなんとなくいつも真面目そうで近づきにくい子だなと思っていたのだけど、間近で見るとまつ毛が長くて綺麗な目をして、なかなか素敵な笑顔のできる子だった。
「え、いや、別に見てないよ」私はごまかした。
「嘘よ。絶対見てた。それも何度も」
「う、うん……、ごめんなさい」私は嘘をつくのが苦手だった。
「別に謝らなくていいんだけど、どうしてかなーっと思ってさ」千春も靴を履き替えると、二人で並んで学校の外に出た。
「もしかして、私の噂聞いた?」と千春が話を振ってきた。
私はなんだか千春の噂話をしていたことに後ろめたさを感じ、ちょっと困ってしまったけど小さく頷いた。
「そっか。どう思った?」
「ど、どうって?」
「十九歳も年上の人と付き合ってるんだよ?」
「すごいなあって思った」
「それだけ?」
「パパさんのこと考えた」
「パパさん? 愛衣奈のお父さんのこと?」
私はまた「うん」と頷いた。
「どうしてお父さんのこと考えるの?」
「同い年だから」
「え、うそ!? 愛衣奈のお父さんも三十六歳なの?」
「うん」
「え、それってかなり若くない? ってことは、お父さんがまだ十九歳の時に愛衣奈生まれたってことじゃない」
「うん。そうなるね」
「羨ましい。うちのお父さんと逆だね」
「逆って?」
「うちのお父さん、四十過ぎてから私産んだから、もう六十近いんだよ」
「そうなんだ」
「六十も近いとさ、けっこう老けて見えるし、おじいちゃんに間違われたりしてけっこう辛いんだ」
人それぞれ違うことで悩んでるんだなあと私は思った。
「その反動なのかも」
「なにが?」
「三十六の人を好きになっちゃったことが」
「どうして?」
「若いお父さんに憧れみたいなものがあったのよ。それにね、うちのお父さん厳しくて、私のこと小さい時から子ども扱いしてくれなかったのよ。だからなんて言うか、自分のことを大人だなんて思ってるわけじゃないけど、クラスの男子が子供に見えちゃうの」
「そんなもんなんだ」私はクラスの男子を子供だとか大人だとか思ったことはない。
「うん。無邪気って言うかね、すぐくだらないことに夢中になったりさ、はしゃいでる姿を見ると好きなんて感情とは程遠い感じがするの。愛衣奈はどうなの? 好きな人とかいないの?」
「私は別に、誰もいない」
「隠さなくていいのに。わたし誰にも言ったりしないから」
「ほんとに、誰もいないよ」
「うそ。そんなの不自然よ、十七にもなって。自分で気づいてないだけかもよ?」
気づいて、ないだけ?
「もしくは、認めたくない相手なのかも」
認めたく、ない?
「ねえ、今から一つ質問するから何も考えないで答えてね?」
「質問?」
「そう。頭の中に思い浮かんだ男の人を、一番から順番に言ってみて」
「頭の中に?」
「そう。考えちゃ駄目。早く!」
「えっと、弘斗でしょ、佐竹でしょ、あとパパさんかな」佐竹とは、私の入っている天文部の部長だ。
「ふーん、なるほどね」
「え、なになに? ふーんってなんなの?」
「愛衣奈の好きな人わかっちゃった」
「え、え、え、どう言うこと?」
「そう言うことか。そりゃなかなか自分でも認められないよね」
「え、なによー、教えてよ!」
「友達になってくれたら教えてあげる」
「友達?」
「うん。なんか愛衣奈話しやすいし、話も合いそうな気がする。愛衣奈って幼い振りして、ちょっと大人っぽいとこもある。二面性のある子だなって前から思ってたのよ」
「二面性? 私そんなんじゃないよ、ただ気の小さい、つまらない女の子だよ」
「自分のこと悪く言っちゃ駄目だよ。自信無くしちゃうよ? 自分のいいとこ探して、自信を持って生きた方がいい」
そんな話をする千春の方がよほど大人に見えた。
「私、友達少ないの。知ってると思うけど。でもそれは、できないとかじゃなくて、自分に必要と思う人としか付き合いたくないだけなの」
千春は普段のイメージと違って、けっこうよくしゃべるし、しっかり物を考えてるし、ずばずばと思ったことを言うタイプのようだ。
「友達になるのはいいけど……」
「じゃあLINE交換して?」
「え、あ、うん、いいよ?」そう言って私はスマホを出した。
「ありがと。じゃあ、私もうバス来ちゃうから。またね!」
「え、ちょ、ちょっと千春!」と私が呼び止める間もなく、千春は私とLINE交換すると、先に走って行ってしまった。
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