悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第一部

Hiroko

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19 剣を取れ!

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「おいおい、こりゃでかすぎだろ!」と言いながらもスサノオは天叢雲剣をかまえた。
僕はそんな危機的な状況にありながらも、またいつものように意識を吸い取られるような強烈な眠気に襲われ、いまにも倒れてしまいそうだった。
「一矢必殺」と頭の中に声が聞こえたが、もう僕は「好きにしてくれ」と言う気分で、自分の身体が勝手に動いて矢を放つのをぼんやり見ていた。放った矢は狒狒の喉元に突き刺さったみたいだったが、息の根を止めるには至らなかった。
「ならば……」と僕の体を操る亡霊は、再び背中から矢を取り、続けざまに三本放った。
矢はそれぞれ喉元に二本、額に一本突き刺さり、さっきまで相手にしていた狒狒なら致命傷となるようなものだったが、この巨大な狒狒にはまったく効いてはいないみたいだった。
そしてその間もスサノオは狒狒の脚に、腹に、腕に、顔にと天叢雲剣を振るったが、どれもあまり効いている様子がない。
「うぬぬ……」と僕は頭の中に唸り声を聞くと、もうどうにも立っていることすらできず、脚から力が抜けてがくりと地面に手をついた。
「和也!」スサノオの叫びが意識の向こう側から聞こえたが、もはや目も開けられず、うなだれた首を持ち上げることもできない僕に、目の前でいったい何が起こっているのか知る術もなかった。
ズンッ、ズンッ、ズンッ! と地面から振動が伝わってくる。
これは狒狒の足音だろうか。
あまりにもでかい。
歩くだけでこれほどの振動ならば、攻撃されればいったいどうなるのだろう。
そんなことを考えながらも、僕は目を開けることすらできなかった。
「和也! 目を覚ませ! 和也!」その声はそんなに遠くはなかった。
狒狒の足音はすぐ目の前にまで迫っている。
けれど……、僕はやっとの思いで薄目を開けた。
目の前に八岐大蛇が七つの首をもたげ、狒狒を威嚇していた。
狒狒が目の前にいた。
さすがの八岐大蛇もこいつにはかなわないだろう。
そしてその向こうに走ってくるスサノオが見えた。
狒狒は右手を振り上げ、八岐大蛇めがけてその拳を振り下ろした。
だが八岐大蛇はその腕をかわすと逆に飛び掛かるように腕に絡みつき、狒狒の頭めがけて牙をむいた。
「いいぞ!」そう叫ぶスサノオが追いつき、狒狒の前に立ちはだかると、天叢雲剣を構え、狒狒の腹に向かって突き刺そうとした。とその瞬間、狒狒は左手で拳を作り、真横からスサノオの横っ腹を殴りつけた。
スサノオはその衝撃で気を失ったのか、悲鳴を上げることすらなく十メートルは吹っ飛ばされ、あおむけに転がったまま起き上がることはなかった。
ああ、次は僕の番か……。と失いそうな意識の片隅で考えた。
もう駄目だ……。
美津子、どうしているんだろう。
助けてやりたかった。
もう一度、会いたかった。
僕は弱い。
弱すぎる。
何もしてやれなかった。
ごめんよ、美津子……。
そして意識に暗闇が流れ込んできたその瞬間、どこかから声が聞こえた。
「剣を取れ……」それは男の声ではあったけれど、いつも頭の中から聞こえる亡霊の声ではなかった。
「だれ?」
「目を開けろ。剣を取るんじゃ」
「剣? 剣って、剣なんか、僕は持っていない……」
「目を開けるんじゃ。剣を取れ!」
「え?」
力の入らない首をなんとか持ち上げ、やっと目を開けてそこにいたのはコトネだった。
「コトネ? いまの、コトネ?」
コトネは横に首を振った。
「でも、今の……」
「前を見ろ。剣を取れ!」
「え?」一瞬、コトネだと思って見ていた小さな女の子は、僕が寝ぼけているせいか、深く皺の刻まれた老人のように見えた。
「だれ? コトネは?」そう尋ねた瞬間、目の前から老人もコトネも消えていた。そのかわりに目に入ったのは、スサノオが殴り飛ばされた時に手放した天叢雲剣だった。
「あれは……」
「剣を取れ」
「あれを? 僕が? 僕が使うの!?」
「そうだ。できる。今のお前ならできる!」
「できると言われても、僕は弱いし、何もできないよ」
「信じろ」今度はいつも頭に聞こえる亡霊の声だった。
見ると、僕の体はまだ白い靄に包まれていた。
「いったいだれ? 誰が僕に話しかけているの!?」
その答えを聞く間もなく、目の前に振り落とされた八岐大蛇が地面に叩きつけられてきた。
七つある頭のうちの二つが、気を失ったように動かない。
口から血を流している者もいる。
「ああ、ああ、もう駄目だ……。僕も死ぬんだ……」
「まだだ。あきらめるな」
「そうじゃ。剣を取れ」
剣を……、剣を……。
僕はそう思いながらも、震えて体が動かなかった。
けれど、僕を包む靄が脈を打つように震えると、まるで矢を射るために背中に力がみなぎるように、全身に力が湧いてくるのがわかった。
「そうじゃ。それでいい。あとは剣を取れ。迷うな。わしがついておる」
「わ、わしって、いったい……」そう思いながら、僕は重い脚を動かしなんとか立ち上がると、目の前にころがる天叢雲剣を手に取った。
すると今まで僕の体を覆っていた亡霊の白い靄が、拳の先から天叢雲剣全体を包み込むように覆っていった。
「なんだ、なんだこれ?」そして天叢雲剣はうっすらと白く光を放っていた。
「神の力を信じろ」老人の声が聞こえた。
「一矢必殺の魂を込めろ」亡霊の声が聞こえた。
鼓動が速くなるのを感じた。
その鼓動とともに、僕の頭の中からもやもやとした眠気が払われていった。
鼓動はただ速くなるのではなく、どんどんと力強さを増していった。
まるで心臓が僕の胸を引き裂いて表に出ようとしているようだった。
心臓から血液が吐き出されるにつれ、僕の体はどんどんと膨れ上がっていくようだった。
脚が、腕が、腰が、胸が、みるみる重く、力強さを増していった。
「さあ、行け! 神の魂を受け継ぐ者よ!」
僕はもう目の前の狒狒に臆してなどいなかった。
それどころか、夜空を突き破らんばかりの巨大な狒狒を見上げても、勝ちを確信するほどに体の隅々まで熱く勇猛なエネルギーに満ち溢れていた。
「ぬおあああああああ!!!」と、もうどうにも抑えることのできないエネルギーの放出を叫び声に変え、僕は飛び掛かるように目の前の狒狒に突進していった。
狒狒は「おおおおおおおおんっ!!!」と吠え、振り上げた両手を僕に叩きつけてきた。
スサノオでさえ避けることのできなかったその攻撃を、僕はよける必要もないほどの勢いで突き進み、前に構えた天叢雲剣を巨大な狒狒の心臓めがけ、あらん限りの力を込めて突き出した。
天叢雲剣が肉を引き裂く感触はなかった。
まるで天叢雲剣を覆った靄が、肉に裂け目を作って導くように、心臓のある場所にするすると流れ込んでいった。
そして最後、切っ先の届いたその場所から、大きくドクンッと動く狒狒の最後の鼓動を拳の中に感じた時、僕はそこに確かな命の終わりを知った。
「ぐはあああああ!!!」と肺の中の息を吐き出すような、苦しみを怒りに変えるような叫び声をあげ、巨大な狒狒はもんどりうつように倒れた。
それと同時に、僕はほんの一度の瞬きをする間もなく、全身から神経を引き抜かれたようにその場に倒れて意識を失った。


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