悠久のクシナダヒメ 「日本最古の異世界物語」 第一部

Hiroko

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26 美津子のお父さん

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「俺はここに残るよ」真治さんはそう言った。
「残ってどうするんだい」スサノオは聞いた。
「アマネと、この村を守る」
「そいつあ殊勝なこった」スサノオはぶっきらぼうに言った。
「そんな言い方ないよ」僕は抗議した。
「だがなあ、心意気は買うが、あの弱さじゃあなあ」
「僕だって最初は弱かった」
「あっはっは、確かにそうだ! 今だって、まだまだだけどな!」
夜も半分を過ぎていた。
村人たちは、僕たちが鬼を倒したことで信用したのか、もう縛り付けたりすることはなかった。
寝るところも用意してくれ、食事も出してくれた。
スサノオはもう眠いのか、腕を枕に寝っ転がった。
油に灯した小さな炎が真治さんの顔をゆらゆらと照らし出していた。
「俺はこう見えて、もと警察官なんだ」
「警察官?」
「ああ」
「でも、その……、そんな人が、どうしてあの踏切に?」
「言ったろ? 死ぬためだ」
「真治さんは、どうして死のうなんて思ったの?」
「結婚を約束していた彼女が、事故に遭って死んだんだ」
「事故に?」
「ああ。三か月後に、結婚するはずだった。子供っぽい話かもしれないが、俺は警察官になって悪い奴を捕まえ、みんなを守る仕事をしたいと思っていた。そして彼女と結婚を決めてからは、彼女を、そして将来できる子供を、悪い奴から絶対守ってやるんだって心に決めていたんだ。それがどうだい……、彼女の命を奪ったのは、悪い奴でもなんでもなかった。ブレーキとアクセルを踏み間違えただけの老人だった。歩道を歩いていた通行人の列に突っ込んだのさ。その中に俺の彼女もいた。事故を起こした老人も、そのまま死んじまった。俺は何を恨めばいいのかもわからず、何を何から守ればいいのかもわからなくなった。気が付いた時には、あの踏切の前にいたよ」
「で、この世界に飛ばされたわけだね」
「そう言うことだ。和也、って言ったな。君はどうしてあの踏切に飛び込んだんだ? まさか死にたかったのか?」
「いや、僕は死ぬつもりなんかなかった。友達の女の子が、あの踏切に飛び込んだら異世界に行けるって言ったんだ」
「だけど和也、普通だったら死ぬと考えるだろ。異世界なんて本気で考える年でもないはずだ」
「その友達のお父さんが、あの踏切から異世界に行ってしまったらしいんだ」
「どうやってそんなこと知った?」
「死体が見つからなかったらしい。他にもそう言うことが何度かあったって」
「死体が?」
「そう。あそこで自殺した人の中に、死体が見つからないことが時々あるって。電車のカメラには、確かに飛び込んだ映像が映っているのに、その人の死体が見つからないんだ」
「その中に、和也の友達のお父さんもいたってわけか」
「そう言うこと」
「で、その友達がお父さんを探しにあの踏切に飛び込もうって言ったわけだな」
「うん。でもそのことを知らされたのは、こっちに来てからだけどね」
「で、その友達は今どこにいる?」
「わからないんだ」
「わからない?」
「さらわれたんだよ」
「誰に?」
「わからないんだ。目を覚ますと数人の男が美津子を……、僕の友達を肩に担いで逃げて行くとこだった」
「人さらいか」
「うん」
「どこに行ったかわからないのか?」
「スサノオは、たぶん都の方だろうって」
「この時代の都って言うと、平城京か」
「うん」
「奈良県か。長い旅になるな……、ん? まてよ……、和也いま、美津子って言ったか?」
「うん。友達の名前」
「和也と同じくらいの年齢か?」
「そうだよ。どうして?」
「恐らくだが……、俺は一度、その子のお父さんに会っている」
「え、うそ?」
「本当だ。美津子と言う名の娘がいると言っていた。あの年齢なら、たぶん子供は中学生くらいだろう。託(ことづけ)を頼まれた。もし美津子と言う女の子とこの世界で会うようなことがあれば、出雲へ向かえと言って欲しいと」
「出雲へ……、確か島根県の方だ。で、その人は今どこに?」
「わからない。日本中を旅していると言っていた。医者のようなことをしていると言っていたが、俺たちの知っている医者じゃない」
「どう言うこと?」
「んー、つまり、薬を出したり手術をしたり、って医者じゃないって言う意味だ。病気や怪我を直すことには違いないが、おまじないのようなもので治療を行っていたんだ」そう言いながら、真治さんは自分の右脚をさすった。
「その脚、どうかしたの?」
「ああ。この世界に飛ばされた時、俺は脚を怪我したんだ。骨が折れ、歩けなかった。もう駄目だと思ったよ。それがどこからともなく現れたあの人に救われた。あんな暗い、誰もいない場所に、どうして俺がいるのがわかったのか知らないが、名も名乗らず、ただ俺にその場に横になれと言った」
僕は固唾を呑んで話を聞いた。
「不思議な体験だったよ。その人が、横になった俺の額に手を置くと、不思議と脚の痛みが引いていった。俺は熱を出しているようだったが、なんだか冷たい膜に覆われたように、熱もひいて体も楽になって行った。そして俺は知らない間に眠っていたようで、気が付くと空は明るくなり、折れた脚も治っていた」
「その男の人は、どうしたの?」
「もうどこにもいなかったよ。あまりに不思議なことで、本当にその男の人がそこにいたのかどうかすらわからなかった。夢を見ていたような、と言えばわかりやすいかな。ただ眠る寸前に、その男の人が『もし美津子と言う女の子に会うことがあれば……』と言う話をしたんだ」
「そいつはただの人じゃないな」
「スサノオ、起きてたの?」
「ああ」
「ただの人じゃないって、どういうこと?」
「和也と同じ、ってことだ」
「僕と? 僕はだって、ただの中学生だ」
「違うな。どういうめぐりあわせか知らないが、お前さんはただの子供じゃない」
「わからないよ……」
「まあいいさ。そのうちわかるだろ。それよりあんた、この村に残るって言ってたな」
「ああ、そのつもりさ。アマネと、この村を守りたい」
「そいつはいいが、今のあんたじゃ力不足だ」
「それは昨日、イヤと言うほど思い知ったよ」
「お前さんの剣を持ってきな」
「俺の剣を?」
「いいから俺に貸せ」
そう言われて真治さんは、家の中に立てかけてあった剣をスサノオに渡した。
「それとあんたもだ。そこに座りな」そう言いながらスサノオは、自分も面倒くさそうに起き上がると、受け取った剣を目の前に置き、持っていた小さな袋から何かを取り出した。
「なんだい、それは?」
「これか? こないだ狒狒の群れと戦った時、怪我した八岐大蛇が落としたもんだ」そう言ってスサノオは、どうやら八岐大蛇が折ってしまった牙のようなものと、銀色の大きな鱗を真治さんに見せた。
「まあ見てなって」スサノオはそう言うと、八岐大蛇の牙を真治さんの剣の上に置き、その上に自分の手を重ねて押し込むように力を込めた。
やがてスサノオの手から靄のような光が立ち昇り、その光は真治さんの剣を包み込んだ。
しばらくしてスサノオは剣から手を離したが、剣を包む光の靄は消えなかった。
そして八岐大蛇の牙は同化したかのように剣の中にめり込んでいた。
「これでよし。次はお前さんの番だ」そう言ってスサノオは、今度は八岐大蛇の鱗を手に取り、真治さんの胸にあてがうと、さっきと同じようにそれを押し込むように自分の手を重ねた。
やがてスサノオの手から光の靄が現れると、真治さんの体もその靄で包まれた。
「これでいいだろう……」そう言うとスサノオは少し疲れた様子でまた腕枕をし、その場に寝転がって目を閉じた。
「今のはいったい、何だったんだい?」
「お前さんの持つ剣に、八岐大蛇の力を宿した。八岐大蛇はもともと神の遣いだ。つまりその剣は、天叢雲剣と同様、神の力を宿したことになる。まあ、天叢雲剣ほど強力なもんじゃないがな、苧うにを倒せるほどにはなっているはずだ」
「じゃあ、僕の体には……」
「ああ。八岐大蛇の鱗の力を宿した。おい和也、お前さんの剣を貸してみな」
「え、僕の剣?」そう言って僕は、スサノオに剣を渡した。と、スサノオはその剣を受け取ると、寝転がったままいきなり真治さんに突き刺した。
「うわっ!」と真治さんも僕も驚いたが、僕の剣はあっけなく真治さんの体にはじき返された。
「お前さんの体も同様、八岐大蛇のように鋼の強さを纏っている。これでちょっとやそっとの攻撃で怪我を負わされることもないだろう」
「すごいな。傷一つない……」そう言って真治さんは自分の身体をまじまじと眺めた。
「あとは剣技だ。なあコトネの爺様、しばらくここに残って、付き合ってやってくれないかい?」
「いいじゃろう」姿は見えなかったが、声は聞こえた。
戸惑っている真治さんに、「もと凄腕の剣士の亡霊がいるんだ。僕もその人に剣を教わった」と簡単に説明した。
「亡霊と一緒にするない」と聞こえたが、僕は違いがわからなかったし、なんと呼んでいいのかもわからなかった。
「だが体が必要だな」スサノオが言った。
「体?」
「爺様も魂のままじゃ、剣を教えるも何も、相手ができんだろう」
魂と呼べばよかったのか……。
「心配ない。この村にも腕っぷしの強い奴がおるじゃろう。適当にそいつの体を借りるわい」
「そいつあいい」

次の日の明け方、僕とスサノオは村を後にした。
「なにからなにまで世話になったね」真治さんは言った。
「気にすんなって。大変なのはこれからだろうからな」スサノオは言った。
「和也君、君にも世話になりっぱなしだ」
「いいよ。それより美津子のお父さんのこと教えてくれてありがとう」
「ああ。美津子ちゃんに、会えるといいね」
「きっと探し出すよ。そして僕が救うんだ。真治さんも頑張ってね」
「一度死ぬ気になった人間だ。もう一度生きると決めたんなら、誰よりも強くなれるさ」スサノオはそう言って、背中を向け早くも歩き出していた。
「あ、待ってよ!」僕は慌てて後を追った。
「元気でな!」真治さんのその声に、僕は振り返って手を振った。






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