0.04%の矛盾を見抜いて帝国を追放された魔導監査官、辺境で「真実の帳簿」を付けていたら世界を支配する巨大銀行を潰してしまった件

hkhk

文字の大きさ
1 / 12
​第1部「凋落」

第1話:0.04%の致命傷

しおりを挟む
​1. 完璧な数字
​帝都中央魔導銀行。そこは、この国の「血液」であるマナのすべてを管理する心臓部だ。
ルカス・ハルフォードは、窓一つない監査室で、淡々と羊皮紙の束をめくっていた。彼の仕事は、魔法の発動に際して消費されたマナの量と、国庫から支払われたコストに乖離がないかを突き止めることだ。
「……またか」
ルカスが羽ペンを置いた。
目の前にあるのは、先月行われた「建国記念祭」での広域演舞魔法の報告書だ。一見、完璧な数字が並んでいる。マナ消費率、変換効率、減衰率。すべてが帝立魔導アカデミーの教科書どおりだ。
だが、ルカスの頭の中にある「計算機」は、小さな悲鳴を上げていた。
​「ルカス、また残業か? ほどほどにしろよ。数字は裏切らないが、健康は平気で裏切るからな」
声をかけてきたのは、同期のジルだった。彼は適当に仕事をこなし、組織の波にうまく乗るタイプだ。
「ジル、この数字を見てくれ。記念祭の魔法、総マナ消費量は1,200,000MP(マジックポイント)と記載されている」
「ああ、壮観だったな。帝都の空が七色に染まった」
「だが、当日の気温、湿度、そして観客動員数による『周囲の魔力干渉』を計算に組み入れると、本来の消費量は1,200,480MPになるはずなんだ」
ジルは呆れたように肩をすくめた。
「0.04%の差だぞ? 誤差の範囲内だ。風が吹けばそれくらい変わる」
「いや。風の影響はすでに0.012%として算入済みだ。この『消えた480MP』は、風のせいでも、湿度のせいでもない。意図的に、どこかへ『逃がされた』数字だ」
​ルカスは知っていた。この国では、魔法は「奇跡」ではなく「契約」だということ。そして契約には必ず、裏付けとなる資産が必要であることを。

​2. 闇への踏み込み
​ジルが帰った後、ルカスは独りで地下書庫へ向かった。
彼の持つ特殊な魔眼「真偽の天秤」を起動させる。これは戦闘には全く役に立たないが、文書に含まれる魔力の残滓を読み取り、書き換えられた痕跡を見抜くことができる。
「……見つけた」
棚の奥深くに隠された、二重帳簿。そこには、過去10年にわたる「誤差」の記録があった。
すべては0.04%。
一つ一つは微々たるものだが、帝国の全魔法消費を合わせれば、それは一つの小国を滅ぼすほどの巨大なマナの塊となる。それが、本来届くべき国庫ではなく、謎の隠し口座『プロトコル・ゼロ』へと流れ込んでいた。
​その時、背後で靴音が響いた。
冷たく、規則正しいリズム。ルカスは振り返らずとも、それが誰かを知っていた。
「ルカス・ハルフォード。君の優秀さには、いつも感心させられると同時に、少しばかり閉口するよ」
現れたのは、中央監査局の長であり、ルカスの直属の上司であるヴァン・ドゥ。
「閣下。この480MPの行き先について、ご説明いただけますか?」
ヴァン・ドゥは優雅に微笑んだ。その目は全く笑っていない。
「世界には、知らなくてもいい数字がある。均衡を保つための『糊しろ』だよ。君のような平役人が気にする必要はない」
「私は監査官です。1MPの矛盾が、1人の平民の生活を壊すこともある。それを見過ごすのは、私の美学に反します」
ルカスがそう言った瞬間、部屋の空気が凍りついた。

​3. 予定された失墜
​翌朝。ルカスが出勤すると、彼のデスクには既に武装した憲兵たちが立っていた。
「ルカス・ハルフォード。貴殿に、国家機密の不正持ち出し、および敵国への情報提供の疑いがかかっている」
「……何だって?」
ルカスの引き出しからは、身に覚えのない他国の通信石と、偽造された機密文書が出てきた。あまりにも古典的で、あまりにも完璧な「嵌め事」だった。
​数時間後、ルカスは窓のない審問室にいた。
机の向こうにはヴァン・ドゥが座っている。
「残念だよ、ルカス。君のような有能な男を失うのは。だが、正義感というやつは、時に毒になる」
「……これで勝ったつもりですか?」
ルカスは手錠をかけられたまま、皮肉げに口角を上げた。
「君の判決は決まった。死罪は免じてやるが、魔導資格の永久剥奪。そして、辺境の地『クレイ・ラグ』への左遷だ。あそこはマナが枯渇した死の土地。君の得意な計算も、あそこでは何の役にも立たない」
​ルカスは何も答えなかった。ただ、自らの頭の中に、先ほど見た隠し口座の「暗号化された契約番号」を刻み込んでいた。
(0.04%……。あなたがたが切り捨てたその端数が、いずれ首を絞めることになる)

​4. 辺境への馬車
​一週間後。ルカスは家財道具をすべて没収され、粗末な馬車に揺られていた。
帝都の華やかさは遠ざかり、窓の外には荒れ果てた灰色の荒野が広がっていた。
同乗しているのは、同じく「訳あり」で辺境へ送られる老人や、前科者たちだ。
「おい、あんた。えらい落ち込みようだな。何を仕出かしたんだ?」
隣に座る小太りの男が話しかけてくる。
「……少し、数字を数えすぎただけだ」
「ははっ! 銀行員か何かか。ここじゃ数字なんて意味ねえぞ。あるのは明日のパンがあるかどうかの運だけだ」
​ルカスは目を閉じ、これからの戦略を練った。
彼の手元には、唯一没収を免れた古い計算尺と、ポケットに忍ばせた「0.04%の写し」がある。
「クレイ・ラグ」は、帝国の流刑地。だが裏を返せば、帝国の監視が最も届かない場所でもある。
組織に裏切られたのなら、組織の外からその「計算」を狂わせてやればいい。

​5. 運命の出会い
​馬車が急停止した。
「なんだ? 盗賊か?」
車内が騒がしくなる。御者が慌てて叫んだ。
「違う! 道の真ん中に誰か倒れてるぞ!」
ルカスは真っ先に外へ出た。
そこには、ボロボロの布をまとった少女が倒れていた。銀色の髪が、泥にまみれて鈍く光っている。
彼女の手には、奇妙な紋章が刻まれたメダルが握られていた。
ルカスの「真偽の天秤」が、激しく反応する。
(……ありえない。このメダル、純度100%の濃縮マナで構成されている。帝国の帳簿には存在しないはずの『物質化魔法』の産物だ)
​少女がうっすらと目を開けた。
「……ここは……どこ……?」
「辺境への道中だ。君は何者だ?」
「名前は……リナ……。それ以外は……わからない。でも、私……これを、届けなきゃ……」
彼女が差し出したメダルの裏側。そこには、ルカスが帝都で見た『プロトコル・ゼロ』と同じ識別番号が刻まれていた。
​ルカスは確信した。
この左遷は、単なる終わりではない。
世界を支配する「虚構の数字」を暴くための、最高の序章(プロローグ)なのだ。
「拾い物にしては、少し重すぎるな。……だが、計算は合う」
ルカスは少女を抱き上げ、馬車へと戻った。
彼の頭の中では、新しい方程式が組み立てられ始めていた。

​次回予告
​辺境の地「クレイ・ラグ」に到着したルカスを待ち受けていたのは、マナの配給を牛耳る強欲な領主だった。
奪われた資格、消えたマナ、そして記憶喪失の少女。
ルカスは「領収書一枚」から、領主の不正を暴き立てる。
次回、第2話「死者の請求書」。
「——あなたの不正、小数点第3位までお見通しですよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

追放聖女だってお茶したい!─セカンドライフはティーサロン経営を志望中─

石田空
ファンタジー
「ミーナ今までありがとう。聖女の座を降りてもらおう」 貴族の利権関係が原因でいきなり聖女をクビになった庶民出身のミーナ。その上あてがわれた婚約者のルカは甘味嫌いで食の趣味が合わない。 「嫌! 人の横暴に付き合うのはもうこりごり! 私は逃げます!」 かくしてミーナは神殿から脱走し、ティーサロン経営のために奔走しはじめた。 ときどき舞い込んでくるトラブル。 慌ててミーナを探しているルカ。 果たしてミーナは理想のセカンドライフを歩めるのか。 甘いお菓子とお茶。そしてちょっとの恋模様。 *サイトより転載になります。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

荷物持ちを追放したら、酷い目にあった件について。

しばたろう
ファンタジー
無能だと思い込み、荷物持ちのレンジャーを追放した戦士アレクス。 しかし―― 彼が切り捨てた仲間こそが、 実はパーティを陰で支えていたレアスキル持ちだった。 事実に気づいた時にはもう遅い。 道に迷い、魔獣に襲われ、些細な任務すらまともにこなせない。 “荷物持ちがいなくなった瞬間”から、 アレクスの日常は静かに崩壊していく。 短絡的な判断で、かけがえのない存在を手放した戦士。 そんな彼と再び肩を並べることになったのは―― 美しいのに中二が暴走する魔法使い ノー天気で鈍感な僧侶 そして天性の才を秘めた愛くるしい弟子レンジャー かつての仲間たちと共に、アレクスはもう一度歩き出す。 自らの愚かさと向き合い、後悔し、懺悔し、それでも進むために。 これは、 “間違いを犯した男が、仲間と共に再び立ち上がる” 再生の物語である。 《小説家になろうにも投稿しています》

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!

ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません? せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」 不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。 実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。 あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね? なのに周りの反応は正反対! なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。 勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

処理中です...