クロノス・レギウムの天秤―徴収官カナタと銀の残響―

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​【第2章:帝国の影と闇市場編】

第18話:空の監獄 ―反撃の起点―

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​1. 静寂のクレーター
​地下広場が大爆発と共に崩壊してから、数時間が経過した。かつてクロノス・レギウムの地下を支えていた基盤は完全に消失し、地上には巨大な円形の穴が空いている。カナタは瓦礫の山から這い出し、泥にまみれた右腕でシオンの服の切れ端を握りしめていた。
​「……カナタ先輩。生きてるか」
​瓦礫の隙間から、片腕を吊ったリンと、足を負傷したレンが現れた。二人とも満身創痍であり、その背後にいた闇市場の住人たちの姿はもうない。
​「シオンは、どこだ」
​カナタの掠れた問いに、レンが上空を指差した。
厚い雲海を割るようにして、帝国の超弩級浮遊要塞「アイゼン・ガイスト」が、その巨体を現していた。それは蒸気機関ではなく、強奪したシオンのエネルギーを動力源として浮遊する、鋼鉄の城だった。
​「帝国は、シオンちゃんを『核』にして、あの要塞を動かしている。……あそこから、街全体……いや、大陸全域に『忘却の波動』を放つ準備を進めているんだ」
​カナタは天を仰いだ。右腕の火傷が激しく疼くが、不思議と心は冷え切っていた。失った記憶の穴を埋めるのは、もはや悲しみではなく、帝国への明確な殺意だった。

​2. 意外な同盟
​「一人で行くつもりか。死ぬだけだぞ、カナタ」
​暗闇から、引きずるような足音と共に黒い霧が漂ってきた。レオンだった。
彼の左腕の黒い結晶は砕け散り、かつての傲慢な面影はない。だが、その瞳には依然として昏い火が灯っていた。
​「……レオン。お前、まだ生きていたのか」
​「ああ。……帝国に、俺の『獲物』を奪われたままでいられるかよ。……カナタ。気に入らないが、利害は一致している。帝国はシオンを使い潰し、この世界のすべての記憶を『漂白』しようとしている。そうなれば、俺たちの愛した絶望さえも消えてしまう」
​レオンは懐から、ひび割れた黒い想石の破片を取り出した。
「これをやる。……地下で吸い取った、帝国の通信コードの残滓だ。これを使えば、要塞の防衛網を一瞬だけ無効化できる。……俺の兵隊(アムネシア)の生き残りも貸してやる。道を作ってやるから、お前はあの中へ跳べ」
​カナタはレオンを睨みつけた。信じられる相手ではない。だが、今のカナタに選り好みをしている余裕はなかった。
​「……いいだろう。だが、シオンを助け出した後は、お前も叩き潰す」
​「ククッ……それでいい」

​3. 鋼鉄の城への強襲
​作戦は、鉄道廃線区に残されていた高速貨物機を改造した突撃艇で行われた。
操縦桿を握るのはリンとレン。後部座席には、ボロボロのメモリー・ブレイカーを抱えたカナタが座る。
​「高度上昇! 帝国の対空砲火、来るぞ!」
​浮遊要塞からの迎撃光線が夜空を埋め尽くす。レオン率いるアムネシアの残党が、小型の飛行艇で囮となり、次々と撃墜されていく。その犠牲を糧にして、カナタたちの突撃艇は要塞の最下部、排熱ダクトへと肉薄した。
​「レオン、今だ!」
​カナタの叫びに合わせ、レオンが想石の破片を自らの肉体に突き立てた。彼の叫びと共に、強力な電磁妨害(EMP)が要塞の防衛システムを一瞬だけ麻痺させる。
​「行け! カナタ!」
​突撃艇がダクトに突っ込み、激しい衝撃と共に機体が大破する。カナタは爆炎の中から飛び出し、要塞内部の鋼鉄の床へと着地した。

​4. 鋼の回廊の死闘
​要塞内部は、無機質な金属音と冷たいLEDの光に支配されていた。
カナタはメモリー・ブレイカーに想石の最後のストックを装填し、中心部へと走る。通路を塞ぐ帝国兵たちを、容赦なく切り伏せていく。
​「どけ! 俺には時間が無いんだ!」
​銃火器の閃光が狭い通路で弾け、カナタの身体には新たな傷が刻まれていく。だが、彼は痛みを感じなかった。シオンの叫びが、心の奥底で反響しているように感じたからだ。
​中心部の円環状ブリッジに辿り着いたとき、そこにはガリウスが待っていた。
彼の全身には、無数のケーブルが接続されていた。要塞の防衛システムと自らの神経を同調させ、人間を止めた「生体兵器」の姿がそこにあった。
​「カナタ。ここが、お前の記憶の終着駅だ」
​ガリウスの大剣が、以前とは比較にならない速度で振り下ろされた。カナタは咄嗟に防いだが、床の鋼鉄が衝撃で陥没する。
​「……お前の右腕、もう動かないはずだ。何を支えに立っている?」
​「……約束だ。……俺が壊した彼女の心を、俺が繋ぎ止めるっていう、それだけだ!」
​カナタは動かないはずの右腕を無理やり振り上げ、メモリー・ブレイカーのトリガーを引いた。至近距離での爆発的な波動。ガリウスの装甲が剥がれ落ち、背後の制御装置が火花を散らす。

​5. 心の核(コア)
​ガリウスを突破し、最深部の「原核の間」に辿り着いたカナタは、絶句した。
​そこには、巨大な結晶体の中に閉じ込められたシオンがいた。
彼女の身体からは、無数の光る糸が伸び、要塞の隅々へとエネルギーを供給している。彼女の表情は凍りついたように動かず、その瞳は完全に白濁していた。
​「シオン……! 今、助ける!」
​カナタが結晶に手を触れようとした瞬間、要塞のスピーカーから、皇帝直属の科学者の声が響いた。
​「無駄だ。彼女はすでに、個人の意識という『ノイズ』をすべて捨て去った。今の彼女は、純粋な記録媒体……この世界の過去を消去し、帝国の望む歴史を書き込むための『神の筆』だ。触れれば、お前の記憶もろとも消滅するぞ」
​「……構うもんか」
​カナタは、結晶に自分の額を押し当てた。
「俺の記憶を全部やる。……シオン、その代わり、お前の一番古い思い出……俺が名前を呼んだあの瞬間だけを、掴んでろ!」
​カナタの脳内から、思い出が急速に吸い出されていく。
リンやレンとの出会い。クロノス・レギウムの街並み。自分が徴収官として働いていた日々。すべてが白く塗りつぶされていく。
​しかし、その消失の嵐の中で、カナタはシオンの意識の深淵へと潜り込んでいった。
暗い、冷たい闇の底。
そこで膝を抱えて震えている、小さな光の塊を見つけた。
​「……見つけた」
​カナタはその光を、残されたすべての力で抱きしめた。
その瞬間、浮遊要塞全体が、これまで聞いたこともないような激しい「叫び」を上げた。
​シオンの瞳に、一点の輝きが戻る。
要塞の出力が逆流し、各所で爆発が始まった。
​「……カ……ナタ?」
​結晶にひびが入り、シオンの身体がゆっくりと崩れ落ちる。
カナタは、自分の名前さえも忘れかけている朦朧とした意識の中で、彼女をしっかりと受け止めた。
​だが、要塞の崩壊は止まらない。
帝国軍は、この「失敗作」を街ごと消去するために、自爆装置を起動させていた。
​「逃がさないよ、カナタ。……一緒に、無(ゼロ)になろう」
​満身創痍のガリウスが、崩れ落ちる天井を背に、最後の一撃を放とうと立ち上がった。
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