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第16話 教育プログラムの正体

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「……よし」

 ウリアは鏡を見ながら、自分の服装におかしなところがないかを念入りに調べた。
 ……とはいえ、令嬢である自分がメイド服を着ている時点で、奇妙な光景ではあるのだが。

「こんにちはウリア様。まずは窓の拭き掃除から始めていただきます」
「窓ね……。はいはい。わかったわ」
「はい、は一回でいいですよ」
「はい」

 ウリアの指導係として任命されたメイドは、かつて隣国の王宮でも働いていたことがあるエキスパートだ。
 結婚をし、故郷に戻ってきた今は、レンバルト家で働いている。
 
 とんでもないわがまま娘が来ると聞いていたから、思っていたよりも素直で拍子抜けしていた。

(この際だから、全部従ってやるわ。……こんなことで、人の心が変わるわけないもの)
 
 そんなことを思いながら、ウリアは窓を拭き始めた。

「ふむふむ。初めてにしては……。なかなか手際が良いですね」
「それはどういたしまして。元からメイドがお似合いだったのかもしれないわ」
「そんなことはないでしょう。あなたほど美しいメイドはいませんよ」

 皮肉に対して、皮肉で返されたのかと思い、ウリアはムッとしたが、メイドは真面目な顔をしている。
 それどころか、ウリアの頭を優しく撫で始めた。

「な……。なにすんのよ」
「可愛いなぁと思いまして」
「冗談はやめなさい。なに? 私を洗脳するつもり?」
「そうですよ?」
「は?」
「これが教育プログラムですから」

 そう言うと、メイドはウリアを優しく抱きしめた。

「やめなさいあなた! なんなのよ!」
「ウリア様、あなたに足りないのは、何かを成し遂げたことで得られる基本的な報酬と、相手に対する感謝の気持ちです」
「意味がわからないわよ……」
「今はわからなくても構いません」
「あうぅ……」

 じたばたと暴れていたウリアだったが、それでも離さないメイドに、諦めて体の力を預けてしまった。
 ぎゅうっと強く抱きしめられながら、頭を撫でられている。

 だんだんと、心臓の奥に、じんわりとした何かが溢れ出てくることに気が付いた。

「承認欲求というのは、結果で得るものです。わかりますか?」
「……」
「あなたは窓を拭いた。だから褒められたのです。そして、褒めてもらえば相手に感謝をする。自分を見ていてくれてありがとう。評価してくれてありがとう。ほら、言ってみましょう」
「……ありがとう」

 その言葉を発した瞬間、ウリアの目から涙が零れ始めた。
 
「えぇっ……なんでぇ……」
「これがロハーナ様の課した、教育プログラムです。そして――。普通の人間は、このようにお互いに愛を与え合うものなのですよ」

 いつの間にかウリアは、メイドを抱きしめ返していた。

 令嬢として、強くありたい。
 他を蹴落とし、下の人間は全て奴隷扱い。
 そんな日々を過ごしていたせいで、周りには誰もいなくなっていた。
 孤独だった。
 何をしても認めてもらえない。当主になればきっとみんな――。

「もう少し泣いたら、仕事を再開しましょうね」
「ないっ、てないわよぉ……」

 レンバルト家の廊下に、ウリアの泣き声が響いた。
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