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第六話
屋敷を去ってから一週間が経とうとしていた。
あの日、終点で下車した私は近くの宿屋で一泊すると、翌日には別の列車に乗って南に向かった。身重の体にはキツい旅だったけれど、足が付くのを恐れて遠くを目指したのだった。
正直、国を出るまでは、いつ見つかってしまうかと怖くてならなかった。けれど予定通り国境を越えることができ、そこから更に馬車で行ったところにある町に到着してひと安心した。
「あの、すみません。しばらくの間滞在したいのですが空きの部屋はありますか?」
「二人部屋でいいかい?」
「いえ、一人部屋でお願いします」
私は今、比較的安全そうな表通りにある宿屋の受付にいた。
「一人っておまえさん、その体で誰とも一緒でないのかい?」
受付のおじさんは、片眉をあげて訝しげな眼差しを向けてきた。この時私は妊娠中期を迎え、だいぶお腹が目立ってきていた。どこから見ても妊婦という出立ちの女性が一人宿泊しようとしていれば、誰だって訳ありだと気づくだろう。
「お願いします、ご迷惑はおかけしません」
「いや、泊まる分には構わないが……大丈夫なのかい?」
「はい大丈夫です。ありがとうございます!」
良い人そうでよかった。私はとりあえず一週間分の宿泊費を支払うと、渡されたルームキーを持って二階にある部屋へと向かった。
鍵を開けて中に入る。部屋にはシングルベッドと、一人用の小さなテーブルと椅子が一脚置かれていた。テーブルクロスとカーテン、ベッドカバーが同色でおしゃれな部屋だった。風呂付きの部屋にしたので少々値が張ったけれど、お風呂には毎日入りたかったので仕方がない。
持ってきたボストンバッグを開けて中身を出していく。願掛けというわけではないが、転移して来た時に着ていた服も持ってきた。何の変哲もないパンツスーツだ。ハンガーにかけてクローゼットにしまう。これから先、挫けそうになった時、これを見ることで立ち直るエネルギーを得られればと思っている。
「さて、一通り整理できたしご飯にしようかな」
ここの旅館は一階が食事処になっているようだった。なので私は下の階に降りてメニューを見せてもらうことにした。つわりが治まって食欲が出てきたものの、あまりコッテリしたものは食べたくない。
「あのすみません、このパーシニップのスープとターキのグリルセットをお願いします」
「はいよ!……おや、もしかして主人が言ってた娘ってあんたの事かい?」
おそらくチェックインする時、受付にいた人の奥さんだろう。
「多分そうだと思います。……出産前に姉に会いに来てまして、近々会う予定なんです」
咄嗟についた嘘だった。
「……そうかい、それは楽しみだね。あたしはマルサ。旦那はジルっていうんだ。何かあったらちゃんと言うんだよ?助けになれるかもしれないからね」
綻びだらけの私の嘘に、少し悲しそうな笑顔で乗ってくれた奥さんの思いやりに心の中で感謝した。
出されたメニューの品はどれも美味しかった。私はお礼を言って支払いを済ませると、部屋に戻って風呂の準備をする。窓から差す西日が、もうすぐ夜の帳が降りようとしていることを知らせていた。
「……明日は宿の人に病院がどこか聞いてみよう」
湯船に浸かりながら、これからのことについて考える。夫に居場所が見つからなければ、私はこの町で出産したいと思っている。お腹が大きくなって動けなくなる前に落ち着きたいというのが本音だった。
この世界の医療がどれほど発達しているのか分からない。けれど以前、指に小さな怪我を負った時に薬草を練って作った軟膏を塗ってもらった事があった。なので、おそらく日本の医療よりかなり劣ると思われる。
翌日。
今朝は鐘の音で目が覚めた。屋敷にいた頃は決まった時間になると侍女が朝の支度を手伝いにやって来たけれど、今は全て自分でしなければならない。けれど、日本にいた頃はそれが当たり前だったので別に苦ではなかった。
朝食を済ませた私は、マルサさんにこの近くに病院があるか聞いてみた。すると、大通りを真っ直ぐ行ったところにあると教えてくれた。今日は朝から体調も良かったので、私は街を散策しながら向かうことにした。
南に位置するこの町は、冬の時期だと言うのに薄手のジャケットで充分な涼しさだった。その分きっと夏は厳しいのだろう。その頃には子供が産まれていると思うと、気持ちが高揚するのと同時に焦燥感に駆られた。
本当に一人でやっていけるのだろうか……。
不安な気持ちがむくむくと大きくなっていくのを感じ、私は咄嗟に頭を左右に振って負の感情を払拭したのだった。
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