侍女を抱いていたのは私の夫でした。さようなら、どうか探さないでください。

エトカ

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第十八話



 私たち親子は、朝一の列車で北に向かった。そこから東へ向かう列車に乗り換え、国境を越える。屋敷の最寄り駅に着くと執事が迎えの馬車を寄せて私たちを待っていた。

 「……何も変わっていませんね」

 馬車の窓から街の様子をうかがうと、かつてディランシーズが連れて行ってくれたお店が見えた。一緒に昼食をとったレストランもある。光は長旅に疲れて馬車の中で眠ってしまっていた。その様子を執事が目を細めて見つめている。

 目的地に到着した。執事のエスコートで馬車から降りると、目の前にはかつて住んでいた屋敷が佇んでいた。あの冬の寒空の中、二度と戻って来ることはないと別れを告げた場所。そこに息子を連れて立っている。そう思うと感慨深いものがあった。

 「……サチ……コ?……サチコ!!」

 懐かしい声に振り向くと、そこには一人の男性がいた。

 「ディラン……シーズ様?」

 彼から発せられた声は確かにディランシーズのものだった。懐かしいテノール。けれど、顔に巻かれた包帯のせいで本当に彼なのか確信が持てないでいた。

 「まま、おなかすいたよ~」

 私の背後にいた光が、ぴょこんと顔を出してスカートを引っ張った。男性の視線が私から光へと移動する。

 「あ……あ、ああぁ!」

 男性は感極まった声をあげ、おぼつかない足取りで一歩一歩こちらに近づいて来た。包帯の隙間からのぞく湖水のような青い目、そして輝くような金の髪を見て、彼がディランシーズだとようやく確信できた。

 「光、お父様だよ。ご挨拶しようか」
 「おとうたま?」

 キョトンとした顔でディランシーズを見つめている。今まで父親との経緯を話してこなかったので、光にすれば戸惑いしかないのだろう、目の前までやって来た彼を見てスカートの後ろに隠れてしまった。

 「ごめんなさい、人見知りしているみたいで」
 「……名前は」
 「光。私の国の言葉で、光り輝くっていう意味なの」
 「ヒカ、ル……ヒカル、ヒカル」

 その場に膝をついたディランシーズは、声を殺して涙を流していた。罪悪感が私を襲う。彼はこの子の父親だ。会いたかったに決まっている。それなのに私は彼からそれを奪ったのだ。

 「ごめん……なさい。ごめんなさい。あなたからこの子を奪ってしまって……」

 私も膝をついて同じ目線になると頭を下げて謝った。

 「いいんだ、サチコ。君は何も悪くない。悪いのは全部僕なんだ……。心から、申し訳ないと思っている」

 そう言って彼は私に向かって白い手袋をはめた手を差し伸べてきた。けれどその手は宙で止まり、私に届くことはなかった。

 シャツにスラックスとラフな格好の彼だが、襟元はきっちりボタンで締められ、両手は手袋で隠されている。首から上は包帯で巻かれているため素肌が全く見えなかった。

 「旦那様、お薬のお時間です」
 「ああ、もうそんな時間か。それじゃサチコ、ヒカル、また後で」

 そう言うと、ディランシーズは立ち去って行った。

 「サチコ様、ヒカル様、お部屋にご案内いたしますので、どうぞこちらへ」

 私たちは執事の後について廊下を進んだ。そうして歩いていると、あることに気がつく。
 あれ、いろんな品が消えて失くなってる……?私が住んでいた頃は高価な品々がたくさん置かれてあったのに、何でだろう。
 そんなことを考えていると、部屋に到着した。そこはかつて使っていた夫婦の寝室だった。

 「ちょ、ちょっと待って下さい!どこか別の部屋にしてもらえませんか?」

 いくらまだ夫婦とはいえ、彼の部屋と寝室が繋がった場所で寝るのには抵抗があった。

 「鍵を内側に取り付けました。ですので奥様の断りなくお部屋に入ることは出来ません。どうか、旦那様のためにも、このお部屋でお休みいただけないでしょうか」

 確かに寝室へと繋がっているドアには鍵があった。それにここが主寝室とあってとても広く、光と過ごすには好条件だった。

 「……分かりました。でも、復縁するつもりで来たわけではないので誤解しないで下さいね」 
 「十分承知しております。旦那様も分かっていらっしゃいますのでご心配には及びません」

 そういう訳で私たちはこの部屋に滞在することになった。
 それにしてもやっぱりと言うか、部屋の装飾品なんかが消えている。さっきも廊下で気付いたけれど、全部売りに出したのかな?

 そんなことを考えながら、光にしばらくここに滞在することを伝えた。すると、興奮した光は天蓋のついた自分のベッドにダイブした。

 「こら、ベッドの上で飛び跳ねちゃ駄目よ!」

 馬車の中で寝ていたからか、すっかり元気を取り戻した光は私の言うことを無視してぴょんぴょん跳ねた。こら~!!と叱ろうとした時だった。

 「ははは、元気で良いではないか」

 声のした方を向くと、手当てを終えたらしいディランシーズがドア越しにこちらを見ていた。新しい衣服に着替え、包帯も綺麗に巻かれている。

 「軽食を用意させたんだ。どうだろう、一緒に食べないか?」
 「ままぁ、おなかすいた~」

 こうして、私たちは外のパティオで一緒に頂くことになった。


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