杜の迷ひ子

御影史人

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帽子を探して

精霊王

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         『 精霊の園』
人ではなく、あの世のものでもない曖昧な影と不思議な考えを持つ、「微睡みの住民」と呼ばれているものたちが住む場所、
園に入るには代償を払わなければいけない。それは血や命、花や山奥の泉の1番水まで、もうなんでもアリだ。
大きく岩のように立ちはばかる門番に「入場料」を差し出し受け取られなければ入れない。受け取られ、園の祝福を受ければ入ることが出来る。代償はその門番の気分によって違う。

今日は満月だ、柊は一日の仕事を終わらせ日が沈みきったころ身支度をして園の門番に差し出す『満月咲のベラドンナ』を用意し向かいの杜を超えた先の湖に向かう。
柊が暮らすこの山には人が住まない。
数百年前にここで大量の霊たちがある能力者にイタズラに封印されてからここらには悪い「気」が充満している。
そのせいで山は生きるものと死ぬもの、そのバランスを保つために手を入れなければ行けない。手を入れられる存在にも限りがあり、ひとつは精霊王、もうひとつは柊のような術者だ。だが近頃精霊王の姿がみえず、近郊が崩れつつある。
山のバランスを保つために柊は今の職に選ばれたのだ。

ーーガサッーー
(何っ)
物音のする方へ振り返ると大きな顔、間違いなくそれはこちらを美味そうな獲物を見る姿勢だった。
それは『黒い影を持たぬ物』だ
「お前はどこから来たんぁだい?」
「どこへ行くのぉ?」
「っ」
(...連れていかれる)
柊は口を抑えながら1歩づつ後ろへ下がる。目を合わせては行けない。
「リンゴを黒く塗るにはどうすればいいんだい?」
(少し距離が空いた...次の2歩で駆け出そう)
黒い影は言葉を放つごとに大きくより鮮明な姿を現していく。
「果実を2人で食べるのはできるの?」
    1
「お前はなんて言う名前だい?」
黒い影は手を伸ばす。
    2
(今だっ)
柊は一心にかけ出す。
(奥の湖まで行けばもう『あれ』は追ってこない)
必死に逃げる。音も聞こえないくらい早く走った。
「っはっはあ」
全速力で駆け出しある程度走り物音がしないのを確認し、減速する。
「疲れた...っはあ」
黒い影の気配はない。
前かがみになり息を切らしながら息を整える。
もう一歩、歩きだそうと前を向いた
「ひっ」
慌てて口を抑える。目の前にはさっき逃げ切ったはずの『影を持たぬ者』が目の前にたっていた。
「......へは....な...で...こた.....ろ...」
何かを呟いている、冷や汗とうるさい心臓の音が焦りを強調する。
「こたえっろおおろおおおおおっ」
(ダメだ逃げなきゃっ)
「ぶぬぬるあああああああア゙ア゙ア゙」
必死に逃げるが距離はどんどん詰められていく
何も考えずに一心不乱に走る。
依頼のため荷物は増やさぬべきと影払いの道具を持ってこなかったのがダメだった。
(ダメだっ追いつかれる)



ーーシャーンーー
「っん」
「哀れな子、いや導く者よ全く。こんなのがこの山を任されてるなんてガッカリだね~」
「ファイフォスの帽子を探いているんだね?」
大きな光と共にその声が響く。
柊は何が起こったのかが理解できなかった。
ただ黒い影はもう居ない。そして山奥を走っていたはずなのに何故か湖の前にいる。
「聞いておるか?導く者よ」
「あっ、え。」
目の前にいたのは紫みのある髪の女性だった、だが.......足が透けている。
「ファイフォスの帽子を探しているのよね?」
「はい....何故それを知って」
「ファイフォスがそこら辺で問題を起こしてるって聞いたわ。私が帽子よ」
「えっ」
どういうことだと困った顔を見せると女性も困った顔でこう答えた。
「私は精霊の園の王よ。あなたと話している私は魂。だけど、どうしてこんなことになってるのか分からないの。
ただ、とても冷たくて寒いのが私の本体から伝わってくるわ。」
「だから探してちょうだい、私を」
柊にはわからなかった。
「わかった。でもなぜこんなことに、誰にそうされたの?」
「だからそれが私にも分からないのよ!んもう。...ちなみに私の名前はメイリーよ」
その回答に困り俯く。
(ファイフォスの探す帽子が何なのかはわかった、でもそれが正確にはどこにあるのか、どうやって取り戻すのかが分からない)
「でもねなんでそうなったのか何となくわかるの。」
「なんですか?!」
驚きの一言に勢いをつけて声をあげる。
「きっと『墜ちた者』の仕業よ」
「『墜ちた者』?」
一瞬わからなかったが、次の話で意味がわかった
「そう、彼らは憎しみを抱きながらこの世の中を彷徨っている。殺し危害を加えることを考えるあちら側に行くことも出来ない者達」
(でもなぜ精霊王を?)
柊は考える。
「今まであなたたちのような『導く者』がいなかった時代は我々『微睡みの住人』がそれらを消していたの」

メイリーは宙に横たわりながら空を眺め、語る。
「はるか昔今からちょうど8千年前かしら、人が成長して感情を強く持つようになってから争い殺し合い、お互いの心の臓を抉りとり合う時代。そんな時から悪の意思を持つ霊が増えたわ。その時先代の精霊王は彼らを放っておいたわ」
柊は聞く
「なぜ?」
「私たち微睡みの住人はあくまでも精霊であってそういったもの達を消すことは得意としないのよ。私たちは生きるものを尊び繰り返す命を見守る存在、消すこともできるけどかなり力を使うわ。結局先の王は増えた魍魎達を己の魂を使って封印したわ、そしてあれから8千年封印は解ける前にまたかけ直さなければいけないの」
「それをイタズラ者が先代の封印を面白げに思ったのか、多くの平凡に暮らす無害な精霊たちを闇雲に封印したの。結局納得できない精霊たちと封印された悲しむ霊力がそいつを殺してしまったのだけどね」
メイリーは悲しそうな、だが真剣な眼差しで星を眺める。
その表情からは全てを見つめるような、何かを決意したような。
「私は先代が封印した霊たちを私の代で消しさり、未だに封印された精霊たちを解放しなければね。
でもそれを邪魔するものたちがいる。今回のこともきっとそれらの仕業よ」

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