赤の章~緋色の騎士~

虹あさぎ

文字の大きさ
5 / 15
第一章

1.ある伯爵の受難

しおりを挟む
 大陸を二分するかのように流れる川は、増殖する巨大な森アーティから流れている。その上流のどこかには聖域と呼ばれる場所があり、泉があると噂されていた。
 流れる川の水は清らかで、それはいくつにも分散され幾多の川になり、この大陸の人々の生活を支えている。
 大陸の北西側にあるリバーガルドの王都ハイドランジアには、アーティの森の内部に潜む切り立った崖を流れ落ちる水が滝となり注ぎ込まれるウェルデン川からの影の水と、ターラス川の光の水との二つが混じり合う巨大な湖がある。影と光。水につけるにはあまり適さないこの通称はアーティの森の特性に由来している。豊かな川に、巨大な湖、そして大陸を囲む大海原。それにより、周辺諸国からハイドランジアに来れば食べられない魚はないと噂されるほどに魚介が豊富で、水の神が守る国とも呼ばれていた。

 伯爵フィル・リュデルガー・ベルシュタットが住まう館は中央の城から少し離れたところに建っている。普段は静かなその館では、今ちょっとした騒ぎが起こっていた。
 
「あれは女の子だよ。もしかしたらフィル様の恋人なんじゃないのかい?」
「恋人? あのフィル様に? いいや! それはないだろう。フィル様だぞ!?」
「馬鹿言うな。フィル様だって一応いい歳した男なんだから、そりゃ~恋人の一人や二人くらい」
「でも、マントにくるまれてて誰も顔を見てないって聞いたよ……」
「女だよ、女。」
「はぁ~。しかしまあ、我が屋敷にもとうとう奥方様がくるのかねぇ」
「あんたは本当に気が早い男だよ。まだ女って決まったわけでもないのに…」
「いいえ、私は見ました! 少年でしたよ。きっと、お優しいフィル様の事です。目の前で行き倒れた子供を見ていられず、手を差し伸べたのでしょう」
「いいや。そうは見えなかったがね。第一、行き倒れる子供なら山ほどいる。あの方はフィル様にとって特別な方に違いない」
「そうだ。なんにしたって、あんな夜中にフィル様直々に抱きかかえて連れてくるなんざ、絶対なんかあるに決まってるじゃないか」

 二日前の深夜。日頃女っ気の全くない主がマントに包まれた謎の人物を抱えて戻ってきたのだ。
 退屈な日常に降って沸いたようなこの珍事に、食堂の料理人から侍女から厩番までもが自分の仕事を放り出して井戸端会議を始める始末である。

「大変な騒ぎでございますな……」
「騒ぎすぎ。と言うものではないのか?」

 噂の主、ベルシュタット伯爵は自室の窓からその光景を目にして心外そうにつぶやいた。

「常日頃、浮いた噂の一つもないからあのように些細な事で騒がれるのです。せっかく奥様譲りの端正な顔をしてお生まれですのに、まったくもったいない…」

 執事の話がお説教に変わりそうな気配を感じ、フィルは慌てて尋ねる。

「それはともかく、あの少女の様子はどうなんだ?」 
「はい。依然として眠られたままでございます」

(まだ目覚めない……か)

 執事の報告を聞きながら、身を翻し豪奢な長椅子に腰かけると、一向に動く気配のない事態に頭を悩ませた。
 四日前、共に戦ってきた戦友がある任務を遂行中、突如として姿を消した。フィルが現場に駆けつけた時には、すでに副団長と部下の騎士兵達は命を奪われ、第一騎士団隊長のニールはその姿さえなかった。慌てて周辺を捜索したのだが、発見することはできず。そして現場の近く少し離れた木陰に友人の外套と一緒に見慣れぬ格好をした一人の少女が倒れていたと報告を受けたのは次の日の事。
 フィル自身、現場の惨状を一通り確認した後、すぐにニールの捜索に加わったため、あとの現場を新人の若者に任せてしまったのが悪かった。その部下が手違いとやらで彼女を城の牢へ運んだ事に気づき大急ぎで連れ出した時には、少しだがまだ本人の意識があったように思えたのだが……。

(しかし、あんな小さな子供を一時的とはいえ牢屋に入れてしまうとは……)

 フィルは深くため息をついた。 
 なぜあの場所に倒れていたのか。事情を聞こうにもその当事者がこの四日間眠ったままなのでは聞きようがない。連れ帰った時に呼んだ医者の見立てでは、彼女はこん睡状態でいつ目覚めるか分からないと言う。
 
(あまりに眠りが長いようであれば、魔女に頼むしかないか……)

「フィル様。少し休まれてはいかがですか? ニール様が行方知れずになられてからというもの、一睡もなさっていないようですが……」
「……」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

残念女子高生、実は伝説の白猫族でした。

具なっしー
恋愛
高校2年生!葉山空が一妻多夫制の男女比が20:1の世界に召喚される話。そしてなんやかんやあって自分が伝説の存在だったことが判明して…て!そんなことしるかぁ!残念女子高生がイケメンに甘やかされながらマイペースにだらだら生きてついでに世界を救っちゃう話。シリアス嫌いです。 ※表紙はAI画像です

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

処理中です...