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3話 物足りないキス
しおりを挟む「最近ちゃんと寝てる?なんか顔疲れてるけど。」
午前の講義が終わり女友達の美羽とランチをしていた時だった。美羽が私の顔をみて心配そうに眉を顰めていた。
「寝てるんだけど、忙しいのかな?ちょっと疲れが取れなくて。」
「睡眠が足りないんじゃない?私いい香りの入浴剤持ってるから今度あげるね?よく眠れるよ!」
「うん、ありがとう。」
頼んだパスタをくるくるとフォークに巻きつけて口に運ぶ。お風呂で寝てしまってから、3日私は湯船に浸かっていない。また寝てしまうかもしれないと夢人さんに強く反対されてシャワーで済ませている。あの日はあれからまた夢を見て、夢人さんに酷く心配されて抱きしめられながら寝るなら安全な所で寝て欲しいと念を押された。そして悠太からは連絡がつかないと心配されていて、お風呂で寝てしまったとは言わずに体調不良とだけ言っておいた。
「最近悠太くんとうまくいってるの?すごく心配してたけど。」
「普通だよ?こないだはちょっと体調悪くて連絡取れなくて……。」
実際あの後髪を乾かさずに寝てしまった事で少し体調を崩していた。3日間大学もバイトも休んで家で寝て過ごした。そのおかげで体調はよくなったけど……。その3日間はほぼ寝て過ごしていたため体力は落ちて、胃も縮んで食べる量も減ってしまった。そして寝て過ごしたといっても、夢を見ているせいで頭は働き続けていて頻繁に頭痛が起きる様になって、脳の疲れが取れなくて日ごろから疲労感を感じるようになっていた。
夢を見ない様にって思っても、勝手に見ちゃうからどうしようもないんだけどね。
夢の中では疲れている感覚はなく、体も好調であまり気にならなかったけど、いざ現実世界で行動するとなると少し歩けば疲れるし頭もぼんやりとして集中できないし最悪だった。もういっそずっと夢の中で暮らしていたいぐらいーー。
「綾乃っ!もう体調は良くなったのか?」
「悠太。」
悠太とは3日間、だるくてスマホの画面を見るのも辛くて連絡をほぼ取ってなかった。看病に行こうか?という気遣いも断ってしまっていて、その上夢の中で夢人さんとずっと過ごしていた事もあって少し気まずかった。
「ごめん、もう大丈夫。」
「よかったぁ。ちょっとやつれた?ご飯はちゃんと食べてる?」
「もう大丈夫だって!」
しまったーー、そう思って顔を上げて悠太を見上げると寂しそうな顔をしていた。思考がはっきりしなくて、しつこく心配してくる悠太についイライラしてしまい怒った様な口調になってしまった。
「元気になってよかった。俺、これからバイトだから。」
「あ、うん……。頑張ってね。」
謝る前に悠太はさっさと店を出ていってしまった。
「綾乃、それは悠太くんが可哀想だよ。本当にうまくいってるの?」
「なんか、ちょっと久しぶりに外出たから、疲れちゃってるみたい。」
心配してくれた悠太にあんな事を言ってしまうだなんて。後で謝っておかないと。私は一度深く深呼吸をしてから、気分転換をするようにコーヒーを口に含んだ。
「あんまり無理しないで、何かあったら私に相談してね?」
「うん、ありがとう。」
美羽は心から私のことを心配してくれている。悠太も。だけど私はもう大丈夫だし、過剰な心配は返って私の心をイラつかせた。さっきみたいにならないように、私は心を落ち着かせて美羽と接した。私なら大丈夫。
美羽とランチを終えた私は午後からのバイトに向かう。まだ本調子ではないものの働かないと生活していけない。面倒だと思いつつもバイト先の喫茶店へ足を運ぶ。店長に休んですみませんでしたと声をかけてから仕事に入る。
3日間寝て過ごしていた時間は幸せだったな。大学もバイトもしないで寝て過ごすだけ。毎日そんな生活できればいいのに。前までそんな事考えた事もなかった。久しぶりに外に出るとそんな事を考えてもおかしくないよね。
お客さんに頼まれたコーヒーを運んで、机を拭いて、注文を受けて、お会計をする。ただそれだけを閉店の時間まで永遠と繰り返す。つまらないと感じていた。生活していくために必要なだけで、やりたくてやってるわけじゃない。大学もとりあえず行くだけ行っとこうという感じで選んだし、特別何かになりたいわけでもなかった。
閉店の時間になって店を片付けて外に出た。外はもう真っ暗でさっさと帰ろうと少し歩いた所に悠太がいた。私を見つけてすぐ駆け寄ってくる所を見ると、たまたま居たわけじゃなくて私を待っていたらしい。
「ごめん、どうしても会いたくて。」
「どうしたの?」
疲れていてすぐに帰りたかった私は用件を聞いた。
「何かあったわけじゃなくて……、綾乃が心配で。3日ぐらい連絡もなかったから、今日は少しでも一緒に過ごしたいなって思って。今日家行っていい?」
悠太は遠慮しがちに私に返答を求めてくる。昼にあんな態度を取ってしまった手前断りづらくていいよと言ってしまった。本当は疲れていたし、早く帰って眠りたかった。
「よかった!夜ご飯は食べた?食べてないならなんか買って帰ろう。」
嬉しそうに私の手をとって悠太は歩き始める。この3日間悠太と連絡を取らず眠り続け、夢人さんとの時間にしていた私は罪悪感で心が痛んだ。隣で笑う悠太の顔を見て夢人さんの事を考えるのはやめようと思った。あれはただの夢だしこれが現実だ、そのうち夢も見なくなるはず。
「悠太、昼はごめん。」
「昼?なんの事?」
「悠太が心配してくれたのに……、大きな声出しちゃって。」
「あぁ、あれは別に気にしてないよ!俺もしつこかったしさ!」
私を安心させようと歯を見せてにっと悠太は笑った。私は悠太の手を少しだけ強く握り返した。
コンビニで軽く食べられそうなものを買って私の家に帰る。3日間部屋の片付けなんて出来なくて散らかったままの部屋を見られるのは少し恥ずかしかった。悠太はそんな部屋を見ても嫌な顔せず中に入り、買ってきたお弁当を温めてくれた。テレビをつけて二人でいつもの定位位置でお弁当を食べる。
「綾乃それだけで足りる?病み上がりなんだからたくさん食べないとーー。」
「大丈夫。なんか胃が小さくなっちゃって。」
私の小さめのお弁当を見て悠太が心配して聞いてくれる。疲れているからかあまりお腹は空いてなくて、悠太がいるから仕方なく食事をしている感じだった。
「あぁ、やっぱり俺無理矢理でも来て看病したらよかったなぁ。ごめん。」
「なんで悠太が謝るの?私が勝手に体調を崩しただけだし。それにもう治ったし!」
「だって俺綾乃の彼氏なんだぜ?そんな時に一緒にいてあげなくてどうすんだよ。」
真剣に私の目を見つめて話す悠太。本気で私のことを好きでいてくれて大切に思ってくれている目をしていた。私はなぜかその目をまっすぐ見る事が出来なくて、食べかけのお弁当に目を逸らし心配しすぎだよと返した。
「お願いだから、もっと俺の事頼ってくれよ?」
「わかったから、次は悠太に看病してもらうから!もうこの話おしまい!」
まだどこか納得していない様子の悠太を見て出かけたため息を飲み込む。心配してくれるのは嬉しいけど、あまりに過保護すぎると疲れてしまう。さっとお弁当を食べてしまって、お風呂を沸かすために立ち上がる。悠太は慌てて私の手を掴んだ。
「どこ行くの?」
「え、お風呂洗って来ようかなって。」
「それぐらい俺がやるよ!綾乃はゆっくりしてて!」
私を無理矢理座らせて悠太はお弁当の空箱を片付けてから浴室へ向かった。それぐらい自分でも出来るんだけど、また悠太がしつこそうだったからお願いする事にした。今日の悠太は何か変だ。どこか余裕がないというか何か焦っている感じがした。
悠太が戻って来てお湯が溜まるまで一緒に録画してあったバラエティ番組を見る。好きな芸人が出ていて、私は集中してその番組を見ていた時ーー
「綾乃。」
声をかけられて悠太の方に顔を向けると、近くに顔があって唇が触れた。
「寂しかった。」
吐息混じりに悠太が言って、私が返事をする前にもう一度唇が重なる。何度も啄むように音を立ててキスをして徐々にその口付けは深くなっていく。夢人さんとは違って優しすぎるほど丁寧に私の唇を舐めて、歯並びを確認するかのように舌でなぞり、私の舌を優しく絡めとる。私が苦しくならないように時々唇を離して、息をする時間を与えてくれる。
少し物足りなさを感じるキスに、私は自分からも悠太の舌に絡ませてみた。もっと激しい、息もできないほどの深いキスがしたくて、膝立ちになって裕太の顔を掴んで上を向かせて深く唇を合わせる。
ーー夢人さんなら息ができないぐらい深く、苦しくて頭がぼんやりするほど激しく、お互いの吐息が混ざり合って熱くなるようなキスをしてくれるのに。
やはり夢は私の欲望を現しているんだろうか。夢人さんのキスが恋しくてたまらない。夢人さんの事だけしか考えられなくなるような、あの熱いキスは忘れようと思っても忘れられなかった。
お風呂の湯が溜まった合図の音が鳴り唇が離れる。悠太が熱を持った瞳で私の事を見つめていたけど、今はその気分になれなかった。
「お風呂入ってくるね。」
私は悠太から逃げるようにして浴室へ向かった。
どうしよう。全然したくならない。悠太が洗ってお湯を溜めてくれた湯船に浸かるも、長湯するのは怖くて身体が温まる前に出る。
今日悠太が泊まりに来たって事は、多分この後セックスをするはず。私はそんな気分になれるのか分からなかった。ただ疲れているだけだと思いたい。
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