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1年目夏
72 僕の本当の家(2)
しおりを挟む『来るーーきっと来るっ!!』
ーーバタンッ
「きゃあああっ!」
「うわああああっ!!」
秋斗が選んだホラー映画はそれなりに怖いものだったが、それより両側から聞こえる悲鳴が大きくて集中して見ることが出来なかった。小春ちゃんは分かるとして、この映画を選んだ張本人の秋斗ですら僕の右腕を引きちぎるんじゃないかって力で抱きしめてくる。
左腕は左腕で小春ちゃんに全身で抱え込むようにして掴まれているせいで、指先がさっきから小春ちゃんの太ももに挟まれているし、腕にも柔らかな感触があってまったく集中できない。ソファに膝を立てて座ることで小春ちゃんのハーフパンツが捲れてダイレクトな太ももの柔らかさを感じる。本人は恐怖で全く気にしている様子はないが、意識しすぎないようにするので精一杯だった。
極め付けは、いかにも今から出て来ますよと言う井戸のシーン。演出上水の音だけになる。秋斗は集中しているのか息遣いすら聞こえない、多分予想される事あとの展開でまだ僕の腕を痛いぐらいに引っ張るだろう。似たもの同士だと思っていた姉弟もここでの反応は困ったことに違っていた。
「あっ……、だめ、そこは……。」
小春ちゃんは感情移入しすぎて怯えながらも画面から目を離せないでいる。僕の腕を抱きしめる力が強くなって、ドッドッと心臓の音までしっかり伝わってくる。
よくない。これは本当に良くない。
水の音と腕に伝わる柔らかさ、指先が触れる太ももの感触。小春ちゃんの喘ぎにも似た声。もし僕がいまここで目を瞑ってしまえば、まるでいけない事をしている擬似体験が出来てしまいそうだった。心を落ち着けるために別の事を考えながら、目は映画を見るために前を向けた瞬間。
スルリと首元に冷たい感触、僕は体を大きく跳ねさせて声にならない叫びをあげた。
「ぎゃあああ!」
「ひゃああ!!」
僕が驚く事で両隣にいた小春ちゃんと秋斗も一緒に叫び声をあげてそのまま僕に抱きついてくる。2人とも。
パッと電気がついて、僕達の後ろにお義父さんがニヤニヤとした笑みを浮かべて立っていた。手には僕の首元に当てたであろうアイスを持って。
「ははははっ、びっくりした?アイス買って来たぞ!」
「お父さん最低!!大嫌い!!!」
「本当に最悪。」
喜んでもらおうとしたのに、娘と息子からは大不評でしょんぼりとしたお義父さんから僕はアイスを受け取る。
「ありがとうございます。」
「猫宮くん……。」
「でも、次はもうしないで下さいね。」
「はい……。」
びっくりして驚いただけのに、このタイミングだと僕も怖がって叫んだと思われても仕方ない。小春ちゃんはお義父さんに少し似ているニヤニヤした顔でからかってくる。
「猫宮くんも怖かったんだ。」
「後で一緒にトイレに行こうって言われてもぜったいついて行ってあげないからね?」
「と、トイレぐらい1人で大丈夫だよっ!」
顔を赤くして強がる小春ちゃん。怖い映画やお話を見た時は決まって僕を抱っこしてトイレまで行っていたくせに。
その後お義父さんが買って来たアイスを食べながら映画の続きを見た。途中から見たにも関わらず1番の悲鳴をあげていたお義父さんをリビングに残し、寝る準備を済ませて秋斗の部屋に入れてもらった。
久しぶりの秋斗の部屋の匂い。小春ちゃんの部屋とは違ってちょっと男の子の匂いがする部屋。床には僕が寝る用の布団が敷かれていた。
「兄ちゃんベッド使いたい?俺どっちでもいーけど!」
「僕はこっちで大丈夫だから気にしないでいいよ。」
帰って来てお風呂に入って、映画を一本見終わる頃には夜もすっかり更けてしまって秋斗もあくびを繰り返していた。僕も秋斗も寝床に入りおやすみと声をかけて眠りにつこうとした時、ドアがノックされて小春ちゃんの声が聞こえた。
「あの……、まだ起きてる?」
「寝てるー。」
秋斗は布団に潜って面倒くさそうに返事をする。代わりに僕が部屋のドアを開けて小春ちゃんに尋ねる。
「どうしたの?トイレ?」
「ちがくて……。私も、一緒に寝てもいい?」
そういう小春ちゃんの手には枕があって、僕は頭を悩ませる。いったいどうしたものか。映画のせいで一人で寝るのが怖くなってしまったのだろう、小春ちゃんはもじもじと足元を見て恥ずかしそうにしている。一緒に寝るのはだめだと言われたけど、秋斗もいるし……。なにより怖がっている小春ちゃんを一人にするのは可哀想だった。どうしようと部屋の中を見て秋斗に尋ねようとしても、布団に潜って我関せずで寝る体制に入っていた。
「私、秋斗と同じ布団で寝るからお願い!」
「いやそれはちょっと、……僕が秋斗と寝るよ。おいで。」
僕は小春ちゃんを部屋に招き入れた。まだ寝てなかった秋斗はベッドの端の方に寄ってくれていて、僕のスペースを作ってくれていた。ただもう眠気が限界なのか話しかけても、簡単な答えしか返ってこない。
「ごめん、せっかくお泊まりしてくれたのに、秋斗と同じ布団で……。」
「ううん。気にしてないよ?小春ちゃんとこんなに長く一緒に居たの初めてで嬉しい。」
小春ちゃんを布団に寝かせ、僕は少し高いベッドの上から見下ろす。隣ですうすうと秋斗の寝息が聞こえ始めた。起こさないように小声で小春ちゃんに聞く。
「真っ暗だけど怖くない?小さいライトつけようか?」
「ううん、大丈夫。ふふ。そんな事も知ってるんだね?」
小春ちゃんは小さく笑って続ける。
「あのね、レオがいた時はね、あっレオって猫の方ね?レオがいた時は暗い所はそんなに怖くなかったの。いつでも一緒にいてくれたから。トイレにまで着いてくるんだよ?」
「それは小春ちゃんが連れて行ったんじゃないの?」
「ち、ちがうよ!レオが着いて来たの!」
僕の記憶とは全く違う様子に思わず笑ってしまう。僕は小春ちゃんの事ならなんでも知ってるんだよ。
「ふふ、それで?」
「……、レオがいなくなってからはまた1人で暗い部屋にいるのが怖くて、いつも小さいランプをつけてたんだけど。今は猫宮くんが居るから怖くない……みたい。」
それは僕が小春ちゃんのレオだからだよ。言っても信じてもらえないだろうけど。
窓から入ってくる月明かりだけが部屋をほんのりと照らす。青白くかすかに見える小春ちゃんの頬は少し赤く見えた。普通の人間よりは夜目は利く方だと思うけど、はっきりと顔が見えないのはもどかしかった。
小春ちゃんは猫の僕との思い出を話し始めた。ほとんどは僕も知っている話。
「私が帰ってくると決まって玄関まで出て来てーー」
「お父さんが買って来たお土産がまたたびでーー、それでーー」
「秋斗と私でどっちが好きかって勝負した時があってーー」
「ーーもちろん小春ちゃんだよ。僕の世界一大好きな女の子。」
小春ちゃんの家族はみんな大好きだけど、中でも小春ちゃんが一番好きだった。僕の世界そのもの。小春ちゃんと結婚する約束をして、誓いのキスも済ませている。あとはずっと死ぬまで一緒にいるだけ。そのために僕は人間にしてもらったんだから。
「ふふ、なにそれ。レオもそう思ってくれてたらいいな。」
そして一つ大きくため息を吐いて
「レオが居なくなって寂しくて仕方なかった毎日に、突然猫宮くん……玲央、くんが現れてーー。私すごく救われたんだよ。レオの事を忘れるって事はないけど、これからは玲央くんの事を考える事の方が多くなっていくと思う。玲央くんのおかげで毎日を前向きに過ごす事が出来てる。ありがとうね。」
小春ちゃんが僕の死を乗り越えて前向きになってくれるのは良い事なんだけど、わがままなのはわかっているけど……、いつまでも猫の僕の事を引きずって欲しかったし、いつか忘れられそうで怖かった。僕は今ここにいる、これからの僕の事でいっぱいにしてあげたい。けど過去の僕も僕だし、今の僕も僕。自分のせいで自分が忘れさられてしまうなんて、なんて皮肉なんだろう。
秋斗の部屋に入った時も懐かしさと同時に喪失感も感じた。
秋斗の部屋にあった僕のお気に入りだった場所がなくなっていた。窓際にある小さい本棚の一番上。日向ぼっこに最適だったその場所に僕のマットが置いてあったはず。それがなくなっていた。
忘れられるのは少し怖かった。
「もう寝ようか。」
「うん、おやすみ、玲央くん。」
眠くはなかったけど秋斗が入っている布団に入る、誰かと一緒に寝るのは久しぶりだった。
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