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【六十四話】シンデレラの価値観
しおりを挟む私はセイと別れてから、自分のベッドに潜り込みつつ、シンデレラの事を考えていた。
あの子は、継母の下で育った所為か、私やオリヴィアお姉様のように分かり易くはない。
というか、気を使って生きているのだ。
継母には甘えられない、甘えさせて貰えない。
反抗も出来ない。
アイデンティティの確立の為の儀式を経ていない。
だからどこか、ハッキリしない、人格が曖昧。
口数が少なく、大人しい。
母も母で、そんなシンデレラはあまり可愛いと感じなかったようだ。
本当は育てたくない。自分の子ではない。
先妻の子。
しかも、その先妻は、私の恋人を奪って結婚した。
くらいに思っていそうね。
子供の年齢がこれだけ近い訳だから、シンデレラの母と、私の母との関係は、時期が被っている。
しかも、先妻の子の方が年下なのだ。
普通に考えれば、私達は完全な連れ子。
でも私のお父様がカールトン公爵だとすると、既婚者である父と、未婚の母が付き合っていたことになる。
まあ、貴族あるあるだ。
気にしてられないわよ。
つまりあの子のルーツはどこから来ているか、意外に分かりにくい。
やはり幼少期を過ごした実母だろうか?
私はシンデレラの実母とは会ったことがない。
実際に知らない人なのだ。
私が生まれた一年後に生まれた彼女。
その日から、八歳の亡くなる日まで、実母と一緒に過ごした。
八歳か……。
淡い記憶と言う程には小さくないが、価値観の踏襲というよりは、生き方の真似をするくらいの年齢だ。
生き方といっても、難しいことじゃない。
話し方。
食べ方。
そういう基本的なものを見本としている時期。
価値観への疑問や感銘とまではいかない。
真似というものは、良いか悪いかではなく。
取り敢えずは真似る。
違うな?
と思ったものは止める。
良いな。
と思ったものは蹈襲する。
そうやって少しずつ、取捨選択して自分自身の価値観を作り上げる作業が思春期だ。
彼女は?
シンデレラは、思春期の反発的なものはなかったように思う。
あの子の感情はどこに行ったのだろう?
体の奥深くに沈めているのだろうか?
一つ下だから、学園でも見掛ける事はあったが、基本一人でいたように思う。
特定の女子生徒と仲良くしたり、特定の男子生徒を仲良くしたり。
そういう事はなかったように思う。
今、考えてみれば、それは少し不自然だったかも知れない。
学園でくらい、家の抑圧から抜け出したいと思うものだ。
けれど彼女は、学校でも俯いていた。
胸の奥がチクリと痛む。
私は姉として、何をやっていたのだろう。
何もしてはいなかった。
私の視界に、彼女はいなかった。
いつだって自己主張のない妹は、視界の外。
心に擦らない存在だったのだ。
もしかしたら、助けを求めてきた事があったのかも知れない。
でもーー
私は気付かなかった。
殺されかけるまで。
違う。
前世の記憶が蘇るまで。
ここはシンデレラという童話の世界。
私は義理の姉。
私はなけなしの思考力を使って考える。
そう。
基本彼女は感情を外に表さない。
ならばーー
数少ない、感情を表した時を思い起こせば良いのだ。
数が少ない分、洗い出し易い。
誰といる時、感情が動くのか。
誰といる時、嬉しそうな顔をするのか。
彼女の願いは、一発逆転の王子妃なのか?
それとも公爵家を継母から奪い返したいのか?
童話の中のシンデレラは、毎日毎日、継母とその娘達にいじめ抜かれる。
そしてお城の舞踏会で王子様に見初められるのだ。
その流れでいうと、八日後のダンスパーティで見初められる事になる。
硝子の靴を履いて。
彼女は誰に見初められるのか?
誰に見初められたいのか?
じっくり考えるのよ、ミシェール。
一応、七年間一緒に暮らして来たのだから。
きっと分かるはず。
私は彼女の、表情を思い出す。
食事の時。
お茶の時。
お父様の前にいる時。
家族でいる時。
私は瞼が自然に下りるまで、考え抜いたのだった。
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