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【七十話】ヒ素は無色なところが使い勝手が良い
しおりを挟む私は銀の杯を目の前に呆然としていた。
これは……。
黒髪の大人しいクラスメイト。
やや濃い紫の瞳は、いつも穏やかで、私は今日、この時まで、悪意を向けられたことはなかった。
虐められたこともなかった。
嫌みを言われた事もなかった。
ついでに言うと、話したこともあまりないのだ。
全てが、記憶する必要のないくらい、お互いに薄い存在。
「ティアナ様………?」
黒ずんだ銀の杯を見て思う。
毒を盛ろうとしている人間が、銀の杯を出されて、何故そのまま入れる?
普通は入れないよね?
なんとか口実を付けて、戻すわよね?
私が逆の立場なら、そうするわ。
だって、「毒です」と言っているようなものだもの。
私はふと彼女の首筋を見る。
そして、澄んだ紫色をした瞳を覗き見た。
「ティアナ様、第二王子様がお好きでしたの?」
毒を盛られて置いて、話をするというのも何だが、私は焦っていた。
一分一秒。
無駄な会話は出来ない。
そうでなければ、私は一生、彼女と話が出来なくなってしまう。
こうも公に毒を盛ってしまったのだ。
現行犯も良いところ。
メイドもいる。
セイもいる。
彼女はどういうつもりで目の前に座っているのだろう。
今、直ぐにでもセイが天井裏から下りてきてもおかしくない。
「…………」
え?
ここでも無視?
本気ですか??
「ミシェール様、お飲み下さい。ここにラズベリーパイも御座いますの。是非、ミシェール様にも食べて頂きたいわ」
私は更に瞠目した。
飲めるか!
というか毒とバレてるのに勧めるとか、どういう精神構造してんの?
吃驚ですわ。
均等に切られたラズベリーパイが目の前に差し出される。
これもティアナ本人が四苦八苦して切り分けたものだ。
だから、何故、使用人を使わない。
その意図は?
このパイも普通に考えれば毒だ。
作る時点で混入させたのだろうか?
いや、御自分で作ったとは考え難い。
だか、料理人に入れるよう命令するのも難しい。
当たり前の話だが、料理人はオールディス公爵が雇っている使用人だ。
オールディス公爵が困るような事は、出来る使用人ならしない。
つまり後付?
この振りかけられたシナモンとかパウダーシュガーが怪しい?
それとも、一番液体的な、砂糖煮のラズベリー?
まあ、どこに混入しているかは、後で調べればハッキリする。
問題はそこじゃない。
どうして彼女が、公爵令嬢という立場も省みず、こんなことをしたのかということだ。
困惑している私を他所に、彼女は自分の杯に、自分でラズベリー水を注いだのだ。
???
彼女は使用人の介在を許さない。
全て自分の手で行っている。
「ミシェール様、あなたがお飲みになったら、私も飲みます。あなたがお飲みにならなくても私は飲みます」
「…………」
何言ってるの、この子。
私を殺して、自分も死ぬと言うの?
意味が分からない。
殺す理由は、第二王子様を奪い、結婚することじゃないの?
邪魔者の私を殺した所で、自分まで死んでしまったら、目的が達成されないじゃない?
ティアナは杯を手に取ると、ゆっくりと私に翳した。
「ミシェール様の死を願って」
「…………」
「乾杯」
そう言って、彼女は杯の中身を私にぶちまけた。
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