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【九十六話】可愛い弟のお願い。
しおりを挟む私はキースの見ながら、遠い昔、私と彼が子供だった頃を思い出していた。
懐かしいわね。
小さな手を包むように繋いだ。
黄色い髪をいつまでも撫でた。
二人が共通に持っている。
私達の記憶ーー
六歳だった小さな男の子も、今では十三歳。
私はそれより三つ上の十六歳になってしまった。
今日、学園を卒業したら、名実ともに大人の仲間入りだ。
彼と私は姉弟だけど、何かが少し変わるのかも知れない。
「ミシェールお姉様」
「なに?」
「あの頃みたいに、ギュッと抱いて欲しいって言ったら、してくれますか?」
「………」
うーん。
どうしようね?
私達は、恋人同士ではないから、テラスでギュッと抱き合うというのは、ちょっと不自然だ。
かと言って、断ると……なんだかこの弟が、弟ではなくなってしまうような、不安な気持ちを起こさせる。
私はテラスに設けられたテーブルにグラスを置くと、そっとキースに手を伸ばす。
もう十六歳で、あの頃とは違うのだが、それでも、あの温かかったベッドを思い出す。
二人で、よく夜中まで、ベッドの中で、色々な話をしたわよね。
大概は、私が一方的に話していて、キースはニコニコしながら聞いていた。
あの笑顔が飛び切り可愛くて。
私は飽きもせず、何度も何度もキースの部屋を訪れた。
私の幸せの一部は、彼が担っていたーー
それは、間違いのない事実。
私は覚悟を決めて、彼の体に触れる。
落馬して、頭から血を流している私を、迷わず抱き、助けてくれた弟。
「……キース。倒れている私を、見つけてくれて、血塗れの私を、抱き留めてくれてーー」
ありがとう。と小さく呟いてから、少し、彼を抱く腕に力を入れた。
懐かしい弟の感触。
私達は、随分と大きくなってしまったけれどーー
変わらないものも、あるわね。
体温や。
脈打つ音。
サラサラの黄色い髪の感触。
優しい息遣い。
「……姉さん」
弟もそっと抱き返してくる。
彼は十三歳で。
私は十六歳で。
二人は義理だけど姉弟だから。
大人になる明日までは、こういう関係もギリギリセーフだろうか?
「僕は、ずっとミシェールお姉様を選んでいたのですよ」
「…………」
「あの日、落馬するまでは、あなたは僕のものでした」
「…………」
「ルーファスお兄様が婚約の打診をして来ているのは、知っていました。でもそれは内々の事で、僕の方が約束は先だった」
「…………」
「カールトン公爵のお父様だって『キースがミシェールを選ばなければそうしましょう』くらいに言っていたんですよ」
まあ、父の中では『次女のミシェールは絶対ないだろ』くらいに思っていたのでしょうね?
誰が見てもシンデレラが硬くない?
父の目にもそう映っていたと思うわ。
だからこそ、第二王子様とも口約束的なものが出来た。
何と言っても、私とキースは素で姉弟をしてましたから。
割と今も素で姉弟なんですけどね。
「あの日、あの時まで、ミシェールお姉様は誰にも恋愛感情を抱いてなかったはずですよ?」
鋭いわ。
キース。
でもーー
その何でも分かってるというような顔は止めなさい。
姉の沽券が傷付くからね?
「今日、ルーファスお兄様と踊らなかったんですね?」
ええ。
一応、見ての通りです。
「ミシェールお姉様とファーストダンスを踊ったのは、第三王子である僕ですね」
うん?
念押しされた?
アレ?
ここで念押しする意味ってある??
弟が何か考えているようですが。
キースは可愛いので、そういう顔はどうかと思うよ?
そろそろ離れようか?
姉弟だしね。
よいしょ、と距離を開けようとして、キースに強く引き寄せられた。
アレ?
姉弟は爽やかに離れないと?
寝る前のキスとか、そういう類いのものなんで?
挨拶的な?
だから、爽やかに離れないとなのよ?
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