梅雨色モーメント

夜摘

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梅雨色モーメント

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 窓に張り付いた雨粒を眺めながらぼんやりと過ごす梅雨の日の放課後。
 隣に居る女は飽きもせず本を読み続けている。
 私たち二人しかいない教室は、ザーザーと外から聞こえてくる雨音以外は、彼女が定期的に本のページを捲るぺらりという音しか聞こえてこない。

 なにが楽しくてこんなことをしているのかと言えば、別に好きでこんなことをしているわけではない。
 私は自慢ではないがテストで赤点を取った罰で放課後強制自習をさせられている。
 隣の女は別にそう言う訳ではないはずだが、何故か帰りのホームルームが終わっても一向に帰ろうとせずずっと本を読んでいる。…まぁ、恐らくは本が好きなんだろう。
 私の机に置いてある課題のプリントは三分の一程度までは解答欄を埋めたものの、それ以降は真っ白のまま。
 集中力が途切れた私は問題文を読むのも面倒になってしまって、窓の外の雨の風景を眺めだしていた。
 机に頬杖をつき、片手で戯れにシャーペンをくるくる回しながら、この雨はいつまで降り続くんだろ…なんてどうでも良いことを考えていた。
 ザーザーと降り続ける雨をぼんやりと見ていると、もしかしたらこのまま、この雨は世界を水没させるまで止まないのかも?なんて何処かの漫画か映画みたいなことを想像してみて、そうしたら学校休みにならないかな…とか、ボート通学とか?とか、そもそも家が沈んじゃうな…床に詰んだ本がダメになっちゃうな…とか、そんな、本当にとりとめもないことを。

「ねえ」

 私の思考を現実に引き戻したのは隣の席の女の声だった。

「え、なに?」

 慌てて顔をそちらに向けると、微妙に眉を潜めた女がこちらを見ている。

「課題、やらなくて良いの?下校時間になっちゃうよ」
「え、あ、ああ・・・」

 時計を指差す彼女の指先を辿るように視線を時計へと向けると、その針は下校時間の20分ほど前を指している。
 続いて、自分の机の上の課題プリントへ視線を落としてみる。
 そこには自分の記憶にある姿、要するに三分の一程度までしか終わっていないプリントが居る。

「……やばっ、家に持ち帰ってまでやりたくないよ。こんなの…」
「だったらさっさと終わらせれば良かったのに…」
「そりゃそうだけど…」

 ブツブツ言いながら慌ててプリントに向かい合う私に、呆れたようなため息交じりの言葉が投げかけられる。

「…………」
「…………」

 授業で聞いたような、聞いてないような、恐らくは聞いたはずのその意地の悪い問いに、シャーペンと消しゴムを使って必死で格闘していると、何となく横からの視線を感じる。

「…………」
「…………」

 気のせい気のせいと自分に言い聞かせようとしたけど、気がついたら本のページを捲る音は聞こえてこないし、もしかしたら気のせいじゃないのか?とふいに横を向いたら、本を読んでるはずの女は私の方を見ていて目がバッチリ合ってしまった。

「「あ」」
「「……………」」
「…なに?」
「…いや、別になんでもないけど…」

 そう言ってふいっと顔を横に背けた。
いやいや、なんでもないなら何でこっち見てるんだよ…。
 そうは思えども、私はこのプリントを早く終わらせなければならない。
 視線は机の上に戻しつつ、言葉だけを彼女に投げることにする。

「…そもそも、アンタは課題でもないのにどうしてこんな時間まで残ってんのよ」
「…読みたい本があったし…」
「家で読めば良いじゃん。わざわざこんな雨の日に学校に残らなくたって」
「…この雨で、本が濡れたら嫌だから…」

 それが適当な嘘なのか本気なのか。私には計りかねた。
何となく慌てたような口ぶりは怪しいことこの上なかったが、顔を見ていないからどんな表情をしているのかわからないし、そもそもそんな嘘をつくメリットが何かあるとも思えなかったからだ。

「…………なーんか怪しいな…」
「……じゃあ、アンタはなんだと思うのよ…」

 ぼやく私に今度はあっちが不貞腐れたような声を向けてきた。
 何で拗ねたみたいな声だしてるんだろ…。

「何って…家に帰りたくない理由があるとか?」
「ブー」
「え、なにこれクイズ形式なの?」
「今、そうしました」
「…えーと…じゃあ、ウーン…傘を忘れた!」
「…ブ…いや、それにしよう…正解!」
「それにしようってなに!?」

 思わず顔をそちらに向けてしまったら、
 何故かちょっと困り顔のそいつとまた目が合った。

「傘を忘れてしまったので、雨宿りをしていました」
「え、えぇ・・・????」
「だから、貴女が終わったら一緒に傘に入れて貰おうと思って」
「ハァ…?????」
「……なによ……そんな顔しなくてもいいのに……」

 あからさまに今思いつきました、みたいなことを言われて、私は露骨に変な声をあげてしまった。そしたら、例によって何故かまた拗ねたみたいな声を出してくる…。

「………嫌なの?」
「……別に良いけど………」

 さすがに家まで送れと言われたら嫌だが、駅までならどうせ行く道は一緒だろう。
こいつの意図はわからないが、嫌か嫌じゃないかと言えば、別に嫌ではない。
だからそう普通に答えたら……。

「本当!?」

 ぱーーーーっと効果音でも飛び出しそうな、急にキャラが変わったみたいに嬉しそうな笑顔になったもんだから、私は呆気に取られてしまった。
 そして、私のその様子に気が付いた彼女は、はっと我に返った様子で、慌てて本で自分の顔を隠した。

「…………」
「…………」

 さすがの私も、何となく、何となーく"何か"を察して黙ってしまう。

「………傘、忘れただけだからね……?」

 本で顔を隠したまま、耳まで赤くなった彼女がぼそぼそと言い訳がましく呟くのを、私は「はいはい」と笑って流してあげた。
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