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第24話 波乱の夜の、その後で

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 あの夢魔退治の夜から一週間が経っていた。
 私にとっては"夢魔退治の"―…と言うよりは、"アリシアに情緒をめちゃくちゃにされてしまった危険な夜から"と言った方が正しいのだけれど…。
 確かにアリシアは、誰とでも距離感が近いし、スキンシップも激しかった。
 これは彼女の人懐こさのなせる技で、決して悪いことではないと思うんだけど…。
 恋愛経験値が低い人間や彼女に好意を持っている相手に対しては、……………刺激が強過ぎる……。(当然私はその両方の要素を持っている)
 灯りの消えた暗い私の部屋で、彼女のきれいな瞳に驚いた自分の顔が映っているのがわかるくらいの近さで見つめられて…、私の額や、瞼や、耳や、首筋に、彼女の柔らかい唇が押し当てられて―――…。

「…ううっ……思い出すだけでも鼻血が出るんじゃないか心配になりますわ…」

 お茶の入ったティーカップを優雅に口元に運びつつ、私は対面の彼女に語っていた。視線の向こう、お茶を飲んでいるのは看護師のマーニャだ。
 クールビューティな彼女の顔は困ったように微笑んでいる。
 どうして私がこんな風に彼女にアリシアのことを話しているか…と言うと、あの夜以降どうにも私の様子がおかしい…ということで心配した彼女が声をかけてきてくれたのだ。(私って結構わかりやすいのかしら…)

「エリスレア様は、アリシアのことになると様子がおかしくなるのは薄々わかっていましたけれど…。思ったよりも重症でしたね…」

 頬に手を当てて、マーニャは悩ましげにハフ…とため息をついた。様子がおかしいなんて、頭がおかしい人みたいに言われて私は幾分ムっとしたが、自覚がなかったとは言えないのでそのまま聞き流した。
 自分エリスレアのこれまでの振る舞いや立場を考えれば仕方がないのはあるのだが、気張らずに話が出来る存在と言うのは貴重な存在だった。(マリエッタはオモチャにするのは楽しいが、口が軽すぎるので迂闊なことは言えないと言うのもある。)
 さすがに自分の前世がどうだったとか、この世界がゲームの世界だとか言うことは話せないが、そう言ったことを抜きにしても、彼女はとても聞き上手で、それでいて冷静にアドバイスをしてくれる頼りになる存在だった。

「…まぁ―……、…あの子も無邪気過ぎると言うか…時々暴走して突拍子のないことをしてしまう傾向はあるのでしょうけれど…」

「…そ、そうなんですの…???」

「今まで私たちの周りにはあまり居なかったタイプでしたし、私や先生も驚かされることも多いですが…、でも先生も何だかんだ振り回されても満更でない顔をしてるような気がしますね…」

「…うっ…魔性の女ですわァ……」

「ふふふ」

「…?…なんですの?」

「いえ、エリスレア様がそんな風に情けない顔をなさるのは珍しいので…」

「ちょいちょい失礼ですわね!?」

 マリエッタほど無礼ということはないものの、マーニャも段々と遠慮がなくなってきたような気がする。
 一応私が貴族の令嬢だということもあるから、態度や口調自体は丁寧だけれど、普通は言い難いこともザックリ言ってくる。
 …まぁ、どちらかと言うとこういった付き合い方をしてくれるのは気楽だし、嬉しいものなのだけど…。(変に媚を売ってきたりご機嫌を取られるのは気が休まらないので…)

「…とは言え、あの子のああいう自由な振る舞いは、こちらでどうこうできるものでもありませんし、"気にしない"ことしかない気がしますね…」

「そうですわよねぇ~~~……そこもあの子の良いところなのですものね…」

「惚れた弱みですね。せいぜい振り回されるのを楽しむしかないのでは…」

「そうですわよね~~~、惚れた弱みが―…………って、えぇっ!?」

 私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。ほ、惚れた弱みって!!!
けれど、マーニャはそんな私の様子にむしろ驚いたように目をぱちくりとさせている。

「え?違うんですか????」

「…えっ、う…え、ええと…」

 私は情けなく「あうあう」と呻きながら、「やってしまった…」と思った。
 変に動揺したら図星っぽくなってしまうし、ここは、「そうなんですのー!初めてのお友達だし、わたくしアリシアのことだーいすき❤❤❤」って軽く茶化してしまえば誤魔化せたかも知れないのに、咄嗟にそこまで考えることができなかった。

「何だか意地悪を言ってしまったみたいになっちゃいましたね。申し訳ありません」

 黙ってしまった私にマーニャは、少し申し訳なさそうに笑った。

「でも、大丈夫ですよ。…わざわざ危険を侵してまで夜中に宿舎を抜け出してしまうくらいに、あの子もエリスレア様のこと、好いていますからね」

「……ぅ」

 改めてそう言われると照れてしまう。
 つい自分の感情ばかり先立って、アリシアの気持ち…というのを見失ってしまいがちだが、確かにアリシアは私のことを…少なくとも悪くは思っていない…そう言う態度をとってくれていると思う。
 "誰にでも優しい"彼女ではあるけれど、それでも自分を"特別扱い"してくれていると言う自覚はあったのだ。
 …ただ、そこに私の願望や妄想が混じっていないと断言も出来なくて…、どうしても自信を持てなかった。
 だから、こうして第三者であるマーニャが、こんな風に言ってくれるのは、とても照れてしまうし恥ずかしいけれど、それ以上に滅茶苦茶に嬉しかったのだ。

「…とは言え、お二人の立場を考えると、いつまでもそう暢気にはしていられないのかもしれませんけどね…」

 マーニャは心配そうにまた一つ大きくため息をついた。
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