悪役令嬢は桜色の初恋に手を伸ばす

夜摘

文字の大きさ
24 / 33

第24話 波乱の夜の、その後で

しおりを挟む
 あの夢魔退治の夜から一週間が経っていた。
 私にとっては"夢魔退治の"―…と言うよりは、"アリシアに情緒をめちゃくちゃにされてしまった危険な夜から"と言った方が正しいのだけれど…。
 確かにアリシアは、誰とでも距離感が近いし、スキンシップも激しかった。
 これは彼女の人懐こさのなせる技で、決して悪いことではないと思うんだけど…。
 恋愛経験値が低い人間や彼女に好意を持っている相手に対しては、……………刺激が強過ぎる……。(当然私はその両方の要素を持っている)
 灯りの消えた暗い私の部屋で、彼女のきれいな瞳に驚いた自分の顔が映っているのがわかるくらいの近さで見つめられて…、私の額や、瞼や、耳や、首筋に、彼女の柔らかい唇が押し当てられて―――…。

「…ううっ……思い出すだけでも鼻血が出るんじゃないか心配になりますわ…」

 お茶の入ったティーカップを優雅に口元に運びつつ、私は対面の彼女に語っていた。視線の向こう、お茶を飲んでいるのは看護師のマーニャだ。
 クールビューティな彼女の顔は困ったように微笑んでいる。
 どうして私がこんな風に彼女にアリシアのことを話しているか…と言うと、あの夜以降どうにも私の様子がおかしい…ということで心配した彼女が声をかけてきてくれたのだ。(私って結構わかりやすいのかしら…)

「エリスレア様は、アリシアのことになると様子がおかしくなるのは薄々わかっていましたけれど…。思ったよりも重症でしたね…」

 頬に手を当てて、マーニャは悩ましげにハフ…とため息をついた。様子がおかしいなんて、頭がおかしい人みたいに言われて私は幾分ムっとしたが、自覚がなかったとは言えないのでそのまま聞き流した。
 自分エリスレアのこれまでの振る舞いや立場を考えれば仕方がないのはあるのだが、気張らずに話が出来る存在と言うのは貴重な存在だった。(マリエッタはオモチャにするのは楽しいが、口が軽すぎるので迂闊なことは言えないと言うのもある。)
 さすがに自分の前世がどうだったとか、この世界がゲームの世界だとか言うことは話せないが、そう言ったことを抜きにしても、彼女はとても聞き上手で、それでいて冷静にアドバイスをしてくれる頼りになる存在だった。

「…まぁ―……、…あの子も無邪気過ぎると言うか…時々暴走して突拍子のないことをしてしまう傾向はあるのでしょうけれど…」

「…そ、そうなんですの…???」

「今まで私たちの周りにはあまり居なかったタイプでしたし、私や先生も驚かされることも多いですが…、でも先生も何だかんだ振り回されても満更でない顔をしてるような気がしますね…」

「…うっ…魔性の女ですわァ……」

「ふふふ」

「…?…なんですの?」

「いえ、エリスレア様がそんな風に情けない顔をなさるのは珍しいので…」

「ちょいちょい失礼ですわね!?」

 マリエッタほど無礼ということはないものの、マーニャも段々と遠慮がなくなってきたような気がする。
 一応私が貴族の令嬢だということもあるから、態度や口調自体は丁寧だけれど、普通は言い難いこともザックリ言ってくる。
 …まぁ、どちらかと言うとこういった付き合い方をしてくれるのは気楽だし、嬉しいものなのだけど…。(変に媚を売ってきたりご機嫌を取られるのは気が休まらないので…)

「…とは言え、あの子のああいう自由な振る舞いは、こちらでどうこうできるものでもありませんし、"気にしない"ことしかない気がしますね…」

「そうですわよねぇ~~~……そこもあの子の良いところなのですものね…」

「惚れた弱みですね。せいぜい振り回されるのを楽しむしかないのでは…」

「そうですわよね~~~、惚れた弱みが―…………って、えぇっ!?」

 私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。ほ、惚れた弱みって!!!
けれど、マーニャはそんな私の様子にむしろ驚いたように目をぱちくりとさせている。

「え?違うんですか????」

「…えっ、う…え、ええと…」

 私は情けなく「あうあう」と呻きながら、「やってしまった…」と思った。
 変に動揺したら図星っぽくなってしまうし、ここは、「そうなんですのー!初めてのお友達だし、わたくしアリシアのことだーいすき❤❤❤」って軽く茶化してしまえば誤魔化せたかも知れないのに、咄嗟にそこまで考えることができなかった。

「何だか意地悪を言ってしまったみたいになっちゃいましたね。申し訳ありません」

 黙ってしまった私にマーニャは、少し申し訳なさそうに笑った。

「でも、大丈夫ですよ。…わざわざ危険を侵してまで夜中に宿舎を抜け出してしまうくらいに、あの子もエリスレア様のこと、好いていますからね」

「……ぅ」

 改めてそう言われると照れてしまう。
 つい自分の感情ばかり先立って、アリシアの気持ち…というのを見失ってしまいがちだが、確かにアリシアは私のことを…少なくとも悪くは思っていない…そう言う態度をとってくれていると思う。
 "誰にでも優しい"彼女ではあるけれど、それでも自分を"特別扱い"してくれていると言う自覚はあったのだ。
 …ただ、そこに私の願望や妄想が混じっていないと断言も出来なくて…、どうしても自信を持てなかった。
 だから、こうして第三者であるマーニャが、こんな風に言ってくれるのは、とても照れてしまうし恥ずかしいけれど、それ以上に滅茶苦茶に嬉しかったのだ。

「…とは言え、お二人の立場を考えると、いつまでもそう暢気にはしていられないのかもしれませんけどね…」

 マーニャは心配そうにまた一つ大きくため息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

悪役令嬢だけど、男主人公の様子がおかしい

真咲
恋愛
主人公ライナスを学生時代にいびる悪役令嬢、フェリシアに転生した。 原作通り、ライナスに嫌味を言っていたはずだけど。 「俺、貴族らしくなるから。お前が認めるくらい、立派な貴族になる。そして、勿論、この学園を卒業して実力のある騎士にもなる」 「だから、俺を見ていてほしい。……今は、それで十分だから」 こんなシーン、原作にあったっけ? 私は上手く、悪役令嬢をやれてるわよね?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】ヤンデレ乙女ゲームの転生ヒロインは、囮を差し出して攻略対象を回避する。はずが、隣国の王子様にばれてしまいました(詰み)

瀬里@SMARTOON8/31公開予定
恋愛
 ヤンデレだらけの乙女ゲームに転生してしまったヒロイン、アシュリー。周りには、攻略対象のヤンデレ達が勢ぞろい。  しかし、彼女は、実現したい夢のために、何としても攻略対象を回避したいのだ。  そこで彼女は、ヤンデレ攻略対象を回避する妙案を思いつく。  それは、「ヒロイン養成講座」で攻略対象好みの囮(私のコピー)を養成して、ヤンデレたちに差し出すこと。(もちろん希望者)  しかし、そこへ隣国からきた第五王子様にこの活動がばれてしまった!!  王子は、黙っている代償に、アシュリーに恋人契約を要求してきて!?  全14話です+番外編4話

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

推しであるヤンデレ当て馬令息さまを救うつもりで執事と相談していますが、なぜか私が幸せになっています。

石河 翠
恋愛
伯爵令嬢ミランダは、前世日本人だった転生者。彼女は階段から落ちたことで、自分がかつてドはまりしていたWeb小説の世界に転生したことに気がついた。 そこで彼女は、前世の推しである侯爵令息エドワードの幸せのために動くことを決意する。好きな相手に振られ、ヤンデレ闇落ちする姿を見たくなかったのだ。 そんなミランダを支えるのは、スパダリな執事グウィン。暴走しがちなミランダを制御しながら行動してくれる頼れるイケメンだ。 ある日ミランダは推しが本命を射止めたことを知る。推しが幸せになれたのなら、自分の将来はどうなってもいいと言わんばかりの態度のミランダはグウィンに問い詰められ……。 いつも全力、一生懸命なヒロインと、密かに彼女を囲い込むヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:31360863)をお借りしております。

処理中です...