悪役令嬢は桜色の初恋に手を伸ばす

夜摘

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第25話 エリスレア・ヴィスコンティは泣いてしまう

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 同性愛や同性婚はこの国では認められていない。
 マーニャが、私のアリシアへの気持ちを「恋」と形容した以上、私の気持ちは"そう言うもの"と彼女は判断しているはずだ。
 彼女の立場からしたら、私のそんな感情は厄介で面倒なことに違いないだろうに、露骨に引いたり非難したりしないでいてくれたマーニャが有り難かった。

「エリスレア様とアリシアは、いずれはどちらかがクルーゼ王子のお妃となります。…仲良くなるのは良いのですが、あまり執着してしまうのは良くないかも…と…思います。…彼女が王子の妻になったら―…他の男性に取られてしまったら、きっと辛い気持ちになってしまうと思いますから…」

 引くでもない。非難でもない。責めるでもない。
 それは優しく諭すような忠告であり、彼女の顔に浮かんでいるのは"心配"の感情だ。

「マーニャ…」

 わかっていたはずなのに、こうして改めて言われるとガツンと頭を殴られたような気持ちになった。
 別に私が王妃になるのでも、アリシアが王妃になるのでもどっちでも良い。一緒に居られるなら別にそれで良い。  
 確かに"そう"思っていたはずなのに…。
 改めて頭の中で、彼女がクルーゼ王子の隣で、私に向けてくれたようなはにかんだ微笑みを彼に向けている光景を想像してみる。
 …ついでに、先日私が夢魔に襲われた時のように、ベッドの上で、アリシアが王子に触れられて―……………なんてことを考えてしまった。

「……え、エリスレア様?」

 私はよほど酷い顔をしていたのだろう。
 心配そうな顔をしていたはずのマーニャの表情が一瞬にしてぎょっとしたような表情になって、慌てた様子で私の両肩を掴むとゆさゆさ揺さぶり出した。

「…だ、大丈夫ですか?!しっかりして下さい!?」

「…マーニャ…。わたくしは、わたくしは…」

「…私も性急過ぎましたね…。混乱させてしまってごめんなさい…」

 いつもだったらもっと"なんでもない顔"だって、"なんでもない態度"だって出来たと思うのに、私はこの時少しも冷静になれなくて、取り繕うことも出来なくて、本当に情けない気持ちになってしまっていた。
 前世の記憶を取り戻す前は怖いものなんて何も無かったし、前世の記憶を取り戻してからだって、自分が"悪役令嬢"だと知っているから、強気で自信満々に振舞うことだって簡単に出来たのに…。
 夢魔騒動の件も含めアリシアと色々なことがあったせいか、それともマーニャが包容力がある大人の女性だからつい頼ってしまうのか…、私は弱いところを隠せなくなってしまっていて、少しだけ泣いてしまった。

 ゲームの中で、王子とアリシアが迎えるハッピーエンドで見られるスチルは、煌びやかな結婚式と、その後に仲睦まじくお茶会をしている二人の姿だった。
 だから私は、アリシアと王子の結婚について生々しいことは考えていなかったんだ。
 だけどここはもうゲームの世界じゃない。王子とアリシアが婚約して、結婚して、アリシアが王妃様になって「ハッピーエンドで終わり」ではない。
 二人は、出会いこそ普通の恋人同士とは違うが、相思相愛の婚約者になったなら…夫婦になったら…、ハグだってキスだってそれ以上だってする方が自然じゃないか…。

 ついこの間まで、二人が仲良く幸せに笑っているその画面の外で、私もアリシアと仲良く出来れば良いや…なんてお気楽に思っていたのが嘘みたいに、私の気持ちは沈んでしまった。
 もう私は他の誰かが彼女に触れる事も、彼女が他の誰かに特別な表情かおを向けることも、胸が掻き毟られるような気持ちになってしまうくらい、彼女に恋をしてしまっているんだって思い知らされてしまったのだった。





 アリシアは、今のところ"意中の相手"がいるわけではないようだし、王妃になりたいのかどうか…についての問いにも、そこまで意欲的ではない様子だった。
 ゲームでの彼女のスタンスは当然PLの選択肢に左右されてしまうものだったけれど、考えてみれば突然王子の妃候補に!って抜擢されて、王都に引っ張られてきた直後なのだから、戸惑ってしまってそれどころじゃないのは無理もないとは思う。
 …だからこそ、そんな時期を支えてくれた"攻略対象"に胸をときめかせて恋に落ちるのにも説得力がある気がするし…。

 私はアリシアとずっと一緒に居たくて、彼女を誰にも渡したくない。
 …けれど、そのためにはどうしたら良いだろうか?
 アリシアが他の誰かのものになってしまうのは嫌だ。
 …私は悪役令嬢らしく彼女の恋路を邪魔しまくればいい?
 …でも、それはあの子の幸せを邪魔していることになってしまうのではないか?
 私はアリシアの幸せを邪魔したいなんて思わない。
 幸せになって欲しい。幸せで居て欲しい。
 自分勝手だけれど、私と一緒にいて幸せになって欲しい。

 私は自室でふかふかのクッションを抱きしめ、ベッドでごろんごろんと転がりながら、取りとめもなくアリシアのことを考え続けていた。
 「これはもう、二人で駆け落ちするしかないか!?」という結論に思い至った頃、例によってマリエッタが「何事!!!?」って顔で私を見ていたから、後で口外しないようにきっちり〆ておかないといけないなぁ…なんて思ったのだった。
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