悪役令嬢は桜色の初恋に手を伸ばす

夜摘

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第27話 渡り廊下の攻防

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 お城の美しい装飾が施された長い渡り廊下を私は歩いている。
私の履いた靴のヒールが、カツカツと小気味良い音を響かせている。
そして私の少し後ろを歩いている男性がいる。…そう、ジェイドだ。

―――さて、今の状況を説明しよう。
 私が今日も今日とてお勉強だ、レッスンだと書庫や魔法の訓練室の行き来をしている時だった。
 そこでたまたまジェイドと遭遇した私は、自分に向けられた彼の挨拶を無視した。
 当然罪悪感はある…。しかし、許して欲しいジェイド…。
 貴方には私のことをもう少し嫌いになって貰いたいの…。
 貴方が私のことを好きになってしまったら、駆け落ちイベントが発生してしまうかもしれない…。
 それは困る…。困ってしまうから…。

 いっそこの事情を話してしまった方が、頭のおかしいイカレた女だと敬遠してくれそうな気もする…なんて思いつつ、さすがにそれは強硬策過ぎるか…ということで地味な嫌がらせをすることにした。
 ゲームでもデートのお誘いを断った時の悲しい顔を見るのは胸が痛むのに、それがリアルなら猶更だ。(だって、彼何も悪いことしてないんだもん…)
 こういう風に"下げる"作業はつらすぎるからこそ、私は数値を上げ過ぎないように気を付けていたのに…。気をつけたかったのに…!!!!!(失敗した)

「…エリスレア様、あの…」

 露骨に無視をした私を追いかけて、ジェイドは少し後ろからまた声をかけてくる。
 先日まで普通に仲が良かった相手に突然無視されたら戸惑うよね。わかるよ。

「エリスレア様?」

 心を鬼にして無視を続ける。
 うう…。こ、心が痛い…。
 頑張れ、悪役令嬢エリスレア…!私は強い子でしょ!!必要なら悪役令嬢らしく自分の幸せの為に何を犠牲にしてもいいと誓ったのを忘れたの!?

「…怒ってらっしゃるのですか?…自分は、何か貴女を怒らせることをしてしまったのでしょうか」

 無視し続ける。

「……今回の件については…貴女のお気持ちを考えればご気分を害されても当然だと思います…」

私は頑張って無視をする…。

 この"城暮らし編"(勝手に名付けた)はゲームでは存在しないルートだし、彼とのやり取りだって選択肢は何を選んだらいいのかサッパリわからない未知の展開だ。
 ここでは波佐間悠子の記憶がどこまで通用するかわからない―…。
 今のエリスレアが出たとこ勝負でやるしかないというわけだ…。

「貴女の身にまた危険が降りかかる可能性を考えれば、今回の措置も妥当なものだと思います。自分のことを煩わしく思うのは構いません…。ですが、貴女の…貴女たちの身の安全は何よりも優先して守られるべきものだと、どうかご理解下さい…」

 100%善意で行動してくれてる相手に辛く当たるの辛すぎますわ~~~~~~!!
もう脳内も"悪役令嬢"エリスレアモードでいないと一般市民波佐間悠子の精神は耐えられない…。

「ジェイド」

「!」

「わたくし、別に貴方に怒っている訳ではありませんの。確かに窮屈な暮らしを強いられることになって不満はありますけれど、そこに貴方は関係ないでしょう?」

「……」

 ジェイドはどこかバツの悪そうな表情を浮かべた。きっと彼は身に覚えがあるからだ…と思うのは私がそういう目で見ているからかも知れないけど…。

「貴方が王子の婚約者候補であるわたくしを心配するのはわかりますが、少しばかり余計な干渉が過ぎましてよ。それが不愉快に感じましたの」

 このまま無視してこの場を去っても良かったが、"悠チェリ"のシステムがこの世界にも有効なら、無視をするより言葉で拒絶する方が好感度が下落するという傾向がある。
 当時私は、部屋にお誘いにくる攻略対象キャラを部屋に入れてからお断りするよりも居留守を使って無視をする方が好感度が下がらないというのを知って酷くショックを受けたことを覚えている。
 今考えれば、面と向かって断られるより、いないなら仕方ないよね…と思える方がマシってことはわかるんだけど…。
 だから私はとりあえず無視するのは中断し、出来る限り冷淡な声で彼に言葉を向けた。

「わたくしのことは暫く放っておいて頂戴」

「……」

 彼の表情を見れば、酷く傷ついたような顔をしている。

「わたくしから貴方に言うことはそれだけですわ」

 あああああああ…。ちょっと前までは好感度を上げるために頑張ってたのに、今度は下げるためにわざと冷たくするなんて、ゲームだったら攻略テクニックだけど、現実でやってるのはただの情緒不安定だよね…。本当に申し訳ない…。

 「わかりました」とジェイドが沈痛な面持ちで短く答え、私もその場から去ろうとしたその時だった。

「…そうだったんですか…」

「…ああ…。余計なお世話かも知れないが…」

「そんなことないですよ!!…私だって、同じ状況だったら…やっぱり気にしてしまうと思いますし…」

 良く知った声が聞こえてきて、私はつい咄嗟に渡り廊下に並んでいる美しい装飾の施された柱の後ろに隠れてしまった。
 そして、どうしてだろう。そんなことする必要はなかったのに、それも咄嗟にジェイドの腕をひっつかんで彼も一緒に柱の裏側に引っ張り込んでしまった。

「!?」

 ジェイドは驚いた様子だったけれど、(驚いたからこそ?)私に引っ張られるまま柱の裏側に隠れる。

「え、エリスレアさま…?」

 小声で困惑したように囁くその言葉に私は答えられない。
 それは歩いてくる人物たちの方にすっかり意識を集中していたからでもあるし、自分でも理由がわからなかったからだ。
 答えない私の様子に諦めたように、ジェイドも私が見つめている、向こうからやってくる二人…に視線を向けた。

 ―――――――――クルーゼ王子とアリシアだ。

 二人は並んで歩いているのだけれど、何やら随分と親密そうだ。
 難しい顔をしている王子を、気づかわし気にアリシアが見上げ、彼を慰めるか励ますかのように彼女は身振り手振り一生懸命何か言葉をかけている様子だ。

「…………」

 私はその二人の様子を食い入るように見つめ、何を話しているのか耳をそばだてる。
 こんなことしなくても普通に二人に声をかければいいのにどうして隠れてしまったのだろう?
 ジェイドに辛く当たっている嫌な自分を見られたくなかった?
 あの夜のことを思い出してしまって気まずいから?
 私の知らない 私のいない時の彼女の表情かおを見てみたかったから?

 アリシアが一生懸命に王子に話しかけていて、王子がその様子に小さく微笑む。
 そして、王子のその笑みにアリシアも安心したように柔らかく微笑んだ。
 その光景は、本当にゲームのスチルを見ているかのような"絵になる"姿だった。
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