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第3話 私は弱くて汚い聖女様

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 彼の名前はアロルド・ ベールヴァルド。
 この国バーナファレナの王子様であり、聖女である女主人公ヒロインとは幼馴染と言う関係のキャラクターだ。
 彼は、外見こそいかにも王子様!と言った風の容姿だが、性格は少々世間知らずだったり、高慢で我儘な部分はあるものの、一度懐に入れた相手には非常に情け深く、献身的に尽くそうとする…なんてそんなタイプだ。
 そして、彼は、ゲーム開始時点から既に幼馴染である聖女ヒロインのことをとても大事に思っている。
 だから、何も考えずにプレイすると基本的にアロルドのルートに入ることが多いなんて言われているキャラだ。
 エンディングの種類も多いことから、製作者に愛されている…と言う印象も受けたし、プレイヤーとしても何度も何度もプレイして、色んなエンディングを見た分愛着は強い。

(…とは言え…ゲーム画面越しじゃなく、こんな風に実際に抱き締められたりするのはっ…し、刺激が強いっ…!)

 自分の心臓がバクバクと激しく脈打っているのが分かる。こんな風にくっ付いていたら、きっと私を抱きしめるアロルドにもこの音が聞えてしまっているんじゃないか?とも思ってしまうくらいだ。
 しばらくは彼にされるがまま…腕の中のぬくもりに身を預けていた私だったけれど、それを自覚したら急に恥ずかしくなってしまって、おずおずとそろそろ離して欲しいと彼に申し出ていた。

「…と、す、すまない。…目を覚ましたキミの姿を見たら…つい……」

 彼自身も自分が抱き着いてしまったこと自体がイレギュラーだったのか、身体を離しながらもその顔は少し赤らんでいて、目を反らしながら口元を抑え、何やらぼそぼそと言い訳するみたいな調子で謝罪をしてきた。

「い、いえっ…。…それより……えっと…心配…かけてしまったみたいで……ごめん…なさい…?」

 正直、宇都木 結良うつぎ ゆらである私は、この世界の聖女ユラがどういうつもりで身投げをしたのかはわからない。
 …と言うか、私の夢やら妄想の世界ならそもそも理由なんてない(現実の私がしたから…と言うだけで…)のかも知れない。
 だからこんな風に相手の様子を見ながら発言をするなんて馬鹿みたいなことなのかも知れないけど、アロルドの態度や仕草が、ゲームでも見たことがない様な反応だったので、私はちょっと様子を見て見たくなってしまったのだ。
 ゲームでも表情差分だったり、色々なスチルがあって、たくさんの表情を見て来たけれど、実際に目の前で表情を変える実在の人物とでは全然違うだろう。
 そして、そんな風に彼は今、私の目の前に居て…、部屋に入って来てすぐ私を見た時に浮かべた感動したようなくしゃっとした表情だったり、先ほどのように照れてはにかむような表情だったり…ゲームでは見たことがなかったような表情を見せてくれたのだ。
 好きだったゲームのキャラクターが実際に目の前で、見たことがない様な表情をしてくれる…これが嬉しくないゲームプレイヤーなんていないと思う。
 だから、私はあえて自分が、あなた達の聖女様じゃないよなんてことは言わず、聖女として振舞ってみることにしたのだ。

「……まったく本当だよ!…キミが身を投げたって聞いて、心臓が張り裂けるような思いだった…。一命はとりとめたとは言え、その後もずっと目を覚まさないし…。ずっとずっと僕も生きた心地がしなかった……!……もう二度と…こんな想いをさせないでくれよ…?」

 私の謝罪の言葉に、アロルドは沈痛な面持ちで私の方を見つめ、そんな風に告げる。
 その真っ直ぐな瞳と表情に、思わずちくりという罪悪感と…寂しさのようなものが私の胸に刺さった。
 現実の私はともかくこの世界の聖女ユラはこんなに大事に思われているのに…と言う思いに羨ましさや妬ましさのようなものすら感じてしまった。

(どうせ夢なら、こんなモヤモヤした想い抱くのは損な気がしちゃうな…)

 現実でも言いたいことの一つもはっきりと言えないまま、向き合って戦うことも、何かを改善しようと努力することも出来ないまま、一人逃げ出してしまった。
 せめて夢の中でくらい、もうちょっと自由に生きたって良いのかも知れない。
 それを決意と言うのか、単なる開き直りと言うのかはわからないけれど、この瞬間私はそんな風に思った。

 どうせ現実では死んじゃったんだから。
 どうせこれはきっと死ぬ間際に見た短い夢なんだから。
 ここでくらい、自分の思うように振舞ったって……。

「……本当は私、嫌だったの」

 ぽつりと口から零れ落ちた言葉は、私がずっと言いたかった言葉。

「え?」

 アロルドが驚いたような声を上げる。
 私は構わず言葉を続けた。

「勝手に期待されて、それに応えられないと勝手にがっかりされて…。嫌な顔をされて…。……そんな風に、いつの間にかいろんなものを背負わされて…。誰かの為に何かをすることが、当たり前になって……。でも、それが辛かったの。辛くて辛くて…誰かにわかって貰いたくて、でも…それも出来なくて…………すごく…すごく苦しくて、………逃げ出したかったの」

 ここは現実の世界じゃない。
 私がこんなことを言ったって、何にもならないって本当はわかってる。
 でも、でも…どうせ夢なんだから、今まで吐き出せなかった私の本音を…心からのSOSを少しだけ曝け出したっていいじゃないか。

 私の目からは無意識に涙が溢れていて、言葉もつっかえつっかえになってしまっていた。
 頭の片隅では、ちょっとだけ冷静な私が、こんな風に泣きながら縋るなんて何だか子供みたいだなって思っていた。
 そのほとんど独り言みたいな、子供の言い訳みたいに拙い呟きを聞いたアロルドは一瞬大きく目を見開いて、次の瞬間には悲しさなのか怒りなのか、悔しさなのかもどかしさなのか、それらを全部滅茶苦茶に混ぜたような、複雑そうな表情かおをしたかと思うと、もう一度私の身体を強く強く抱きしめた。
 二度目のアロルドの抱擁は、先ほどみたいに優しいものではなくて、痛いくらいに激しいものだった。
 まるで、アロルドの方が私に縋りついているみたいだなって思った。


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