最果ての僕等 【ハイエナ】

コハナ

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クマのぬいぐるみを抱いた男の子と女の子が病室のベッドの上に座りテレビに映し出されたアニメに目を凝らしている。


「綺麗だね。あんなに長いドレスで歩いて転ばないかな?」
「転ばないように歩く練習するんじゃない?」
「私も大きくなったら長いドレス着れるかな?」
「りっちゃん似合いそう。」
「ふふん。じゃあ、たす君はネクタイの服着てよ。」
「いいよ。でもこれって結婚式で着るんだよ?」
「え?しないの?」
「え?!」
「たす君のお嫁さんになってあげる。」
「うん。」


そう言うと女の子は男の子に満面の笑みを向け「約束ね。」と小指を差し出した。男の子は恥ずかしそうにうつ向きながら頷くと女の子の小指に自分の小指を絡ませ指切りをした。廊下から「帰るよ」と女の子を呼ぶ声が聞こえ、指を離すと女の子が「今日も怖い夢見ませんように!」と男の子とクマのぬいぐるみの頭を撫でた。


「僕、りっちゃんが楽しいお話してくれるから怖い夢見ないし1人で寝れるようになったんだよ!」
「良かった!私もね、たす君とお喋り楽しいよ!」
「だからね、りっちゃんにこの子あげる!」
「え?いいの?」
「うん。りっちゃんこの子可愛いって言ってくれるでしょ?抱っこもしてくれるし。僕、男だけどぬいぐるみ持ってても笑わないし。」
「だって可愛いもん。ありがとう!じゃあ私もこれあげるね!手だして!」
「え?」


女の子は自分の右手首にはめていた紫と水色のビーズにユニコーンのチャームがついているブレスレットを男の子の右手首に着けた。


「これりっちゃんの宝物でしょ?」
「うん。たす君も宝物くれたから。これ私が作ったんだ!もし怖い夢見てもこれ着けてたらユニコーンがたす君を乗っけて楽しいところへ連れてってくれるよ!」
「ありがとう!僕、大事にするね!」
「私も!大事にする!」


女の子は男の子からもらったクマを抱き締めて白い歯を見せて喜んだ。


ピピピピッと起床時間を告げるアラームが鳴る。祐(たすく)は子供の頃の夢を見た。遠い記憶に懐かしい気もするが、今は眠気が勝って不快な音を出すスマートフォンを手探りで探しアラームを止めた。気だるい体を起こしてベッドから出る。部屋を出て階段を降り、洗面所に向かう途中リビングのソファで爆睡している父親の志治(ゆきじ)が目に入った。仕事から帰ってきてそのまま眠ってしまったらく、くたびれたシャツにスラックスを履いたままイビキをかいて眠っている。朝から汚物を見てしまったようで向かっ腹が立ちソファの背凭れを蹴って洗面所に向かった。蹴られた振動で志治が驚いて飛び起きた。部屋をキョロキョロ見渡すと祐が洗面所に入っていく後ろ姿が目に入り、志治も後を追って洗面所に向かった。


「おはよう。昨日帰ってくるなりそのまま寝ちゃったな。」
「‥‥。」
「体調はどうだ?」
「‥。」
「良く眠れたか?」
「くせぇ。」
「はっ!すまん。風呂に入ってくるわ。」
「‥。」


歯磨きをする祐の後ろから志治が祐に話し掛けるが、腫れ物扱いされるような言い回しに苛立ち刺々しい言葉を吐くと、歯磨きしながらリビングへ向かった。去っていく祐の後ろ姿に「無理するなよ!」と声を掛けてから志治は浴室に入った。リビングに向かうと母親の明日香が朝食の準備をしている。弟の渉はすでにダイニングテーブルに座り朝食を食べていた。祐はリビングの棚の上に置いてある消臭剤をソファに満遍なくスプレーを振りかけてからソファに座って歯磨きをしている。


「祐、おはよう。」
「‥。」
「朝ごはんはパンでいいかな?会社の人にね、体に優しいパンを教えてもらったの。食べてみない?」
「‥。」
「お母さん、この日参観日でね‥」
「この日は‥お兄ちゃんの定期検診の日なの。お父さんに行ってもらうように話しておくから。」
「‥うん。」
「祐も定期検診の日忘れないでね!」
「‥。」


明日香が話し掛けるが祐は返事をせず歯磨きが終わると洗面所に向かった。扱いの難しい年頃なのか、祐にどう接したらいいのか明日香は頭を悩ませていた。洗面が終わると祐はリビングを素通りして自室の2階へ向かう。階段を登っていく祐の後ろ姿に「お薬はちゃんと飲んでね。」と明日香が声を掛けるが、祐は返事をする代わりに部屋のドアをバタンと強く閉めた。部屋に入るとベッドに飛び込んだ。志治も明日香も祐の体調を気遣う言葉しか発しない。そんな毎日にうんざりする。渉も空気を察するのが上手くなってしまい、祐に遠慮しながら生活している姿を見ると胸糞が悪い。自分の家なのに居心地が悪くてため息が漏れる。ベッドから起き上がり手早く身支度を済ませると学校へ向かう為、再び階段を降りてキッチンへ向かう。流しでコップに水を入れて薬を飲もうとすると、明日香が気付いて冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを祐に手渡した。


「水道水で薬を飲むのやめなさい。こっちで飲みなさい。」
「‥。」


体に入れる物に煩い明日香は祐に言い聞かせるように話すと明日香からペットボトルを奪い取りソファに座り薬を飲む。すると志治が風呂から上がりリビングに来た。


「ふぅ、さっぱりした。」
「ゆき君、髪乾かしてから来てよ。風邪引くから。」
「ん?短いからすぐ乾くよ。珈琲いれてくれ。」
「はいはい。渉、早く食べないと集合時間になるわよ?」
「うん。ご馳走さま。」
「渉、気を付けて行けよ。」
「行ってきます。」
「祐も気を付けてな。しんどくなったら迎え行くから連絡しろよ。」
「‥。」


祐は薬を飲み終えるとダイニングテーブルに置かれた弁当を手に取り黙って家を出て行った。祐の後を追うように渉も家を出る。


「祐が何考えてるのか分からないわ。話し掛けても無視されるし。」
「そうゆう年頃だろう。親がうざったいんだよ。」
「でも、普通の子とは違うんだから話してくれなきゃ分からないわ。」
「時がきたら反抗期もおさまるさ。自立に向けて必要な成長過程だろ?」
「そうだけど。」
「それより、今度の定期検診で先生が何と言うかな。年々数値が悪くなってるんだろ?」
「ええ。このまま薬で良くなるのは難しいらしいから。移植の話が出てくると思う。」
「そうか。納得してくれるといいがな。」
「‥そうね。」


祐は生まれつき大病を患っている。幼い頃から入退院を繰り返し治療を受けているが完治が難しく、日常生活にも制限がかかっている。激しい運動は禁止されている為体育の授業は内容によって見学しなければならない。今は薬で調節しているが、1ヶ月に1度定期検査を受けている結果が芳しくない。担当医からは臓器移植を視野に入れた方がいいと言われていて、両親も臓器移植を受けて欲しいと懇願しているが祐は首を縦に振らない。移植を拒絶する祐の気持ちが分からず両親は思い悩んでいた。


最寄りのバス停に歩いて行く祐の後ろから小走りで渉が追いかけてきた。


「兄ちゃん、お腹空いてない?何にも食べてないだろ。」
「俺は朝から飯食えねぇの。」
「僕食べきれなかったから。はい、サンドイッチ。」
「いらねぇって。」
「僕の分は普通の食パンだから。美味しいよ。」
「‥。」
「あげる。ちょっとでも食べなよ。」
「おい!」
「じゃあね、行ってきます!」


渉は手提げ袋からラップに包まれたサンドイッチを取り出すと強引に祐に手渡し小走りで集合場所に向かっていった。渉はまだ小学5年生だというのに祐を気遣う姿を目の当たりにすると自分が不甲斐なく思えて胸が締め付けられる。明日香が祐だけを特別視している現況にも向かっ腹が立ち、思わず手に持ったサンドイッチをぎゅっと握りしめていた。近くのコンビニのゴミ箱にサンドイッチを捨てるとバス停に向かった。


「おはよう。」
「っ!?」
「今日は暑いね、もうすぐ10月になるのにさ。」
「‥。」
「‥。(祐の顔を覗き込む。)顔色いいね、良かった。」
「保護者かよ。」
「健康チェックしてあげたんでしょ!」
「そりゃどうも。」


先にバス停で待っていた幼馴染みの吏都(りつ)が祐を見つけると近寄って話し掛ける。祐は吏都の顔も見ず面倒臭そうに適当に返事をする。そこへバスが到着しバス停で待っていた乗客が次々と乗り込んでいく。通勤通学の時間帯のバスの中は寿司詰め状態だ。祐は背が高い為、易々と天井近くに設置された手すりに掴まった。しかし、小柄な吏都は他の乗客の壁に阻まれて身動きが取れない。

「たす君。助けて!」
「?」


祐を呼ぶ吏都の声は聞こえるが、人混みで何処にいるのか分からない。吏都が何とか右手だけ手を上げて祐に位置を教える。祐はため息をつくと、人混みを掻き分けて吏都の元に向かった。吏都の右手を引っ張り、一番近くの座席の手すりを持たせると、祐は吏都が押し潰されないように吏都の後ろに立ち天井近くの手すりに掴まった。


「ありがとう。いつになっても慣れないな。」
「そんだけ小さいのに小回り利かねぇの?」
「こんな人混みじゃ無理だよ。」
「どんくせぇ。」
「うるさいなー!」


吏都は振り向いて嫌みを言う祐の顔を見たが、祐はイヤホンをつけて音楽を聞き始めて1人世界に入り込んでいた。バスが動き始め、バス停につく度に人が増えたり減ったりを繰り返し、学校の近くまで来るとバスの中にゆとりが出来始めた。すると祐は吏都から離れた場所へ移動した。それに気付くと吏都も祐の後を追って隣に立った。祐の肩をとんとん叩くが無視して音楽を聴いている。吏都は祐の左側のイヤホンを外した。


「おい!」
「今日、学校終わったら明日香さんに用事あるから家行くね。」
「あ、そう。」
「たす君にも話したい事あるから早く帰ってきてね。」
「はあ?面倒臭せぇ。」
「待ってるからね。」
「知らねぇよ。つか、返せ。」


吏都の手からイヤホンを奪い返すとまた音楽を聴き始め、学校の最寄りのバス停に着くと黙っまま吏都の後ろを通り越しバスを降りて行った。バス停には祐の友達が4人待っていて合流すると学校に向かって歩いて行く。その横を吏都の乗ったバスが通過して行き何処と無く吏都の視線を感じたが祐は目もくれず、友達と他愛のない話をしている。楽しそうに話す友達らとは反対に、祐はどこか冷めた目付きでその場に連れ立っていた。
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