最果ての僕等 【ハイエナ】

コハナ

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放課後、祐が家に帰るとキッチンの方から賑やかな声が聞こえてきた。何事かと思い廊下からキッチンを覗くと、明日香と吏都と渉が何やら作業している。朝、吏都が家に来ると言っていた事を思い出し祐は顔をしかめた。3人に見つからないようにそっと2階にある自室へ向かおうとした。すると渉に見つかり「兄ちゃん!」と呼ばれ明日香が「お帰り。」と廊下に出てきた。キッチンから「たす君、ちょっと見てよー!」と吏都が大きな声で祐を呼ぶ。知らん顔で階段を登ろうとすると、先程より大きな声で吏都が「たす君ー!」と祐を呼ぶ。放っておくと面倒臭くなりそうで、祐は渋々キッチンに顔を出した。


「何?」
「見て!明日香さんに教えてもらってマカロン作ったんだ!」
「ふーん。」
「渉も手伝ってくれたんだよね?」
「うん!りっちゃんが作ったら材料が飛び散ってキッチンがぐちゃぐちゃになったけど。」
「初めて作るんだから、てんやわんやするよ!」
「初めてにしては上出来よ。」
「明日香さんの教え方が上手いから。」
「あ、そう。勝手にやって。」
「来週、うちの学校で文化祭あるじゃない?最後の文化祭だから手の凝ったお菓子でおもてなししたくたさ。」
「ふーん。」
「来てね。」
「は?行かねぇよ。」


祐がキッチンから出て行こうとすると、吏都が「たす君待ってよ!」と祐の服を引っ張って足を止める。祐が苛立ち「離せって!」と不機嫌に振り替えると吏都が祐の口にマカロンを押し込んだ。


「んっ!?」
「本番はもっと美味しいの作るから。」


祐に満面の笑みを向ける吏都は、夢でみた子供の頃と何も変わらない無垢な姿に祐の胸が熱くなった。口に入れられたマカロンを飲み込むと「気が向いたらな。」と素っ気なく返事をして部屋に向かった。吏都が「待ってるね。」と階段下から声を掛けるとキッチンに戻って行く。


「吏都ちゃん。祐にあまり甘い物食べさせないでね。体の負担になるといけないから。」
「はい。でも、たす君の食べれそうな物はちょっとでも食べて欲しくて。お菓子にだって何かしらの栄養素は入ってると思うし。それにたす君に食べさせたのは野菜のマカロンだよ。」
「そうだけど。」
「体力なくなったら元も子もないでしょ?」
「‥そうね。」
「お母さん、りっちゃん!オーブンから煙出てきたけどいいの?」
「良くない!」
「吏都ちゃん、止めて!」


祐が階段を登りきっても吏都達の騒がしいやり取りが耳に入る。明日香や渉とは違い、祐に気を遣わない吏都が居ると重い空気に包まれた居心地の悪い家が窓を開け換気したかのように少しだけ清清しい空間に変わった。吏都に食べさせられたマカロンの人参と柑橘系のジャムの味が口の中に余韻を残すと荒んだ感情が浄化されていくようだった。


翌日の昼休み。祐の机の周りに仲の良い男友達の蜂谷、佐々原、岩井、木戸の4人がお弁当を持って集まってきた。各々が机をくっ付けるとお弁当を広げていく。


「なぁ、来週女子高の文化祭って知ってた?」
「マジ!?行きたいー!」
「みんなで行こうぜ!」
「どんな模擬店やるんだろうな?」
「やっぱメイド喫茶とか?」
「行く!絶っ対に行く!」
「祐も行くだろ?」
「‥。」
 

祐はお弁当の入った保冷バックを開けると固まっていた。弁当の上に昨日吏都が作ったマカロンが乗せられていた。「感想聞かせてね。」と付箋で貼られたメモまで添えられている。


「感想聞かせてね。」
「見るなよ。」


祐の隣に座っていた蜂谷が棒読みでメモを呼んだ。すると他の3人も祐の周りに集まり祐の保冷バックを覗き込み「何これ!」「女子の字だ!」「詳しくっ!?」と騒ぎ立てる。祐はため息をつくと、保冷バックから透明の袋にラッピングされたマカロンを取り出し机に置いた。


「昨日幼馴染みが俺ん家で母親と弟と作ってたんだよ。‥毒味しろって事かよ。」
「何それっ?!少女漫画みたいな展開!」
「どうして祐の家で作ってたの?」
「うちの母親が製菓学校行ってたの知ってるから教わってたんだろ。」
「すげぇな祐の母ちゃん!」
「いいなー!女子の手作り!」
「やるよ。」
「えぇ!!いいの?!」
「これくれたのって毎朝一緒にバスに乗ってる子?あの子の制服って女子校の制服だったよね?」
「‥ああ。」
「マジでっ!?よし、みんなで文化祭行くぞ!」
「俺はパス。」
「何言ってんだよ!祐が来なきゃ女子とのパイプが出来ねぇだろうが!」
「そうだ!こんなむさ苦し男子校から俺らを救いだすと思って!お願いしますっ!祐様!!」
「行こうぜ、祐!蜂谷も行くだろ?」
「うーん‥祐が行くなら行こうかな。」


佐々原、岩井、木戸が祐に祈りながら熱い視線を送り見つめている。根負けした祐はため息をついた頷いた。


「‥わかったよ。」
「っしゃあ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


佐々原、岩井、木戸の3人は歓喜の雄叫びを上げて飛び跳ねたりハイタッチしたりして喜んでいる。


「蜂谷、面倒臭せぇ言い回しすんなよ。」
「アイツらだけだと騒がしいだけだし。1日くらい付き合えよ。」
「だりぃ。」


祐が仏頂面で頬杖をついていると、再び3人が祐の側に寄ってきた。


「祐様。あの‥そちら頂いてもいいでしょうか?」
「あ?‥うん。」
「ありがとうございますっ!!」
「このご恩は一生忘れません!孫の代まで語り継がせて頂ます!」
「大袈裟だな。4つ入ってんだろ?1人1つずつな。蜂谷も食えよ。」
「祐は?」
「俺はいい。」


祐がマカロンの入ったラッピングされた袋を蜂谷に渡すと、佐々原と岩井と木戸が「俺んだっ!」「よこせっ!」「バカ!潰れるって!」と闘争心剥き出しで群がる。それを横目に祐が席を立ちあがった。


「弁当食べないの?」
「今日はパンの気分なの。購買行ってくるわ。先食ってて。」
「うん。」


蜂谷が気付いて声を掛けるが、ヒラヒラと手を振って祐は教室を出て行った。購買でコロッケパンとクリームコロネを買い、自販機でフルーツオ・レを買うと教室には戻らず体育館とプールの間の通路に座り、ポケットからイヤホンを取り出して音楽を聴きながら食べ始めた。雑音が聞こえない程に音量を上げて聞くお気に入りの曲と誰からも干渉されない1人の空間はひどく心地が良い。たまに吹き抜ける風がさらに居心地を良くしていく。このまま此処に身を預けていたいと思うが無情にも予鈴のベルが微かに耳に届いた。現実に引き戻されたようで深くため息をつくとイヤホンを外して教室へ向かった。


放課後、蜂谷と2人でバスを待つ。


「蜂谷今日はバス?」
「うん。夕方雨予報だったから自転車やめたんだ。」
「そうなんだ。アイツらは?」
「佐々原達は佐々原ん家で桃鉄やるんだって。桃太郎ランド買うまで帰れまてんって言ってたよ。」
「何それ。朝までやる気か?」
「はは。アイツら好きだからね、ゲーム。祐はやらないの?」
「俺はいいや。蜂谷は行かねぇの?」
「僕はテスト近いからパス。」
「真面目な事で。」
「補習になって冬休み学校来るのだるいしね。」


他愛ない話をしているとバスが到着して2人で乗り込む。すると、吏都が先に乗っていて祐に気付くと祐の所へ駆け寄ってきた。


「たす君!今帰りなの?一緒になるなんて珍しいね。」
「別に。」
「あれ?もしかしてマカロンの?」
「え?」
「お前さ、勝手な事すんなよ!」
「どうだった?私としてはピンク色のがお勧めだったんだけど。ビーツって野菜を使って作ったんだよ。」
「あっ!それ僕が食べたな。」
「そうなの?」
「中のブルーベリーのジャムと調和が取れてて美味しかったよ。」
「そっか。良かった。」
「僕が食べちゃってごめんね。お弁当食べる時にみんなが群がっちゃったから祐が分けてくれたんだ。」
「そうだったんだ。たす君優しいね。」
「その呼び方やめろって。」
「はは。仲が良いんだね。」
「ただの腐れ縁。」
「焼けちゃうな。名前は何て言うの?」
「あ、水無瀬吏都です。」
「僕は蜂谷准平。来週文化祭お邪魔させてもらうね!ね、祐。」
「え!?来てくれるの?」
「おい、蜂谷!余計な事しゃべんな!」
「吏都ちゃんは模擬店何するの?」
「私は茶道部だからお茶を点てるの。」
「茶道部か。すごいね。」
「いや、茶道部なら部活しながら美味しい物食べれるかなって安易な理由で入ったんだけどね。」
「はは。それでも3年間続けてるんだからすごいよ。」
「部活仲間も仲良いいから楽しくて。よかったら茶道部にも来てね。」
「もちろん、行かせてもらうよ。じゃあ僕は此処で降りるから。またね吏都ちゃん。」
「うん。」
「祐、明日ね。」
「おう。」


2人を残して蜂谷はバスを降りた行った。


「蜂谷君、いい人だね。」
「は?」
「初対面なのに親切に話してくれるし。」
「お前じゃ相手にされないって。」
「そんなんじゃないよ!たす君にいい友達がいて良かったなと思ったの。」
「ふーん。」
「文化祭来てくれるの嬉しいな。たす君にはサービスするね。」
「気が向いたらな。」
「ふふ。」


吏都は祐の隣で顔を綻ばせてバスに揺られている。祐は吏都が自分に向ける好意を孕んだ言動に胸の高鳴りと病気が気掛かりで吏都の気持ちに応えられないもどかしさが入り乱れた複雑な心境に、険しい表情で手すりを握りしめていた。
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