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1st phase 領地獲得

小競り合い

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 中央に立つ男の装備に描かれた紋章から察するに、彼らはアイルド王国の正規兵のようだ。
どこか威圧的な態度なだけでなく、剣まで抜いていた。

「村の長はどこだ!今月の税がまだ納められておらぬぞ!早く出てこい!」

 大声を張り上げ、村長を呼んでいる兵士たち。
萎縮する村人たちを尻目に、ベルーガがズカズカと彼らの前に出る。

「うるせぇなお前ら。そんなに叫ばなくても聞こえるだろうが」

 そして、この態度。
並の男より体は大柄で、態度も大きくどちらかといえば敵対的、そんな男の登場に兵士たちは警戒する。

「誰だ、お前は。我々は王より拝命を受けて来ている。未納の税を取り立てよとな」

 ちらりとヌラと村長に目を向ける。
村長は明らかに「あ、ヤバい」と思ったのだろう、言葉を出さずとも察せるだけの顔になっていた。
そして、その変貌ぶりにヌラは肩を震わせながら、湧き上がる衝動を必死に噛み殺していた。

「……そんで?」

「これより、実った作物を我々が収穫し、そのまま持ち帰る。金品は自分で出せ。出さぬ場合は……サビになる覚悟アリと判断する」

 彼らが刃物を、チラつかせるどころか堂々と抜き身にしているのには、やはりそういう意図があったのだ。

「……お前は何なのだ?村長ではないな、その代理人か?ならばわかるであろう、我々とお前達の立場の違いが。分かったら、さっさと出すものを出せ」

「出すもんなんかねぇよ、バーカ。手ぶらで帰れや」

 相手の要求が耳に届いて、ノータイムでのこの返し。
兵士たちの額に青筋がピキリと浮かび始める。

「知らねぇみたいだから教えてやる。俺は新たな魔王、ベルーガ=カオス=ディアス。よろしく頼むぞ、ボンクラ国王の低所得な駄犬共」

 彼が名乗りを上げると、目の前の兵士たちは呆然と表情を浮かべる。
その後に、誰からともなく大声で笑い始めた。

「ま、魔王?お前みたいなバカガキが?……フハハ、わ、笑い死にしてしまいそうだ……ハハハッ!お前みたいな輩がいつかどこかに現れることくらい想像してたが、いざ目の前にするとおも、お、面白くてッ……ハハハハハッ!」

 十人の兵士たちが魔王一人を指さし、嘲笑う。
一方、村人たちは全員死体に変じたと誤解されそうな勢いで、青白い顔に変わっていく。

「ハハハッ!あいつら魔王を指さしてクソほど笑ってらぁ。クソオモロ」

 そして、後ろから何故か一緒になって笑っているヌラの声。

「お前がジョークの達人なのは分かった。もういいから、村に立ち入らせてもらうぞ」

 隊長格の兵士がベルーガの脇を通ろうとしたその時、金属に巨岩を叩きつけたかのような音がドカンと響き、その兵士の体が10mほど吹き飛んだ。

「ハハ……ハ……はぁ?」

「は……え?な、何が起きた……?」

 笑っていた兵士の声が一気に消えていく。

「バカには分かってなさそうだから、ハッキリと言ってやる。勝手にこの村に踏み入るんなら、略奪者扱いで全員ぶち殺す。いいな?」

 吹き飛ばされた兵士の鎧には、クッキリと拳の跡が残っていた。
そしてその跡は、目の前の男が突き出している拳の形と一致しているように見えた。

「お、お前……何したか分かってンのかァッ!?王国の兵士に手を出す、それも隊長格に!それがどれほどの大罪か――」

「ゴネゴネ言ってねぇでよぉ、文句あんならかかってこいや。それとも、魔王と殴り合う度胸はねぇか?」

 兵士たちの獲物の切っ先が、たった一人の男に向けられる。
村人たちからは小さく悲鳴があがり、ヌラはニヤニヤ笑いながら眺めている。

「いい度胸してるよな。お前らが一万人いても敵わないような化け物を、指さして笑うんだから」

 兵士たちがベルーガを取り囲む。
一撃で鎧を着込んだ人間一人を殴り飛ばした目の前の男が相手なのだ、先程までとは打って変わって緊張した面持ちに見える。
そして相対するベルーガは、半笑いでなんの抵抗することもなく、黙って囲まれるのを待っていた。

「教えてやる。数で押そうが囲もうが、絶対に勝てない相手が世界には居るってことをな」

「ほざけエエエッ!」

 真後ろにいた兵士が大声を上げ、大上段に構えた剣を脳天めがけて振り下ろした。
だがそれを、まるで見ていたかのように避け、側頭部めがけて回し蹴りを食らわせ、またしても吹き飛ばす。

「おのれ、このクソガキめが!」

 腰のあたりを狙い、横一文字に振られた剣をその場で飛び跳ねることで回避すると、その際に曲げていた足を伸ばした勢いで兵士の顔面を蹴り飛ばす。

「な、なんて野郎だ……。もしやこいつ、本当に――」

 本当に魔王なのでは。
そう言葉を発するよりも先に、顔面に拳が炸裂する。
次に隣の兵士の顎が蹴り上げられ、後ろから襲いかかった兵士が投げ飛ばされ、怯えた様子の兵士と衝突させられ双方ともに失神させられる。

 兵士たちは次々に殴られ、蹴られ、投げられ、最初にベルーガが手を出してから1分足らずで、兵士たちは皆、地に伏していた。

「失神七人、痛みで動けないのが二人。で、お前はどーすんだ、隊長さんよ?」

 破壊された鎧を脱ぎ捨てた男が、剣を握って立ち上がる。
それは他者を嘲笑う愚者でもなく、傲慢な雑兵でもなく、眼前の強敵に立ち向かわんとする武人であった。

「やればできるじゃないか、まともな軍人として立ち上がるってことが」

「黙れ……小僧が……!これでも、戦闘指南資格二級だ……甘く見るな!」

「その資格にどの程度の価値があるのかさっぱりわからんが……そのへんに転がってる雑兵よりそれなりに強いのはなんとなく分かったよ」

 ベルーガがそう判断したのは、自分の知らない資格を口にされたからでは断じてない。
決して軽くはないダメージを受けながらも、武器をまともに構え、怯まず、恐れず、威圧する姿を、正しく評価したからだ。

「お前がどんな資格を持っていようが、俺は喧嘩拳法一億段だ。間違っても勝ち目はねぇぞ」

「ほざけよ、ガキがァッ!」

 部下の兵たちよりもずっと隙のない斬撃が、一撃、二撃とベルーガを襲い、空を切る。
そして三撃目、そこでベルーガの拳が動いた。

「ぐおっ!?」

 振り下ろされる刃を真正面から打ち砕くは、正しく魔王の拳。
皮一枚の切り傷と引き換えに、彼の振るった剣は砕け散った。

「言ったろ、お前に勝ち目はない!」

 次の瞬間、彼の視界は暗転する。
自分が顔面の中心を殴られ、意識を失ったのだと知るのは、この日より数日あとのことであった。
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