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⑧★嘔吐表現あり★
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やがて父が戻ってきた。手には片付けてきた洗面器の代わりに、体温計と新しいタオルがある。
「……測るぞ。」
無駄な言葉は交わさず、父は看病セットから体温計を取り出し、景介の脇にそっと差し込んだ。景介は微かにうなずき、そのまま身を任せる。
体の奥からじわじわと熱が広がっているのを、自分でも感じていた。
二人の間に静けさが満ちる。体温計の電子音が鳴るのを、じっと待つ。
やがて”ピピッ”という音が部屋に響き、父は迷いなく体温計を引き抜いて、その数値を確認した。
「……37.4。微妙だな。」
声に焦りはないが、警戒している様子がにじむ。
「上がるかもしれん。……様子見だな。」
そう言って、父は体温計を元の場所に戻し、静かに立ち上がった。
そのまま部屋を出て行き、しばらくして自分の布団を抱えて戻ってくる。
景介の布団の隣に静かに敷きながら、何も言わずに寝る準備を始めた。
「ここで寝んの?」
景介の問いに、父はちらとこちらを見て「ああ」とだけ言って布団に潜り込んだ。
「俺ひとりでへーきなんだけど。」
小さくそう言った景介の声に、父はすぐには答えなかった。布団の中で寝返りを打つような気配がしてから、ぼそりと返ってきた。
「起きたとき、誰もいないと心細いだろ。」
その声は、思ったよりも優しかった。
返す言葉が見つからず、景介は枕に顔をうずめる。熱がまた少し上がっているのか、顔にじんわりと汗が滲み、体もだるさで重く感じた。
「……いや、俺、中学生なんだけど。」
唇が乾いてうまく動かず、思ったよりも弱々しい声になった。
「早く寝なさい。」
景介は小さくため息をつきながら目を閉じ、ぼんやりとした意識の中に沈んでいった。
夜が深まるにつれて、部屋の中はますます静けさを増していた。月明かりが障子の隙間から差し込み、床にぼんやりとした影を落としている。
景介はうつらうつらと浅い眠りの中にいたが、突き上げるような吐き気で目を覚ました。喉の奥がじんわり熱く、胃の底からこみ上げてくるものをどうすることもできない。
「……っ、また……」
声にならない呻きとともに、ゆっくりと体を起こす。その動きに気づいたのか、隣で寝ていた父がすぐに身を起こした。
すぐに洗面器を差し出す。何度目かの嘔吐に、もう吐くものは残っていなかったが、空えずきと吐き気だけがしつこく残る。父は何も言わず、背中をそっとさすってくれていた。その手のぬくもりが、景介にとって唯一の安心だった。
ようやく嘔吐が収まり、景介は洗面器を抱えたまま小さく息を吐いた。
「……ごめん。」
「謝ることじゃない。」
父は手近なタオルで景介の口元を拭き、そのまま額に手を当てた。ぴたりと止まった指先に、父の眉がわずかに寄る。
「熱、上がってるな……ちょっと測ろうか。」
体温計を取り出し、景介の脇にそっと差し込む。父の手はまだ景介の肩に触れたままで、その温もりが心細さを和らげてくれるようだった。
静かな部屋に、電子音が鳴り響く。父が体温計を引き抜いて数値を確認すると、思わず小さく息を漏らした。
「三十九度……か。」
その言葉に、景介はうっすらと目を開ける。けれど、熱でまぶたが重く、視界もぼやけている。頭はじんじんと痛み、全身がだるくて力が入らない。吐いたあとの疲労と高熱で、体の芯からぐったりと沈んでいく。
「つらいな。……もう一度、汗拭こう。」
父はそう言って、濡らした新しいタオルを持ってきた。景介は目を閉じたまま、何も言わずに身を任せる。そのひとつひとつの手当てが、痛みや熱には届かなくても、心だけは少し軽くしてくれた気がした。
「……測るぞ。」
無駄な言葉は交わさず、父は看病セットから体温計を取り出し、景介の脇にそっと差し込んだ。景介は微かにうなずき、そのまま身を任せる。
体の奥からじわじわと熱が広がっているのを、自分でも感じていた。
二人の間に静けさが満ちる。体温計の電子音が鳴るのを、じっと待つ。
やがて”ピピッ”という音が部屋に響き、父は迷いなく体温計を引き抜いて、その数値を確認した。
「……37.4。微妙だな。」
声に焦りはないが、警戒している様子がにじむ。
「上がるかもしれん。……様子見だな。」
そう言って、父は体温計を元の場所に戻し、静かに立ち上がった。
そのまま部屋を出て行き、しばらくして自分の布団を抱えて戻ってくる。
景介の布団の隣に静かに敷きながら、何も言わずに寝る準備を始めた。
「ここで寝んの?」
景介の問いに、父はちらとこちらを見て「ああ」とだけ言って布団に潜り込んだ。
「俺ひとりでへーきなんだけど。」
小さくそう言った景介の声に、父はすぐには答えなかった。布団の中で寝返りを打つような気配がしてから、ぼそりと返ってきた。
「起きたとき、誰もいないと心細いだろ。」
その声は、思ったよりも優しかった。
返す言葉が見つからず、景介は枕に顔をうずめる。熱がまた少し上がっているのか、顔にじんわりと汗が滲み、体もだるさで重く感じた。
「……いや、俺、中学生なんだけど。」
唇が乾いてうまく動かず、思ったよりも弱々しい声になった。
「早く寝なさい。」
景介は小さくため息をつきながら目を閉じ、ぼんやりとした意識の中に沈んでいった。
夜が深まるにつれて、部屋の中はますます静けさを増していた。月明かりが障子の隙間から差し込み、床にぼんやりとした影を落としている。
景介はうつらうつらと浅い眠りの中にいたが、突き上げるような吐き気で目を覚ました。喉の奥がじんわり熱く、胃の底からこみ上げてくるものをどうすることもできない。
「……っ、また……」
声にならない呻きとともに、ゆっくりと体を起こす。その動きに気づいたのか、隣で寝ていた父がすぐに身を起こした。
すぐに洗面器を差し出す。何度目かの嘔吐に、もう吐くものは残っていなかったが、空えずきと吐き気だけがしつこく残る。父は何も言わず、背中をそっとさすってくれていた。その手のぬくもりが、景介にとって唯一の安心だった。
ようやく嘔吐が収まり、景介は洗面器を抱えたまま小さく息を吐いた。
「……ごめん。」
「謝ることじゃない。」
父は手近なタオルで景介の口元を拭き、そのまま額に手を当てた。ぴたりと止まった指先に、父の眉がわずかに寄る。
「熱、上がってるな……ちょっと測ろうか。」
体温計を取り出し、景介の脇にそっと差し込む。父の手はまだ景介の肩に触れたままで、その温もりが心細さを和らげてくれるようだった。
静かな部屋に、電子音が鳴り響く。父が体温計を引き抜いて数値を確認すると、思わず小さく息を漏らした。
「三十九度……か。」
その言葉に、景介はうっすらと目を開ける。けれど、熱でまぶたが重く、視界もぼやけている。頭はじんじんと痛み、全身がだるくて力が入らない。吐いたあとの疲労と高熱で、体の芯からぐったりと沈んでいく。
「つらいな。……もう一度、汗拭こう。」
父はそう言って、濡らした新しいタオルを持ってきた。景介は目を閉じたまま、何も言わずに身を任せる。そのひとつひとつの手当てが、痛みや熱には届かなくても、心だけは少し軽くしてくれた気がした。
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