酒に呑まれた一夜のあとで 〜騎士たちの日常・桜の季節〜

出 万璃玲

文字の大きさ
1 / 6

第1話

しおりを挟む

 酒は飲んでも飲まれるな、とはよく言ったものだ。特に、好いた相手と飲むときは。
 ……いや、好いた相手だったからよかったと言うべきか。これがもし、どうとも思っていない相手とだったらと考えると、罪悪感とおのれの無節操さにゾッとするところである。

 朝目が覚めて状況を把握したとき、俺は自分自身を殴りたくなった。第二騎士団の宿舎、自分の部屋のベッド、ここまでは普段どおり。違っていたのは、隣で同僚のヴァイオラがすやすやと眠っていたこと。それも、あられもない姿で。
 昨夜、一緒に酒を飲んでいたのは覚えている。楽しい時間だったはずだ。騎士として規律正しい生活を送る中での、たまの休日。同僚との気兼ねない酒席。場が盛り上がって、それで、つまり――そういうことだろう。

 ずっと密かに想いを寄せてきたヴァイオラ。彼女が相手だったからと言って、「よかった」ということにはならない。物事には順序というものがある。大事な相手ならなおさら。しかも詳細は記憶にない。一体何をやっているんだ……と、重い頭を抱えて愕然としたあと、しかし俺は腹をくくった。
 言うんだ、「責任を取らせてください」と。順番をたがえてしまったことについては申し訳もない、だけど俺はずっと君のことが――

「ラルフ、すまない。昨夜のことは、なかったことにしてほしい」
「…………へ?」

 けれどもいつの間にか目を覚ましていたヴァイオラに、俺の決心はあっさりと打ち砕かれた。


   * * *


 事の発端ほったんは、王女殿下が急に言い出した「働き方改革」だ。

 突然だが、我が国の騎士たちは皆、勤勉である。長らく平和が続いている現代の世にあっても、王家に忠誠を尽くし、主君と国民の安全のために働き、日々の鍛練を惜しまない。

 そんな中、王女殿下が近衞騎士の一人と結婚することになった。大変喜ばしいことだが、ひとつ問題が発生する。王女殿下のお相手の騎士も御多分にれず勤勉で、新婚旅行のために長期間も職務を離れるのは考えられない、と言ったとかなんとか。
 それで二人は喧嘩した――といっても微笑ましいものだろうが――挙げ句、王女殿下が言い放った。
「そもそもあなたたちは皆働きすぎなのです。たまには仕事を忘れ、家族や友人、恋人と過ごす時間を大切にするべきですわ!」

 そのとばっちり(?)で、我々騎士団員も、交代で一週間の休暇を取ることになった。「休暇中は、家族・友人・恋人等、各々おのおのの大切な相手と一緒に、食事や酒を楽しむ機会を設けること」というお達し付きで。


「うーん……、誰かと食事か……」
 王女殿下の通達に関して上官から話があったあと、隣でヴァイオラが小さくうなっていた。

 惚れた相手についてこう言うのもなんだが、彼女には友人らしい友人がいない。真面目な騎士たちの中でもずば抜けて真面目で、暇さえあれば剣ばかり振っているから。そもそも女性騎士は少なく、近くに似た立場の者がいれば気が合っただろうが、第二騎士団所属の女性は現在彼女だけ。
 男性陣はというと、簡単に言えば少々引いている。そこらの男性より強い彼女を恐れる者も多い。見るからに屈強で筋骨隆々、とかではまったくないのだが。
 剣を握ったヴァイオラは、瞳がすっと据わり、静かな威圧感を放つ。腕前は相当なもので、細身の体のどこからそんなに力強い斬撃ざんげきが繰り出されるのかと目を見張るほど。

 つまり、ヴァイオラは「剣術馬鹿」だ。聞くところによると、幼少期は言葉を発するより早く、そのへんにあった木刀を振り回して遊んでいたとか。そのへんに木刀がある家ってなんなんだという話だが、彼女の父は第一騎士団の要職に携わる、さらなる脳筋なのだから仕方ない。

 というわけで、鍛練と節制生活に明け暮れる彼女には、気軽に食事をするような友人はいなかった。
 チャンスだ、と思った。普段は彼女の生活を邪魔しないよう気を遣っているが、王女殿下の通達が名目であれば、誘いに乗ってくれるだろうと。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!

奏音 美都
恋愛
 ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。  そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。  あぁ、なんてことでしょう……  こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件

水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。 「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

氷の公爵の婚姻試験

潮海璃月
恋愛
ある日、若き氷の公爵レオンハルトからある宣言がなされた――「私のことを最もよく知る女性を、妻となるべき者として迎える。その出自、身分その他一切を問わない。」。公爵家の一員となる一世一代のチャンスに王国中が沸き、そして「公爵レオンハルトを最もよく知る女性」の選抜試験が行われた。

処理中です...