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第2話
しおりを挟むそうしてめでたく約束を取り付けた俺は、高鳴る胸を抑えて彼女との休日デートへ向かった。
待ち合わせは訓練場の前。念願の初デートにしては色気がなさすぎるが、いいのだ。きっと「デート」だと思っているのは俺だけ。彼女にとって、王女殿下の通達による同僚との食事なんて、職務の延長だろう。
案の定、彼女は騎士制服を纏って現れた。しっかり帯剣もしている。
颯爽という言葉がこれほど似合うひとはいるだろうか。とっくに待ち合わせ場所に着いて待つ俺のもとへ、真っ直ぐ芯の通った人影が歩いてくる。高い位置でひとつに束ねられた黒髪が、ふわりと揺れて、表面に紫の艶をつくっていた。
「すまない、待たせたか?」
「いや、俺も今来たところだ」
もちろん嘘だ。
「訓練場まで来たのに訓練できないとは……なんだかそわそわするな」
「仕事を忘れて」という言葉どおり、騎士たちは訓練も休むよう言われていた。ただし、一週間も訓練を禁じられてはさすがに腕が鈍るということで、休暇期間の最初の一日だけ。その初日である。落ち着かない様子で剣柄を弄っている彼女が仕事を忘れられているかどうかは、あやしい。
「まあ今日だけだし、せっかくだから休日を楽しもう。広場には祭りの屋台が出ているって話だ、行ってみないか?」
王都の街が祭り気分に包まれているのは、王女殿下の結婚を祝福してのことである。
教会前の広場には、軽食や菓子を売る屋台が立ち並んでいた。香ばしかったり甘かったり、食欲をそそる匂いがあちこちから漂う。春だというのに、樹々には冬にするような電飾が取り付けられている。夜になるとライトアップするらしい。
しかし、軽く一周して売り物のラインナップを確認したところで、ヴァイオラは不意に俯いてしまった。三食きっちり宿舎や訓練施設の食堂でバランスよい食事を取っている彼女には、祭りの屋台は気に召さなかったのかもしれない。
失敗したか……と反省していると、周囲の喧騒にかき消されそうなほどの音量で、隣から声が聞こえた。
「実は……、好きなんだ」
「え?」
「甘いもの。体づくりのため、普段は控えている。でも、今日は仕事を忘れてということだから……」
なぜだか許可を求めるように、俺のほうをちらりと見上げてくる。そんな捨て犬みたいな上目遣い、一体どこで覚えてきたんだ。………………。
言葉にならない想いが込み上げるのを必死に抑えて、俺は同僚として精一杯爽やかな笑みを浮かべた。
「ああ、今日は無礼講だ。今日くらい、甘い菓子でもなんでも思う存分に食べよう」
――だが、結果、無理。なんかいろいろ無理だった。俺の“爽やかで理解ある同僚ムーブ”は、絶えず薄氷の上に立たされることとなった。理性との戦い。
だって……、可愛すぎるのだ。ヴァイオラが。
「ラルフ、見てみろ! 揚げドーナツ、こんなに種類があるぞ。苺ジャムにカシス、チョコレートという手もあるのか、迷うな」
「あのバターがのったポテト、美味しそうだな……でも、さすがに食べすぎか?」
いつも剣術のことばかりの彼女が、祭りひとつでこんなにはしゃぐとは思わなかった。
職務や訓練中の彼女は真剣で、どちらかというと険しい顔つきをしている。周囲から怖がられる理由のひとつでもある。彼女のことを「可愛い」なんて言えば、男性騎士の同僚たちからは目を丸くされるかもしれない。
だが、わかってないなと俺は思う。休日の彼女は特別可愛いけれど、普段だって同じくらい可愛いのだから。
等級の近い騎士で、彼女と互角に剣でやり合える者はほぼいない。できれば練習相手になりたくないというのが皆の本音。だから彼女の相手は大概、少年時代から一緒に鍛え上げてきた俺になる。周囲からは同情の目を向けられるが、むしろ役得でしかない。
険しい表情が基本のヴァイオラだが、ある条件下においては屈託なく笑うのだ。それは、良い試合ができたとき。勝敗は関係ない。互いの力を余すことなく出し切り、とりわけ内容の濃い戦いができたと納得したときにだけ、彼女は嘘みたいに顔を崩して笑う。
……その輝きを知っているから、俺は好敵手の座を他の男に渡す気はない。
とはいえ、そんなふうに彼女が心底納得する試合ができるのは、年に数回のみだ。
だから、休日の彼女が予想を超えた可愛さで、試合では稀にしか見ることのできない笑顔に似た、崩れた表情をしていることに。俺は嬉しくてたまらないけれど、少々複雑な気持ちになった。
極めつけは、祭りの広場を出たあと、酒場に寄ったときのことだった。
広場のすぐ近くにあり、洒落すぎず、気軽に入れる雰囲気の店。店主夫婦の気配りが行き届いていて、酒だけじゃなく料理も美味しい。
騎士制服の俺たちを見た店主の奥さんは、「あら~、いつもご苦労様」と言って、ちょうど空いていた特等席に案内してくれた。建物の端の席はテラスと繋がっていて、大きな窓を開放してあるため、半屋外のようになっている。暖かな店内で寛ぎながら、やや湿った春の夜風が流れてくるのが心地よかった。
向こうに、先ほどまでいた広場の喧騒が見える。日が落ちたばかりの空は藍色で、地平線はまだうっすら橙色。その背景に華やかさを添え、そして幻想的にも見せているのは、ライトアップされた桜の樹々。光にも似た、限りなく淡い紅色。その下を行き交う人々の影。
「……綺麗だな」
そう呟いたヴァイオラの横顔に見惚れていると、飲み物が運ばれてくる。
店主の奥さんに勧められるがまま、「季節のおススメ酒」を頼んだ。東国のコメで作った酒で、ニホンシュというらしい。細長いグラスに入った透明な液体と、そこに浮かべられた小さな花を前に、ヴァイオラは目を見張った。
「なんだこれ、桜が浮いているぞ。可愛いな……!」
…………可愛いのは君だ。
続いて彼女の切れ長の瞳がふにゃっと三日月を描き、桜なんて忘れてしまうような笑みがこぼれて、俺はもうぶっ倒れそうになった。同時に、妬けた。
彼女のいい練習相手でいられるよう、俺はずっと剣の鍛練を欠かさなかった。そうやって必死で食らいついて、毎度全力で試合に挑んで、何十回何百回に一回見られるかどうかという貴重な笑顔。それが、こう易々と……。もはや何に嫉妬しているのかわからない。異国の珍しい酒か、桜か。
なんだか落ち着かない気持ちをやり過ごすため、ついハイペースで酒を煽ってしまった。彼女は彼女で、「普段は酒も控えているから、なんか新鮮だ。酒って楽しいな!」と。たぶん、酔うと楽しくなってしまうタイプの人間だ。
それで…………気づけば翌朝、二人して一糸纏わずベッドの中。彼女からの「なかったことにしてほしい」宣言。
俺の長い長い片想いは、口に出す間もなく散ってしまったようだった。
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