酒に呑まれた一夜のあとで 〜騎士たちの日常・桜の季節〜

出 万璃玲

文字の大きさ
2 / 6

第2話

しおりを挟む

 そうしてめでたく約束を取り付けた俺は、高鳴る胸を抑えて彼女との休日デートへ向かった。
 待ち合わせは訓練場の前。念願の初デートにしては色気がなさすぎるが、いいのだ。きっと「デート」だと思っているのは俺だけ。彼女にとって、王女殿下の通達による同僚との食事なんて、職務の延長だろう。

 案の定、彼女は騎士制服をまとって現れた。しっかり帯剣もしている。
 颯爽という言葉がこれほど似合うひとはいるだろうか。とっくに待ち合わせ場所に着いて待つ俺のもとへ、真っ直ぐ芯の通った人影が歩いてくる。高い位置でひとつに束ねられた黒髪が、ふわりと揺れて、表面に紫の艶をつくっていた。

「すまない、待たせたか?」
「いや、俺も今来たところだ」

 もちろん嘘だ。

「訓練場まで来たのに訓練できないとは……なんだかそわそわするな」

「仕事を忘れて」という言葉どおり、騎士たちは訓練も休むよう言われていた。ただし、一週間も訓練を禁じられてはさすがに腕がなまるということで、休暇期間の最初の一日だけ。その初日である。落ち着かない様子で剣柄をいじっている彼女が仕事を忘れられているかどうかは、あやしい。

「まあ今日だけだし、せっかくだから休日を楽しもう。広場には祭りの屋台が出ているって話だ、行ってみないか?」


 王都の街が祭り気分に包まれているのは、王女殿下の結婚を祝福してのことである。
 教会前の広場には、軽食や菓子を売る屋台が立ち並んでいた。香ばしかったり甘かったり、食欲をそそる匂いがあちこちから漂う。春だというのに、樹々には冬にするような電飾が取り付けられている。夜になるとライトアップするらしい。

 しかし、軽く一周して売り物のラインナップを確認したところで、ヴァイオラは不意にうつむいてしまった。三食きっちり宿舎や訓練施設の食堂でバランスよい食事を取っている彼女には、祭りの屋台は気に召さなかったのかもしれない。
 失敗したか……と反省していると、周囲の喧騒にかき消されそうなほどの音量で、隣から声が聞こえた。

「実は……、好きなんだ」
「え?」
「甘いもの。体づくりのため、普段は控えている。でも、今日は仕事を忘れてということだから……」

 なぜだか許可を求めるように、俺のほうをちらりと見上げてくる。そんな捨て犬みたいな上目遣い、一体どこで覚えてきたんだ。………………。

 言葉にならない想いが込み上げるのを必死に抑えて、俺は同僚として精一杯爽やかな笑みを浮かべた。

「ああ、今日は無礼講だ。今日くらい、甘い菓子でもなんでも思う存分に食べよう」


 ――だが、結果、無理。なんかいろいろ無理だった。俺の“爽やかで理解ある同僚ムーブ”は、絶えず薄氷の上に立たされることとなった。理性との戦い。
 だって……、可愛すぎるのだ。ヴァイオラが。

「ラルフ、見てみろ! 揚げドーナツ、こんなに種類があるぞ。苺ジャムにカシス、チョコレートという手もあるのか、迷うな」
「あのバターがのったポテト、美味しそうだな……でも、さすがに食べすぎか?」

 いつも剣術のことばかりの彼女が、祭りひとつでこんなにはしゃぐとは思わなかった。
 職務や訓練中の彼女は真剣で、どちらかというとけわしい顔つきをしている。周囲から怖がられる理由のひとつでもある。彼女のことを「可愛い」なんて言えば、男性騎士の同僚たちからは目を丸くされるかもしれない。
 だが、わかってないなと俺は思う。休日の彼女は特別可愛いけれど、普段だって同じくらい可愛いのだから。

 等級の近い騎士で、彼女と互角に剣でやり合える者はほぼいない。できれば練習相手になりたくないというのが皆の本音。だから彼女の相手は大概、少年時代から一緒に鍛え上げてきた俺になる。周囲からは同情の目を向けられるが、むしろ役得でしかない。
 険しい表情が基本のヴァイオラだが、ある条件下においては屈託なく笑うのだ。それは、良い試合ができたとき。勝敗は関係ない。互いの力を余すことなく出し切り、とりわけ内容の濃い戦いができたと納得したときにだけ、彼女は嘘みたいに顔を崩して笑う。
 ……その輝きを知っているから、俺は好敵手の座を他の男に渡す気はない。

 とはいえ、そんなふうに彼女が心底納得する試合ができるのは、年に数回のみだ。
 だから、休日の彼女が予想を超えた可愛さで、試合ではまれにしか見ることのできない笑顔に似た、崩れた表情をしていることに。俺は嬉しくてたまらないけれど、少々複雑な気持ちになった。


 極めつけは、祭りの広場を出たあと、酒場に寄ったときのことだった。
 広場のすぐ近くにあり、洒落すぎず、気軽に入れる雰囲気の店。店主夫婦の気配りが行き届いていて、酒だけじゃなく料理も美味しい。

 騎士制服の俺たちを見た店主の奥さんは、「あら~、いつもご苦労様」と言って、ちょうど空いていた特等席に案内してくれた。建物の端の席はテラスと繋がっていて、大きな窓を開放してあるため、半屋外のようになっている。暖かな店内で寛ぎながら、やや湿った春の夜風が流れてくるのが心地よかった。
 向こうに、先ほどまでいた広場の喧騒が見える。日が落ちたばかりの空は藍色で、地平線はまだうっすらだいだい色。その背景に華やかさを添え、そして幻想的にも見せているのは、ライトアップされた桜の樹々。光にも似た、限りなく淡い紅色。その下を行き交う人々の影。

「……綺麗だな」

 そう呟いたヴァイオラの横顔に見惚れていると、飲み物が運ばれてくる。
 店主の奥さんに勧められるがまま、「季節のおススメ酒」を頼んだ。東国のコメで作った酒で、ニホンシュというらしい。細長いグラスに入った透明な液体と、そこに浮かべられた小さな花を前に、ヴァイオラは目を見張った。

「なんだこれ、桜が浮いているぞ。可愛いな……!」


 …………可愛いのは君だ。

 続いて彼女の切れ長の瞳がふにゃっと三日月を描き、桜なんて忘れてしまうような笑みがこぼれて、俺はもうぶっ倒れそうになった。同時に、けた。

 彼女のいい練習相手でいられるよう、俺はずっと剣の鍛練を欠かさなかった。そうやって必死で食らいついて、毎度全力で試合に挑んで、何十回何百回に一回見られるかどうかという貴重な笑顔。それが、こう易々やすやすと……。もはや何に嫉妬しているのかわからない。異国の珍しい酒か、桜か。

 なんだか落ち着かない気持ちをやり過ごすため、ついハイペースで酒をあおってしまった。彼女は彼女で、「普段は酒も控えているから、なんか新鮮だ。酒って楽しいな!」と。たぶん、酔うと楽しくなってしまうタイプの人間だ。
 それで…………気づけば翌朝、二人して一糸纏わずベッドの中。彼女からの「なかったことにしてほしい」宣言。

 俺の長い長い片想いは、口に出す間もなく散ってしまったようだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!

奏音 美都
恋愛
 ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。  そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。  あぁ、なんてことでしょう……  こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件

水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。 「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた

ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。 マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。 義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。 二人の出会いが帝国の運命を変えていく。 ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。 2024/01/19 閑話リカルド少し加筆しました。

処理中です...