3 / 6
第3話
しおりを挟む「……はあ~~…………」
目覚めてとんでもない「やらかし」に気づいた日の晩、俺は酒場で盛大な溜め息を吐いていた。騎士団宿舎の裏手にある、前日のよりさらに気を張らない店だ。居酒屋という風体でありながら豊富な定食料理を出していて、場所柄、騎士団員の利用も多い。
グラスを片手に店の隅のテーブルへ突っ伏していると、隣に誰かが座る気配がする。視線だけを動かして見れば、同じ団に所属する先輩騎士だった。
「ラルフ、どうした? お前が飲んでるなんて珍しいな」
「いや、俺はもう酒は一生飲みません。これはオレンジジュース」
「はっ? オレンジジュースで酔い潰れられるって、お前すごいな。何かあったのか?」
「あったというか、ないことにされたというか……」
件の「なかったことにしてほしい」宣言のあと、俺が呆然としているうちに、ヴァイオラは平然と部屋を出ていった。昨日脱いだのであろう騎士制服を、下着から順番にきちんと着直してから。
途方に暮れた俺は、ひとまず普段どおりの生活を送った。というより、何も考えられなくて、それしかできなかったのだ。頭が働かない中、染みついた行動パターンが自動で繰り出される。シャワーを浴びて、軽食を取り、着替えて訓練場へ向かい……しばらく剣の素振りをしたところで気がついた。――訓練場にヴァイオラの姿がない。
緊急事態だ。彼女が理由なしに訓練を休むなんて考えられない。昨日だってそわそわしていたし。もしかして体調でも悪いのか? いや、待て……それって俺のせいじゃないのか? だって、昨夜……
俺は慌てて宿舎に戻った。彼女の部屋の扉を叩く、が、返事はない。留守か、居留守か。訓練場にいれば会えるかもと思い直し、再び剣を振りながら待っていたが、結局彼女は現れず。いろいろな想いを抱えきれなくなっての今である。
といった事の顛末を、俺は話さなかった。彼女の尊厳もある。だが何らかを察した先輩は、突っ伏したままの俺に肩を組んで絡んでくる。
「色気のある話か? 驚いたな。ラルフは、顔よし、家柄よし、剣の腕もある、というのに浮いた話が全然なかったから。でもそうか、お前にもやっとそういう話が……」
「…………」
「でもまあ、皆いろいろあるよな。そういえばついに、あのヴァイオラだって縁談が纏まったみたいだし。あいつは結婚せずに騎士を続けるのかと思っていたが」
「――ヴァイオラ?」
先輩の絡みが面倒で聞き流していたが、決して流すわけにはいかない話題が飛び込んできて、俺は勢いよく顔を上げた。
「ああ。今日、正装したお父上と一緒に、ドレスを来たヴァイオラが王宮を訪れていたって噂になってたぞ。あの家は婿を探していたから、無事見つかって、王家の承認を得に行ったんじゃないかって」
「知らなかった……」
――「なかったことに」って、そういうことか。縁談が決まっていたから、別の男との一夜の過ちはあってはならないと。
そもそもヴァイオラの縁談事情をまったく知らなかったことに、俺はさらに落ち込む。
彼女は恋愛や結婚には興味がないと決めつけて、同僚の立場にあぐらをかいていた。剣の好敵手でいれば、ずっとそばにいられると思って。
こんなことなら早く伝えればよかった。結婚したら、彼女は騎士を辞めるのか? あの笑顔も、誰かのものになってしまうのか。
彼女を思うなら、言われたとおり、昨夜のことについては口をつぐむべきだ。というか俺には何の記憶もない。せめて覚えておきたかった……いやそうじゃない、そうじゃなくて。
ずっと想ってきたんだ。彼女と対等にやり合えるようにと、それだけを考えて剣を磨いて。あの笑顔が見たくて。誰にも渡したくなくて。
「……なかったことになんか、できない」
俺が急に立ち上がったので、座っていた椅子が、がたんと音を立てて倒れた。呆気に取られる先輩にオレンジジュースの代金を押しつけて、店を飛び出す。
騎士団の要職に就くヴァイオラのお父上は、王都に屋敷を持っている。彼女が宿舎にいないということは、今日はそちらへ帰ったのだろう。俺は馬を借りて、屋敷までの道を急いだ。
夜分突然の訪問に、屋敷の使用人たちは当然驚いていた。が、おそらく俺の必死の形相や、騎士の身分などを見て、ひとまず玄関ホールに通してくれる。
「旦那様に確認してまいりますのでお待ちください」と言われたが、確認に行った使用人が戻るより前に。騒ぎを聞きつけたのか、ホール正面にある大階段から屋敷の住人のひとりが下りてきた。
「ラルフ? どうしたんだ、こんな時間に」
「ヴァイオラ……」
彼女は柔らかそうな白のブラウスと、ゆったりしたベージュのワイドパンツを身につけていた。長い黒髪は無造作に、普段より低い位置で結ばれている。
俺は階段下まで駆け寄って、堪えられず、口を開いた。
「聞いた、ヴァイオラが結婚するって。だからその前に伝えたくて。昨夜のことは、言われたとおりなかったことにするから、だけど」
昨夜のことはいい。……だけど、何年間も積もらせてきたこの想いは。
「君が好きだ。ずっと前から。それは、なかったことにできない」
1
あなたにおすすめの小説
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)
柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!)
辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。
結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。
正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。
さくっと読んでいただけるかと思います。
王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!
奏音 美都
恋愛
ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。
そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。
あぁ、なんてことでしょう……
こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!
王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~
石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。
食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。
そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。
しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。
何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。
扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件
水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた
ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。
マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。
義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。
二人の出会いが帝国の運命を変えていく。
ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。
2024/01/19
閑話リカルド少し加筆しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる