酒に呑まれた一夜のあとで 〜騎士たちの日常・桜の季節〜

出 万璃玲

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第3話

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「……はあ~~…………」

 目覚めてとんでもない「やらかし」に気づいた日の晩、俺は酒場で盛大な溜め息を吐いていた。騎士団宿舎の裏手にある、前日のよりさらに気を張らない店だ。居酒屋という風体ふうていでありながら豊富な定食料理を出していて、場所柄、騎士団員の利用も多い。

 グラスを片手に店の隅のテーブルへ突っ伏していると、隣に誰かが座る気配がする。視線だけを動かして見れば、同じ団に所属する先輩騎士だった。

「ラルフ、どうした? お前が飲んでるなんて珍しいな」
「いや、俺はもう酒は一生飲みません。これはオレンジジュース」
「はっ? オレンジジュースで酔い潰れられるって、お前すごいな。何かあったのか?」
「あったというか、ないことにされたというか……」

 くだんの「なかったことにしてほしい」宣言のあと、俺が呆然としているうちに、ヴァイオラは平然と部屋を出ていった。昨日脱いだのであろう騎士制服を、下着から順番にきちんと着直してから。

 途方に暮れた俺は、ひとまず普段どおりの生活を送った。というより、何も考えられなくて、それしかできなかったのだ。頭が働かない中、染みついた行動パターンが自動で繰り出される。シャワーを浴びて、軽食を取り、着替えて訓練場へ向かい……しばらく剣の素振りをしたところで気がついた。――訓練場にヴァイオラの姿がない。
 緊急事態だ。彼女が理由なしに訓練を休むなんて考えられない。昨日だってそわそわしていたし。もしかして体調でも悪いのか? いや、待て……それって俺のせいじゃないのか? だって、昨夜……

 俺は慌てて宿舎に戻った。彼女の部屋の扉を叩く、が、返事はない。留守か、居留守か。訓練場にいれば会えるかもと思い直し、再び剣を振りながら待っていたが、結局彼女は現れず。いろいろな想いを抱えきれなくなっての今である。


 といった事の顛末てんまつを、俺は話さなかった。彼女の尊厳もある。だが何らかを察した先輩は、突っ伏したままの俺に肩を組んで絡んでくる。

「色気のある話か? 驚いたな。ラルフは、顔よし、家柄よし、剣の腕もある、というのに浮いた話が全然なかったから。でもそうか、お前にもやっとそういう話が……」
「…………」
「でもまあ、皆いろいろあるよな。そういえばついに、あのヴァイオラだって縁談が纏まったみたいだし。あいつは結婚せずに騎士を続けるのかと思っていたが」
「――ヴァイオラ?」

 先輩の絡みが面倒で聞き流していたが、決して流すわけにはいかない話題が飛び込んできて、俺は勢いよく顔を上げた。

「ああ。今日、正装したお父上と一緒に、ドレスを来たヴァイオラが王宮を訪れていたって噂になってたぞ。あの家は婿を探していたから、無事見つかって、王家の承認を得に行ったんじゃないかって」
「知らなかった……」


 ――「なかったことに」って、そういうことか。縁談が決まっていたから、別の男との一夜のあやまちはあってはならないと。
 そもそもヴァイオラの縁談事情をまったく知らなかったことに、俺はさらに落ち込む。

 彼女は恋愛や結婚には興味がないと決めつけて、同僚の立場にあぐらをかいていた。剣の好敵手でいれば、ずっとそばにいられると思って。
 こんなことなら早く伝えればよかった。結婚したら、彼女は騎士を辞めるのか? あの笑顔も、誰かのものになってしまうのか。
 彼女を思うなら、言われたとおり、昨夜のことについては口をつぐむべきだ。というか俺には何の記憶もない。せめて覚えておきたかった……いやそうじゃない、そうじゃなくて。

 ずっと想ってきたんだ。彼女と対等にやり合えるようにと、それだけを考えて剣を磨いて。あの笑顔が見たくて。誰にも渡したくなくて。

「……なかったことになんか、できない」

 俺が急に立ち上がったので、座っていた椅子が、がたんと音を立てて倒れた。呆気に取られる先輩にオレンジジュースの代金を押しつけて、店を飛び出す。

 騎士団の要職に就くヴァイオラのお父上は、王都に屋敷を持っている。彼女が宿舎にいないということは、今日はそちらへ帰ったのだろう。俺は馬を借りて、屋敷までの道を急いだ。


 夜分突然の訪問に、屋敷の使用人たちは当然驚いていた。が、おそらく俺の必死の形相や、騎士の身分などを見て、ひとまず玄関ホールに通してくれる。
「旦那様に確認してまいりますのでお待ちください」と言われたが、確認に行った使用人が戻るより前に。騒ぎを聞きつけたのか、ホール正面にある大階段から屋敷の住人のひとりが下りてきた。

「ラルフ? どうしたんだ、こんな時間に」
「ヴァイオラ……」

 彼女は柔らかそうな白のブラウスと、ゆったりしたベージュのワイドパンツを身につけていた。長い黒髪は無造作に、普段より低い位置で結ばれている。
 俺は階段下まで駆け寄って、堪えられず、口を開いた。

「聞いた、ヴァイオラが結婚するって。だからその前に伝えたくて。昨夜のことは、言われたとおりなかったことにするから、だけど」

 昨夜のことはいい。……だけど、何年間も積もらせてきたこの想いは。

「君が好きだ。ずっと前から。それは、なかったことにできない」

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