酒に呑まれた一夜のあとで 〜騎士たちの日常・桜の季節〜

出 万璃玲

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第4話

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 ヴァイオラは静かにこちらを見上げていた。そして少しの沈黙を挟んでから、彼女にしては珍しく、歯切れの悪い答えを返してくる。

「えっと、そうか。それは、なんというか……ちょうどよかった」
「…………ん?」
「明日、ラルフのご両親のところへ行く予定だ。それで、お前に求婚する許可を得るつもりだった」
「キュウコン……求婚? 誰が、誰に」
「だから私が、お前に」
「え……、だって、それじゃあ、あの“なかったことに”っていうのは」
「お前に求婚するためには、いろいろクリアにしておくべき問題点があった。だから、なかったことにとそういう意味だったんだが……。その一言をそんなに気にさせてしまったとは知らず、すまなかった」


 ヴァイオラの説明によると。
 今朝俺の部屋で目を覚ました彼女は、「責任を取らなければ」と思ったらしい。なぜ女性のヴァイオラがそんな男前思考に至るのかとツッコみたいところだが、それは一旦置いておく。

 しかし一方で、彼女の家が婿を探していたのは事実だった。彼女には男兄弟がいないので、長女として婿を取り、家督を継ぐ予定だったと。それでお父上が婿探しに奔走していたが、話はなかなか纏まらなかった。
「剣ばかり振るっている私と結婚したい者などいないだろう」と彼女は言ったが、そんなことはないと声を荒らげそうになった。あとたぶん、縁談が纏まらなかったのは彼女のお父上が怖いとか、お父上が「軟弱男にヴァイオラはやれん」と言ったとか、なんかそういうが浮かんできたが、黙っておいた。

 それなら早く俺に声をかけてくれれば……と思ったが、俺ははなから対象外だったそうだ。王家の近しい親戚の、公爵家の三男に縁談を持ちかけられるわけないだろう、と。
 そう、好き勝手やっているせいで時々自分でも忘れそうになるが、俺は一応公爵家の息子だ。とはいえ現代の我が国において身分はさほど厳格ではないし、ゆるく育てられた三男なのでいつでも婿に行ける。もちろんヴァイオラ以外のところに行く気はないが。

 ともかく、ヴァイオラはこの休暇を利用して、俺に求婚するまでの問題点をつぶしていくことにした。
 まずは、婿探しをしてくれていた父親に詫びる。次に、格下の家から公爵家へ縁談を持ちかけることについて、王家へ伺いを立てる。それから俺の両親へ、と、礼儀正しい根回しの道筋が描かれていた。

 彼女がそれほど真剣に俺との結婚を考えてくれていたということに、胸がいっぱいになる。


「あの、じゃあ、もしかしてヴァイオラも俺のことを……」
「私が色事にうといのは知っているだろう。正直、よくわからん」

 うん、想定内だ。傷つかない。

「でも、今朝初めて結婚相手にと考えたとき、お前がずっと私のそばにいるのはすごく自然なことに思えた。それじゃ駄目か?」

 いいや駄目じゃない、全然駄目じゃない。十分すぎるくらいだ。………………。

「……おっと」

 ついに、俺の情緒は決壊した。周りの視線とか場所とかそんなものは全部目に入らず、ヴァイオラを抱きしめる。
 彼女は小さく驚きの声を上げながらも、俺を受け止め、優しく背中を撫でてくれる。


「あと一応言っておくが、昨夜、私たちはたぶん何もしていない」
「……え?」
「医師の診断を受けた。といっても、ちょっと話をしただけで終わったが。妊娠したとしたら、剣の稽古はよくないかと思ってな。でも、そんなにすぐわかるもんじゃないし、初めてなのに体に一切の違和感がないというのはさすがに考えられないと医師が……」
「わー! いい、いい、詳細な説明はいいから。ってことは、ヴァイオラも何も覚えてないのか?」

 彼女があまりに赤裸々に話をするので、俺は使用人たちの存在を思い出し、慌てて遮った。

「なんとか思い出そうとしたんだ。昨夜気づいたらラルフの部屋で、お前が床で寝ていたから、寝るならベッドで寝ろ、と私が言って。で、お前が制服のままベッドに入ろうとするから、制服は騎士の誇りだ、ちゃんとハンガーにかけろ!と……私も酔っていたから、なんかそのまま全部脱がせたような……?」
「…………」
「で、私も寝るなら制服をちゃんとしないと、その前に風呂だと思って脱いで、その次の記憶はもう朝だ」

 もはやどこからツッコんでいいのかわからないし、男としていろんな意味で情けないことこの上ない。

「じゃあ、責任を取るっていう必要もないんじゃ……」
「ああ、ラルフがそれでいいなら縁談も取り下げるぞ」
「いやいい、どうかそのままで! 俺はヴァイオラと結婚したいです!」
「そうか?」

 彼女は試合前のような不敵な笑みを浮かべて、こちらへちらりと視線を寄越す。それが、ふっとほころんで。

「何もないとわかってからも縁談を進めていたのは……もしかしたら私も、お前と結婚したかったのかもしれないな」


 再び彼女の身体を強く抱きしめ直す――どうか、それだけでなんとか踏みとどまった俺を褒めてほしい。

 彼女の黒髪が、ふわりと俺の鼻先をくすぐった。石鹸のような香りがして。玄関ホールのシャンデリアの灯りを映し、紫に艶めく輝きはオーロラみたいだと思った。きっと、しっかり手入れがなされているのだろう。剣のことしか頭になさそうなのに、こういう女性らしい部分にはどきりとしてしまう。
 それに、よくわからんとか言いつつ俺の気持ちを受け止めてくれる、男前なところも。もう、全部全部大好きだ。

 しばらく経ってから顔を上げると、玄関ホールには野次馬が増えていた。皆少し離れた場所から、何も見てないですよ、というていではいるのだが。
 そして、その野次馬の中にはヴァイオラのご両親の姿もあった。階段上の柱に隠れているが、丸見えである。お父上のいかめしい顔つきに、俺は息が止まりそうになった。

 だがお父上は別に、怒ってはいらっしゃらなかったようで。
「どうせ明日君のご実家に伺うのだから、このまま泊まっていったらどうだ? ヴァイオラの部屋で一緒に寝ればいい」とかとんでもないことを言われたが、それは丁重にお断り申し上げた。

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