酒に呑まれた一夜のあとで 〜騎士たちの日常・桜の季節〜

出 万璃玲

文字の大きさ
6 / 6

おまけSS:ヴァイオラ視点

しおりを挟む


 目が覚めると、違和感があった。ひたり、肌に直接寝具が触れる感覚。
 …………裸だ。

 ふと自分以外の気配を感じて隣へ視線を動かすと、同僚のラルフがいた。同じく裸。上半身を起こした体勢でがっくりと項垂うなだれ、片手で頭を抱えている。

 色事にうといという自覚はあるが、二十歳にもなれば一応の知識はある。これは……あれだ。まったく記憶にないが、彼が困っていそうなところを見ると、私がせまってしまったのかもしれない。
 こういうときは、どうすればいいんだ? ああそうだ、「責任を取る」というやつか。でも待て、ラルフの家は、気軽に縁談を持ちかけられるような家格ではない。一旦持ち帰って整理しよう。

 そう考えをまとめた私は、彼がこちらを振り向いたタイミングで口を開いた。

「ラルフ、すまない。昨夜のことは、なかったことにしてほしい」


   *


 私はその後すぐに、王都にある父の屋敷へ向かった。たまたま父も休日で、自室にいるというのでちょうどよかった。
 このところ、父は私の婿探しに尽力してくれていた。結婚しても騎士を続けたいという希望があり、しかも二十歳を過ぎた娘の婿を見つけるのは大変なことだろう。だから、父にはきちんと詫びねばならない。

 父は自室で、新聞を片手に朝食後のコーヒーを飲んでいた。私の訪問に気づいて視線をくれた父へ、端的に告げる。

「父上、すまない。私は生娘きむすめではなくなった」

 父はコーヒーを吹き出した。

「父上には婿探しの件で苦労させてしまっていたのに、申し訳ない。私は責任を取って相手と結婚しようと思う」
「…………相手の男は誰だ。腕をひねり上げてやる」
「それは私が困る。あいつが骨折して変なふうに骨がくっつきでもしたら、剣の稽古に付き合ってもらえなくなる」
「なんだ、相手は騎士か。ヴァイオラの稽古についていけるとはそれなりに腕があるようだが、それとこれと話は別だ。捻るのは利き腕じゃないほうにする」
「まあそれなら……じゃなくて、たぶんあいつは悪くない。迫ったのは私だ」
「何?」
「だから責任を取ろうと思ったんだが、向こうは公爵家の息子だ。この場合、先に王家へ伺いを立てる必要があるだろうか?」
「ああ、まあ、そのほうがいいだろうな。うむ、公爵家で騎士というと……あああれか、昔ヴァイオラに剣で負かされて泣きべそをかいていたご子息か」
「そんなことあったか?」
「ああ、隠れて泣いていたぞ。彼がヴァイオラと互角に戦えるようになったとはな、まあそれはいい。お前自身はそれでいいのか? 彼が結婚相手で」
「私?」

 私はそこで初めて、彼が自身の夫となることへと意識を向けた。
 父に婿探しを始めてもらってからも、結婚は家督を継ぐための手続きだと思っていたので、自分の中に誰かと添い遂げるというようなイメージは乏しかった。だが、「誰か」に具体的な人物が当てはめられたことで、ようやく想像に向かう。

「まあ、あいつなら」
「…………そうか」

 時々妹たちの話から聞く、男女間の恋愛感情というようなものは正直よくわからなかった。でも、ずっと隣にいる伴侶として描いたとき、彼の存在はとても自然に思えたのだ。


  * * *


(ラルフ訪問時、柱の陰からのぞき見していた、ヴァイオラ両親の会話)

「さっきね、ヴァイオラが自ら結婚相手を決めたというから、彼について聞いてみたの。あの子、『好きとか嫌いとかはよくわからん』って言っていたけど、二人の間にはちゃんと信頼関係があるように見えるわ。彼は、あの子のことを大切にしてくれそうだし」
「…………」
「ねえあなた、お顔が怖いわよ。もしかして、泣くのをこらえてらっしゃるの?」
「そんなことはない、元々こういう顔だ」
「うふふ」


  * * *


 (数日後)

 結婚の諸々に関して、父には急がないと言われたが、私としてはある程度流れを確認しておきたかった。結婚式の時期とか、それまでの準備とか。王家にも伺いを立てての縁談だったから、のんびりしすぎるのもどうかと思ったのだ。
 であればこの休暇のうちにと。ラルフに話がしたい旨を伝え、剣の訓練を早めに切り上げる日を決めて、時間を作ることにした。「お前の部屋でいいか?」と言ったら、ラルフはなぜか目を白黒させていたが。

 というわけでラルフの部屋で話をして。夕飯をどうしようかと思っていたら、彼が作ってくれた。「大したものじゃない」と言うが、美味しかったし、バランスも考えられていた。

「なんで公爵家の息子なのに料理なんかできるんだ?」
「いや……、その“公爵家”に対して反抗期みたいな頃があったというか。自立したかったのかもな、思い返すと恥ずかしい」
「へえ」

 騎士は互いの生まれを重視しない集団ではあるが、多少気にはするし、家の威光を笠に着るような者も時々いる。
 だがラルフにはそうした雰囲気が一切なく、周りに馴染む気さくさがある。生来の気質かと思っていたが、彼には彼なりにいろいろあったらしい。

「まあ、私は美味しいものを食べさせてもらって嬉しいが。でも……ラルフの容姿について女性たちが騒いでいるのは私でも知っている。家柄もよくて、料理までできるとなると、お前は私には勿体もったいない相手なんじゃないか?」
「いやそんなことはない。俺はヴァイオラ以外とは結婚しない」
「お前は趣味が変なのか?」
「どうしてそうなる……」

 ラルフは眉を寄せ、溜め息を吐いた。それから向けられた表情は、どう表したらいいか。彼は私を見るとき、たまに難しい顔をする。なんというか、何かにえているような。

「じゃあ、私はそろそろ帰るか。ひととおり話せたし。食事もありがとう、美味しかった」
「え……」

 彼のひたいのシワが深くなったので、面白いやつだなと思って見ていたら、そろりと手を握られた。

「まだ、帰ってほしくない……けど」
「けど?」
「あまり長く引き留めるのは危険だ。俺の理性が爆発する」
「なんだそれ」

 ラルフを見ていると、昔実家で飼っていた犬を思い出す。ふわふわした金色の毛が同じだ。外で遊んだあと、家に入ろうとしたらしゅんとするような感じも、一緒。

「わかった、もう少しだけいる」

 尻尾を振るのが見えた気がして、思わず頭を撫でてしまった。
 彼は一瞬目を丸くしたあと、再び何かに堪えるような表情をし、切なげな視線を寄越す。それをじっと見ていたら、いつの間にか顔が近づいてきて、唇が重なっていた。やっぱり犬だ、と思ったが、犬にしては優しくて柔らかかった。

 その後、彼は紅茶のお代わりを淹れてくれて、それがなくなるまでの間を一緒に過ごした。
 たしかに少し名残惜しいかもな、と、珍しく私もそんなことを思いながら自分の部屋に帰った。



   (fin)

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!

奏音 美都
恋愛
 ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。  そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。  あぁ、なんてことでしょう……  こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件

水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。 「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

氷の公爵の婚姻試験

潮海璃月
恋愛
ある日、若き氷の公爵レオンハルトからある宣言がなされた――「私のことを最もよく知る女性を、妻となるべき者として迎える。その出自、身分その他一切を問わない。」。公爵家の一員となる一世一代のチャンスに王国中が沸き、そして「公爵レオンハルトを最もよく知る女性」の選抜試験が行われた。

処理中です...