酒に呑まれた一夜のあとで 〜騎士たちの日常・桜の季節〜

出 万璃玲

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おまけSS:ヴァイオラ視点

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 目が覚めると、違和感があった。ひたり、肌に直接寝具が触れる感覚。
 …………裸だ。

 ふと自分以外の気配を感じて隣へ視線を動かすと、同僚のラルフがいた。同じく裸。上半身を起こした体勢でがっくりと項垂うなだれ、片手で頭を抱えている。

 色事にうといという自覚はあるが、二十歳にもなれば一応の知識はある。これは……あれだ。まったく記憶にないが、彼が困っていそうなところを見ると、私がせまってしまったのかもしれない。
 こういうときは、どうすればいいんだ? ああそうだ、「責任を取る」というやつか。でも待て、ラルフの家は、気軽に縁談を持ちかけられるような家格ではない。一旦持ち帰って整理しよう。

 そう考えをまとめた私は、彼がこちらを振り向いたタイミングで口を開いた。

「ラルフ、すまない。昨夜のことは、なかったことにしてほしい」


   *


 私はその後すぐに、王都にある父の屋敷へ向かった。たまたま父も休日で、自室にいるというのでちょうどよかった。
 このところ、父は私の婿探しに尽力してくれていた。結婚しても騎士を続けたいという希望があり、しかも二十歳を過ぎた娘の婿を見つけるのは大変なことだろう。だから、父にはきちんと詫びねばならない。

 父は自室で、新聞を片手に朝食後のコーヒーを飲んでいた。私の訪問に気づいて視線をくれた父へ、端的に告げる。

「父上、すまない。私は生娘きむすめではなくなった」

 父はコーヒーを吹き出した。

「父上には婿探しの件で苦労させてしまっていたのに、申し訳ない。私は責任を取って相手と結婚しようと思う」
「…………相手の男は誰だ。腕をひねり上げてやる」
「それは私が困る。あいつが骨折して変なふうに骨がくっつきでもしたら、剣の稽古に付き合ってもらえなくなる」
「なんだ、相手は騎士か。ヴァイオラの稽古についていけるとはそれなりに腕があるようだが、それとこれと話は別だ。捻るのは利き腕じゃないほうにする」
「まあそれなら……じゃなくて、たぶんあいつは悪くない。迫ったのは私だ」
「何?」
「だから責任を取ろうと思ったんだが、向こうは公爵家の息子だ。この場合、先に王家へ伺いを立てる必要があるだろうか?」
「ああ、まあ、そのほうがいいだろうな。うむ、公爵家で騎士というと……あああれか、昔ヴァイオラに剣で負かされて泣きべそをかいていたご子息か」
「そんなことあったか?」
「ああ、隠れて泣いていたぞ。彼がヴァイオラと互角に戦えるようになったとはな、まあそれはいい。お前自身はそれでいいのか? 彼が結婚相手で」
「私?」

 私はそこで初めて、彼が自身の夫となることへと意識を向けた。
 父に婿探しを始めてもらってからも、結婚は家督を継ぐための手続きだと思っていたので、自分の中に誰かと添い遂げるというようなイメージは乏しかった。だが、「誰か」に具体的な人物が当てはめられたことで、ようやく想像に向かう。

「まあ、あいつなら」
「…………そうか」

 時々妹たちの話から聞く、男女間の恋愛感情というようなものは正直よくわからなかった。でも、ずっと隣にいる伴侶として描いたとき、彼の存在はとても自然に思えたのだ。


  * * *


(ラルフ訪問時、柱の陰からのぞき見していた、ヴァイオラ両親の会話)

「さっきね、ヴァイオラが自ら結婚相手を決めたというから、彼について聞いてみたの。あの子、『好きとか嫌いとかはよくわからん』って言っていたけど、二人の間にはちゃんと信頼関係があるように見えるわ。彼は、あの子のことを大切にしてくれそうだし」
「…………」
「ねえあなた、お顔が怖いわよ。もしかして、泣くのをこらえてらっしゃるの?」
「そんなことはない、元々こういう顔だ」
「うふふ」


  * * *


 (数日後)

 結婚の諸々に関して、父には急がないと言われたが、私としてはある程度流れを確認しておきたかった。結婚式の時期とか、それまでの準備とか。王家にも伺いを立てての縁談だったから、のんびりしすぎるのもどうかと思ったのだ。
 であればこの休暇のうちにと。ラルフに話がしたい旨を伝え、剣の訓練を早めに切り上げる日を決めて、時間を作ることにした。「お前の部屋でいいか?」と言ったら、ラルフはなぜか目を白黒させていたが。

 というわけでラルフの部屋で話をして。夕飯をどうしようかと思っていたら、彼が作ってくれた。「大したものじゃない」と言うが、美味しかったし、バランスも考えられていた。

「なんで公爵家の息子なのに料理なんかできるんだ?」
「いや……、その“公爵家”に対して反抗期みたいな頃があったというか。自立したかったのかもな、思い返すと恥ずかしい」
「へえ」

 騎士は互いの生まれを重視しない集団ではあるが、多少気にはするし、家の威光を笠に着るような者も時々いる。
 だがラルフにはそうした雰囲気が一切なく、周りに馴染む気さくさがある。生来の気質かと思っていたが、彼には彼なりにいろいろあったらしい。

「まあ、私は美味しいものを食べさせてもらって嬉しいが。でも……ラルフの容姿について女性たちが騒いでいるのは私でも知っている。家柄もよくて、料理までできるとなると、お前は私には勿体もったいない相手なんじゃないか?」
「いやそんなことはない。俺はヴァイオラ以外とは結婚しない」
「お前は趣味が変なのか?」
「どうしてそうなる……」

 ラルフは眉を寄せ、溜め息を吐いた。それから向けられた表情は、どう表したらいいか。彼は私を見るとき、たまに難しい顔をする。なんというか、何かにえているような。

「じゃあ、私はそろそろ帰るか。ひととおり話せたし。食事もありがとう、美味しかった」
「え……」

 彼のひたいのシワが深くなったので、面白いやつだなと思って見ていたら、そろりと手を握られた。

「まだ、帰ってほしくない……けど」
「けど?」
「あまり長く引き留めるのは危険だ。俺の理性が爆発する」
「なんだそれ」

 ラルフを見ていると、昔実家で飼っていた犬を思い出す。ふわふわした金色の毛が同じだ。外で遊んだあと、家に入ろうとしたらしゅんとするような感じも、一緒。

「わかった、もう少しだけいる」

 尻尾を振るのが見えた気がして、思わず頭を撫でてしまった。
 彼は一瞬目を丸くしたあと、再び何かに堪えるような表情をし、切なげな視線を寄越す。それをじっと見ていたら、いつの間にか顔が近づいてきて、唇が重なっていた。やっぱり犬だ、と思ったが、犬にしては優しくて柔らかかった。

 その後、彼は紅茶のお代わりを淹れてくれて、それがなくなるまでの間を一緒に過ごした。
 たしかに少し名残惜しいかもな、と、珍しく私もそんなことを思いながら自分の部屋に帰った。



   (fin)

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