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一学期【恋する乙女】編
『恋する乙女』で『ストーカー』⑤
しおりを挟む慈愛院学園には人がほとんど寄り付かない教室がある。なぜ人が寄り付かないかと言うと、その教室が『幽霊教室』と呼ばれているからだ。昔、この学校の生徒が自殺したとか、殺されたとかでその生徒の幽霊がさまようになったという頭のおかしなテンプレ過ぎる噂話。当初は信じる奴なんているのかと思ったりもしたが予想以上に信じる人が多かった。その為、この教室は私にとってはいい場所だった。
私、結城琴乃葉は人の視線が怖い。特に同性からの視線。小さい頃は、クラスメイト達は私を蔑む視線で見たことは無かった。でも中学校に上がってから周囲から向けられる私への視線が変わった。
きっかけは些細な事だった。同じクラスで仲良くしていた女の子が恋していたサッカー部のエースと私がよく一緒に帰っていた事を目にしたから。
たしかに傍から見たら、恋人関係に思われても仕方ない。ただ、実際は幼馴染と言うだけで、私はこれっぽちも彼に恋心なんて抱いていなかった。多分、彼の方も。 でも、そんな事は彼女らには関係なくて、一緒に帰っている事実があれば他のことは言い訳にしか聞こえない。なんて勝手な言い分だろう。
そして--私への虐めが始まった。
『淫売』、『ビッチ』、『裏切り者』、『ブス』、『死ね』、『泥棒猫』、etc、机にそう落書きされて、何度、机を変えても消えない落書き。
これはまだ優しい方だ。
『あんたなんか死ね!』、『どうせ他の男も身体で誘惑してきたんでしょ!』、『なんであんたなのよ!なんで!!』と罵詈雑言を浴びせられながら暴力を振るわれた。
虐めはエスカレートする。
体育終わりに教室に戻ってみれば制服が無くなっていて、ゴミ箱に捨てられていた。
机の中にゴキブリや生ゴミ、使用済みのコンドーム(中身入り)が詰められていた。
かつて友達だった奴らと仲の良かった中学で柄の悪い男の子達に、無理矢理犯されそうになった事もあった。ただその時は幼馴染の彼に助けて貰ったから何事もなくて済んだ。
虐めは続いて、その矛先は私から家族にも向けられた。
まず、名門校に通う姉が心を壊された。
次に、弟が不登校になった。
父が私を虐めていた奴らと援助交際していた事が家族に知れ渡り、母は父と別れた。
そして--家族は崩壊した。
離婚した後、不登校の弟と意思のない人形状態の姉と私を養う母は徐々に心を潰されていき、気づけば暴力を振るわれるようになった。 特に私が。
いつもいつも殴られる度に吐きかけられる言葉。
『アンタが生まれてこなければ!』
それは、私の存在を完全否定する言葉。傷つかないわけがない。辛くないわけがない。肉親に言われたのだ。それ以上に辛いことはない。虐める奴らからどれだけ言われても辛くもなくて痛くもなかったはずの言葉が、私の心を蝕んだ。徐々に痛みに塗り潰されていく心。
やがて、私は殴られないようにするために、母の視界に入らないように過ごす事にした。母が起きる数時間前には家を出て、母が帰ってくる前に自分の部屋に鍵を掛けて引きこもる。トイレの時もお風呂の時も食事の時も出かける時も同じだ。
そんな壊れかけの私を支えてくれるのは美術室にある一人の卒業生が描いた絵だった。特に漫画やラノベに載っているようなイラスト。どのイラストにも描いた人の感情が込められている。その卒業生の絵には、『楽しい』という感情がこもっていた。それからというもの私は毎日のように美術室に通うようになった。
ある日、いつものように美術室に寄り、他にも卒業生の絵がないかを探していると、隠すように本と本の間にねじ込まれている1冊のスケッチブックを見つけた。 私はそれが誰のものかを確かめるために名前欄を確認すると、そこには--いつも見ていた絵を描いている人の名前である『久慈宮兄太』と記されていた。私はそのスケッチブックを迷わず開いて、絵を1枚1枚見ていく。最初の方は『楽しい』という感情のこもった絵だったが、途中から、違う感情がこもっていた。
『辛い』、『苦しい』。
それは負の感情。私も知っている感情。彼も私と一緒で苦しんでいたのだ。あんなに素晴らしい絵を描けても苦しいことや辛いことがある。そう思うと、彼も私と同じなんだと感じた。それから、私は彼の事を調べるようになった。教師に聞いたり、近所の人も聞いたりした。
そんな聞き込みが1週間続いた。それで分かったことは二つ。
① 慈愛院学園に通っている。
②名門美術高校から推薦がくるほどの絵の才能があったが、ある日を境に絵を描くのをやめた。
大して情報は集められなかったが、とりあえず方針は決まった。 自分も、慈愛院学園に行こうと。そこで生徒になれば彼に会えると思ったから。だから手始めに一人暮らしを始めた。母はあっさりと一人暮らしを許してくれた。全く驚きはしなかったが。こんな事は予想していたから。母が私を嫌っているのだから、いなくなってくれてせいせいしているに決まっている。
いじめは耐え抜いた。卒業するまで。
短いはずの時を長いと感じながらも耐え抜いて、そして卒業した。
受験は余裕で合格。後は彼を探すだけ。そのはずだったのだが、私は学校に行くことが出来なかった。別に病気とか、ズル休みとか、事故があった訳では無い。ただ、怖かった。
同性からの視線が・・・
見下しているような、侮蔑されているような、そんな気がして・・・怖かった。
入学式の後は一度も学校に行っていない。ただ家にこもって、偶に本屋やコンビニに寄るぐらいの不登校生活。お金に困ることは無い。というのも、中学三年生の時に興味半分で応募した小説がベルトラ文庫で最優秀賞になった事で、ラノベ作家になったからだ。売れに売れて、未だに重版されまくっている。 気づけば目的も忘れて、ダラダラとした日々を送っていた。 そんな時、私は彼を見つけた。 行きつけの本屋で。偶然にも。
顔や背格好は彼と同学年だった姉の卒業アルバムをこっそりと見て分かっている。だから、迷わずに彼だと分かった。その後は簡単だ。彼を連れて家に帰り、スケッチブックの話をした。その時の彼の表情に『辛い』、『苦しい』という感情がミキサーされたような感じだった。
「・・・謝らないと」
そう小さく呟く。これでは、私を虐めていたやつと一緒だ。他人を傷つける行為と同じだ。それが物理的な暴力じゃなくても。 最もタチが悪いのは精神的な暴力。私はソレを彼にしてしまった。トラウマを削られるのがどれだけ辛いことか自分は知っていると言うのに。
「・・・きっと」
「--後悔する、かな? 琴乃葉ちゃん」
背後から、ふいにそんな言葉がかけられた。私はビクッと身体を震わせ、反射的に後ろを振り返る。 と、そこにいたのは--
「昨日ぶりだね、琴乃葉ちゃん」
あの人達のような蔑んだ瞳でも見下すような瞳でも無い蒼い空のような瞳をこちらに向けた久慈宮兄太だった。
⑴
俺は絵を描くのが好きだった。 でも、あの時、挫折を知った。俺の絵は幼児が書くようなお絵描きの絵と同じだと言われた。腹が立たなかったといえば嘘になる。本当は腸が煮えくり返るほどムカついた。絵のコンクールで優勝した実績は数えられないほどある。 それでも、世界的に有名や絵描きの人には認められなかった。憧れていたからこそ、その人に認めてもらえなかったことが辛くて苦しかった。 だから、結城琴乃葉がスケッチブックを見せた時は思わず叫んでしまった。あの時憧れの人に言われた言葉がフラッシュバックして、結城琴乃葉がその人に見えてしまった。心を苦しみが蝕んでいくのが嫌という程に分かった。
幼馴染の雫や、親友の京治、新、桜花、それにクラスメイトも先生も俺の功績や才能を知ってはいるが、やめた理由を聞いてくる人はいない。皆、その話を俺の前では避けるから。1度だけ、京治がそう聞いてきたけど、多分、俺の表情で分かったのだろう。
辛いことなんだと。
苦しいことなんだと。
それはありがたいことではある、でも、逃げ続けるのはダメなのかもしれない。いつか、過去と向き合わなければならないのかもしれない。今はまだ怖いけど、頑張れば克服できるかもしれない。不安も恐怖も全部克服する日は遠い未来のことかもしれないけど、克服しないとダメだ。 だって--
「・・・逃げたら」
--きっと、
「・・・後悔する」
そして俺は結城琴乃葉がどこに居るのかがわかった。自分も辛い時や苦しい時に隠れていたあの場所。誰も寄り付かないからこそ最高な場所。 来た道を引き返して、思い当たる教室に向かった。
「・・・謝らないと」
小さな声だが俺が辿り着いた『幽霊教室』から聞こえた。彼女もなにか悩んでいる。自分もまだ悩んでるから、分かる。だから、一緒に乗り越えるために声をかけるんだ。俺は息を吸って、吐く。そして扉に触れて、
「・・・きっと」
中から聞こえる声は何かを覚悟した感情があって、その続きの言葉が何なのか俺は知っている。
「後悔する、かな? 琴乃葉ちゃん」
縮こまる彼女の背にそう声をかけたんだ。
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