7 / 15
第1章 新王国
6
しおりを挟むふわりと体が宙に浮く。
一瞬の浮遊感の後、すぐに下へと体が引っ張られる。覚悟していた感覚に地面に着地するよう、下を見た。
え?
うそ。
「危ない、退いて!」
自分でもびっくりするような切羽詰まった叫びに庭を歩いていた男がこちらを振り向いた。
振り向いて目を見開くととっさの判断なのか、腕を広げた。
僕はその男に飛び込むような形で落ちた。
男は僕の勢いに負けて後ろへと尻餅をつき倒れる。
男がクッションとなった僕はすぐに立ち上がって、相手を確認する。打ち所が悪くて死んでいたらどうしよう。
いや、それ以前に敵の兵士かもしれない。
その考えに至って、男が起き上がってくる前に僕は飛び退いて、男と距離を取った。
男は憮然とした不機嫌そうな表情で起き上がると、僕を一瞥し、僕が飛び越えた窓に目を向けた。
よく見ると、男以外にも、もう1人連れ添っていた。
武器になるものが何もない僕は、男たちが僕から目を離している隙にジリジリと距離を取った。
男たちは皆、腰に剣を下げている。その剣の間合いに入っていては、命を握られているようなものだ。
「お前がハロルドか。」
僕を受け止めようとした男がもう一度、僕に視線を向けて言った。
僕の名前を知っている…?
この人はこの屋敷の人間ではないのか?
男の発言に少し冷静になった僕は、警戒は解かないまま男を観察した。
銀色の髪にそれより少し濃くした色の瞳。少し冷たい印象を与える目元に、笑った顔なんて想像できないような無表情とくれば、はっきり言って怖いとしか言いようがない。
身長は高く、無駄な筋肉などない引き締まった体をしている。
着ている服は上質であるが、“旦那様”のように着飾っている印象は全くない。
連れ添っているもう1人は剣士と言うよりは、文官のような格好に近い。僕の時の王城にいた文官があの格好をしていた。しかし、目の前にいる男は腰に短剣を指しており、戦闘要員の端くれのようだ。伸ばした茶色い髪は後ろで緩く括っており、同じ色の瞳は少し神経質そうにも見える。
「おい貴様!どこの誰だか知らんが、人の家を勝手にうろつくとは何事だ!?」
彼らと睨み合っているうちに“旦那様”があの部屋から降りて来たようだ。後ろには兵士を連れている。
しまった。このままではアーシュを助ける前に僕が捕まってしまう。
逃げ出そうにも、人が多すぎて、誰かしらが僕のことを監視しているように見えて動けない。
悔しさから、下唇を噛み締める。
ひとまず、この屋敷から出て身を隠そう。
アーシュを助けるのはそれからだ。
「私は、アルバート。新リーフレンド王国で王をしている。ロザリアン伯爵には横領の疑いがかかっている。その調査に参った。通達はしていたはずなのだが。誰も出てこないのでな。勝手に入らせてもらった。」
「へ、陛下!?」
銀色の男の低く重たい声に一同…と言っても、“旦那様”側の人たちだけど、その人たちがざわつく。
新リーフレンド王国の国王。
陛下。
この人は、信じられるか。
どうやら、僕たちとは別件でここへ来たらしい。たまたま僕の脱走に立ち会ったと言うことだ。
ざまをみろ。
金で買った奴隷の1人も制御できていないところを、この国の最高権力者に見てもらえ。
心の中で嘲笑って、少しだけ溜まっていた鬱憤を晴らし、すぐに頭を元に戻す。この状況からどうやって逃げ切るか。
このまま、乱闘になってくれれば、なんて楽なことはない。
“旦那様”の意識は完全に銀色の男に向いているし、その後ろの兵士たちも完全に動揺していて僕のことなんてすっかり忘れている。
しかし、銀色の男の連れ、文官風の男が僕をしっかりと見張っている。
ちらりと見れば、はっきりと目が合うほどに。
目があった瞬間、文官風の男が僕の方へと歩いて来た。僕はジリジリと後ずさるが、文官風の男はそんなことを気にせず寄ってくる。
あるところで、かかとと背中が壁に当たる。
これ以上は後ろに下がれない。
そう判断してすぐに、地面を蹴って“旦那様”たちがいる方とは逆の方向に走り出した。
はずだった。
気づいたら僕は文官風の男の腕の中にいた。
壁につくことで遮られたいく道に、体を密着させられ、顎をぐっと上に上げられる。そして、首元を詰めていたドレスシャツのボタンを一つはずし、首に触れた。
「ロザリアン伯爵、この子は奴隷ですか?隷属の魔法を人体に描くことは禁止されていたはずですが。」
僕は反射的に自身の首に触れた。何も感じないが、きっと僕の体に“レイゾクのマホウ”と言うものが刻まれているのだろう。
“旦那様”を見ると、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。その表情が、文官風の男の言っていることが間違いでないと物語っている。
「ロザリアン伯爵を捕らえよ。」
銀色の男のその一言で“旦那様”側にいた兵士の半分が動き出し、“旦那様”ともう半分の私兵を拘束した。どうやら、あの兵士たちの半分は銀色の男の仲間だったらしい。
次々と兵士たちに連れられていく。
まずい。
このままでは、僕はここから逃げられない。
そう思っていると、文官風の男に肩を掴まれた。掴むと言うほど力は入っていないが。
「大人しくしていなさい。私たちはアーシュの仲間です。」
突然耳打ちされたアーシュの名前に過剰に反応して男の顔を見上げてしまった。
僕と目が合うと、文官風の男は柔らかく微笑んでコクリと一つ頷いた。どうやら、顔を見る限りでは嘘ではなさそうだ。それでも、アーシュに確認を取るまでは信用なんてできやしない。
「ハル!」
ちょうどそう思っていたところに、声が響いた。
10
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる