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🌙第二章「看護婦と特攻隊員」
第一話 「再会の微笑」
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軍医療院の裏庭に、ほんのわずかな春の気配が差していた。
まだ寒さの残る三月の風が、梅の枝を揺らす。
けれど美代の心は、その風の冷たさを感じることもなく、ぼんやりと空を見上げていた。
「……美代ちゃん、また上の空」
肩をすっとつついたのは、春子だった。
看護帽を外した彼女の柔らかな髪が、風にそよぐ。
「ごめん、なんだか……ぼうっとしちゃって」
美代は照れたように笑ったが、その笑顔の裏には、朝見た夢の余韻がまだ残っていた。
――エリス、と呼ばれたあの声。
そして、銀の瞳で微笑んだ誰かの面影。
「……変なの。あの夢を見るたびに、胸が苦しくなるの」
小声で呟くと、春子は少し真剣な表情になって、美代の手をぎゅっと握った。
「でもね、美代ちゃん。あたし、信じてるよ。夢ってね、時々、ただの夢じゃないから」
「春ちゃん……?」
春子は微笑んだ。けれどその瞳には、どこか懐かしさと、哀しみが混じっていた。
「なにか思い出しそうなの。美代ちゃんと同じで――」
そのときだった。
廊下の奥から、足音が近づいてくる。
カツン、と軍靴の音が、静かな空間に響いた。
「失礼します。坂井 隼人少尉、ただいま着任いたしました」
軍服に身を包んだ青年が、姿を現した。
端正な顔立ち、凛とした佇まい。
だが何より美代の目を引いたのは――その瞳だった。
「……!」
深い黒に見えるその瞳の奥に、かすかに銀の光が差すように思えた。
そして、声。
「こちらが医療担当の皆さんでしょうか?」
静かに微笑んだその顔に、美代の鼓動は一瞬で乱れた。
(知ってる……この人を、私は――)
「は、はいっ。こちらが主任看護婦の鈴木美代です」
慌てて春子が紹介する。
隼人が穏やかに頷き、美代へと視線を向けた。
「よろしくお願いします。お名前……美代さん、ですね」
名前を呼ばれた瞬間――胸の奥で、何かが震えた。
(あなたは……誰? どうして……涙が出そうになるの……)
「……よろしく、お願いします」
精一杯の笑みでそう返したが、視線は合わない。
「少尉、こちらへどうぞ。荷物のお部屋にお運びしますね」
春子が気を利かせてその場を動かす。
美代はその場に取り残されたまま、手のひらをじっと見つめた。
――まるで、遠い昔にこの手を握ってくれた誰かがいたような、そんな感触を、今も指先が覚えている。
その夜。
医療院の宿直室で、美代は日記帳を開いた。
「また、あの夢を見た。名前を呼ばれる夢。そして今日、あの人に会った。
名前は…坂井 隼人。
でも、私はきっと知っている。
あの瞳を、あの声を、どこかで――
この命のずっと前に――。」
そして夜空を見上げた。
満ちかけの月が、静かに雲間から姿を現す。
(お願い……もしこれが運命なら。どうか、今度こそ……)
目を閉じたその瞬間、胸の奥に響いたのは、あの懐かしい声だった。
――「エリス、探した。やっと……君に会えた。」
そしてまた、物語が始まろうとしていた。
まだ寒さの残る三月の風が、梅の枝を揺らす。
けれど美代の心は、その風の冷たさを感じることもなく、ぼんやりと空を見上げていた。
「……美代ちゃん、また上の空」
肩をすっとつついたのは、春子だった。
看護帽を外した彼女の柔らかな髪が、風にそよぐ。
「ごめん、なんだか……ぼうっとしちゃって」
美代は照れたように笑ったが、その笑顔の裏には、朝見た夢の余韻がまだ残っていた。
――エリス、と呼ばれたあの声。
そして、銀の瞳で微笑んだ誰かの面影。
「……変なの。あの夢を見るたびに、胸が苦しくなるの」
小声で呟くと、春子は少し真剣な表情になって、美代の手をぎゅっと握った。
「でもね、美代ちゃん。あたし、信じてるよ。夢ってね、時々、ただの夢じゃないから」
「春ちゃん……?」
春子は微笑んだ。けれどその瞳には、どこか懐かしさと、哀しみが混じっていた。
「なにか思い出しそうなの。美代ちゃんと同じで――」
そのときだった。
廊下の奥から、足音が近づいてくる。
カツン、と軍靴の音が、静かな空間に響いた。
「失礼します。坂井 隼人少尉、ただいま着任いたしました」
軍服に身を包んだ青年が、姿を現した。
端正な顔立ち、凛とした佇まい。
だが何より美代の目を引いたのは――その瞳だった。
「……!」
深い黒に見えるその瞳の奥に、かすかに銀の光が差すように思えた。
そして、声。
「こちらが医療担当の皆さんでしょうか?」
静かに微笑んだその顔に、美代の鼓動は一瞬で乱れた。
(知ってる……この人を、私は――)
「は、はいっ。こちらが主任看護婦の鈴木美代です」
慌てて春子が紹介する。
隼人が穏やかに頷き、美代へと視線を向けた。
「よろしくお願いします。お名前……美代さん、ですね」
名前を呼ばれた瞬間――胸の奥で、何かが震えた。
(あなたは……誰? どうして……涙が出そうになるの……)
「……よろしく、お願いします」
精一杯の笑みでそう返したが、視線は合わない。
「少尉、こちらへどうぞ。荷物のお部屋にお運びしますね」
春子が気を利かせてその場を動かす。
美代はその場に取り残されたまま、手のひらをじっと見つめた。
――まるで、遠い昔にこの手を握ってくれた誰かがいたような、そんな感触を、今も指先が覚えている。
その夜。
医療院の宿直室で、美代は日記帳を開いた。
「また、あの夢を見た。名前を呼ばれる夢。そして今日、あの人に会った。
名前は…坂井 隼人。
でも、私はきっと知っている。
あの瞳を、あの声を、どこかで――
この命のずっと前に――。」
そして夜空を見上げた。
満ちかけの月が、静かに雲間から姿を現す。
(お願い……もしこれが運命なら。どうか、今度こそ……)
目を閉じたその瞬間、胸の奥に響いたのは、あの懐かしい声だった。
――「エリス、探した。やっと……君に会えた。」
そしてまた、物語が始まろうとしていた。
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