月に誓った、千年の恋 ―時を超えて、ただ君へ―

月華 澪

文字の大きさ
19 / 46
🌙第二章「看護婦と特攻隊員」

第二話 「微笑みの記憶」

しおりを挟む
医療院の裏手にある格納庫では、整備士たちが朝早くから作業に取りかかっていた。
金属の軋む音、工具の打ちつけられる音、そして――低く落ち着いた、優しい声。

「ここ、少し緩んでる。手を貸すよ」
そう言って、整備士の青年・誠は、後輩の肩越しに手を伸ばした。

静かなまなざしと、穏やかな所作。
決して目立つタイプではないが、彼が現場にいると、なぜか皆が安心する。
そんな男だった。

「誠さん、やっぱり頼りになりますね」
後輩が笑うと、誠は照れくさそうに笑った。

「……そんな大層なもんじゃないよ。ただ、空を飛ぶ人が無事に帰れるようにって、いつも思ってるだけさ」

そう言ったその横顔に、一瞬、遠い過去の影が重なった――
どこかで、こんなふうに笑っていた気がする。
少女を励まし、手を差し伸べ、温もりを与えてくれたあの人の面影。

「……リシア……」

ふと、小さく呟いた名に、自分でも驚いて目を見開いた。

(なぜ、そんな名前が……?)

そのとき。

「整備班の皆さん、申し訳ありません。医療院から包帯の荷下ろし、お願いできますか?」

裏口から顔をのぞかせたのは、看護婦の春子だった。
肩に箱を抱え、息を弾ませながらも、いつものように元気な声。

「もちろん、お任せください」
誠がさっと駆け寄る。
春子は一瞬、彼の顔を見て、言葉を忘れた。

(……この人……)

「えっと……ありがとうございます、誠さん……ですよね?」

「はい。春子さん……ですね」

視線が合った瞬間、時が止まったかのように感じた。
初めて会うはずなのに、どうしてこんなに懐かしいのだろう。

「あの……おかしなことを言うようですが……どこかでお会いしたこと、ありますか?」

春子の問いに、誠は目を瞬かせた。
そして、ゆっくりと首を横に振る。

「僕も……初めてお会いした気がしません。でも、きっと……昔、会っていたのかもしれませんね」

「え?」

「何か、そういう気がしたんです。昔、あなたが笑ってくれたことがあるような……そんな記憶が……」

春子の胸が、どくんと跳ねた。

(……それは、夢の中の“あの人”と同じ言い方)

――「僕はずっと、君のそばにいたいと思ってるよ」

夜の湖のほとりで、白い月明かりの下、そう言ってくれた――
名前も顔も、もう思い出せない誰かの言葉。

「……誠さん、これからも、たくさん話しましょうね」
自然と口からこぼれたその言葉に、誠も優しく微笑んだ。

「ええ、こちらこそ」

荷物を抱えて並んで歩く二人の後ろ姿は、まるで昔から知り合いだったかのように、しっくりと馴染んでいた。

そしてその夜。
美代の夢の中に、再び銀の瞳の巫女が現れた。

「今度こそ……どうか、皆が幸せでありますように」
その祈りの声は、美代だけでなく、春子の眠りの中にも、静かに届いていた。

忘れかけていた約束が、少しずつ形を取り始める。
それぞれの心に、かつての“想い”が灯り始めていた
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

処理中です...