26 / 89
第三章 揺れる、夏の光の中で
恋人としてのはじまり
しおりを挟む
「……もしかして、付き合ってるの?」
そんな声が、昼休みの教室のあちこちから、ひそひそと聞こえてきていた。
憧子と和真が、付き合っているらしい――
噂は、思ったよりも早く広がっていた。
とはいえ、二人は特別ベタベタするわけでもない。
ただ、これまでより少しだけ会話が増えて、笑顔が増えて、目が合うことが増えた。
「なんか、憧子、最近かわいくなったよね」
「うん、なんかキラキラしてるっていうか……」
そんな言葉まで聞こえてきて、憧子は少し照れながらも、和真にだけは素直に笑えた。
だけど――
(……“彼氏”って、どうすればいいんだろう)
頭ではわかってるつもりでも、いざ自分がそういう関係になってみると、どう動いていいのかがわからない。
「じゃあ、また放課後な。待ち合わせ、グラウンドの裏で」
「……うん、わかった」
部活に向かう前、和真が笑顔でそう言ってくれても、
憧子は胸がドキドキしてしまって、うまく顔が見られなかった。
* * *
バスケ部の練習は、いつもより少しだけ集中できなかった。
シュート練習をしながらも、どこかで“このあと”のことばかり考えてしまう。
失敗したらどうしよう。何話せばいいんだろう。ちゃんと歩けるかな――
放課後。
練習を終えて、憧子は髪を結び直して、着替えも早々に済ませた。
グラウンド裏の木陰に、和真が先に来て待っていた。
部活帰りのジャージ姿。髪が少しだけ濡れていて、いつもより男っぽく見えた。
「お疲れさま。待った?」
「ううん、今来たとこ」
緊張を隠すように、笑顔をつくる。
「じゃあ、帰ろっか」
二人並んで歩き出す。
最初は少しぎこちなかったけど、
学校を離れて道を曲がったあたりから、自然と笑いがこぼれ始めた。
部活のこと、テスト勉強のこと、好きなアイスの話――
話題はあちこちに飛んで、それでも途切れなかった。
帰り道の途中、小さな公園の前を通りかかったとき、和真がふと立ち止まった。
「……ちょっとだけ、座ってく?」
「うん」
ベンチに並んで座ったふたり。
セミの声が、少し遠くなった。
「……なんか、付き合うって、まだよくわかんないね」
憧子がポツリと言った。
「うん。でも……俺は、嬉しいよ。
一緒に帰れるだけでも、なんか特別な感じするし」
和真の言葉に、憧子の胸がふわっとあたたかくなった。
「……うん、わたしも」
そう答えたとき、和真がそっと手を伸ばして、憧子の手に触れた。
すごくやさしい手だった。
恥ずかしくて、うつむいてしまったけれど、
手は、ちゃんと握り返せた。
そんなささやかな一歩が、二人の“はじまり”を確かにしてくれた気がした。
* * *
次の日も、同じ道を、同じように帰れたらいいな――
そんなことを思いながら、憧子は和真と別れて、家のドアを開けた。
憧子が自分の部屋に戻ると、なんとなく落ち着かなくて、ベッドに寝転がったまま天井を見つめていた。
(付き合うって……こんな感じなのかな?)
嬉しい。
でも、ちょっと緊張する。
和真は優しいけど、手をつないだとき、ドキドキしすぎて心臓が飛び出そうだった。
この気持ちを誰かに聞いてもらいたい――
そう思ったとき、となりの部屋の気配に気づいた。
「……おねえちゃん、いる?」
「んー?いるよー。入っていいよー」
ドアを開けると、姉の桜子がスマホをいじりながらベッドに寝転がっていた。
大学2年生。バイトにサークルに彼氏にと、忙しい毎日を送っている。
「……ちょっと、相談していい?」
「なに?恋バナ?」
図星すぎて黙る憧子。
「うわ、マジじゃん。きた!あこの青春!」
「……もう、からかわないでよ」
「ごめんごめん。で?どうしたの?」
憧子は、今日あったことをぽつぽつと話し始めた。
付き合い始めたこと。初めて手をつないだこと。ドキドキして、どうしていいかわからなかったこと。
話し終えると、桜子は少しだけ笑って、それから真面目な顔になった。
「……あこ、それで正解だよ」
「え?」
「付き合うってさ、“何をするか”じゃなくて、“どう一緒にいたいか”ってことなんだよ」
「どう……いたいか?」
「うん。手をつなぎたいなって思ったらつなげばいいし、話したいなって思ったら話せばいい。無理に何かしようとしなくていいんだよ。
ただ、“そばにいたい”って気持ちを大事にすれば、それがちゃんと“恋人”ってことになるの」
憧子は、少し考え込んだ。
「……そばにいたいって、思ってる。和真くんと」
「じゃあ、十分。100点満点」
そう言って、桜子が笑った。
「ってか、マジで彼氏できるとは思ってなかったから、びっくりした~」
「うるさいな……」
「でも、応援してる。なにかあったら、いつでも言いなよ」
そう言ってくれる姉の背中が、ちょっとだけ大人に見えた。
(わたしも、ちゃんと自分の気持ちを大事にしよう)
(“どう一緒にいたいか”――それを考えていけばいいんだ)
憧子の胸の中に、ぽっとあたたかい灯りがともったような気がした。
そんな声が、昼休みの教室のあちこちから、ひそひそと聞こえてきていた。
憧子と和真が、付き合っているらしい――
噂は、思ったよりも早く広がっていた。
とはいえ、二人は特別ベタベタするわけでもない。
ただ、これまでより少しだけ会話が増えて、笑顔が増えて、目が合うことが増えた。
「なんか、憧子、最近かわいくなったよね」
「うん、なんかキラキラしてるっていうか……」
そんな言葉まで聞こえてきて、憧子は少し照れながらも、和真にだけは素直に笑えた。
だけど――
(……“彼氏”って、どうすればいいんだろう)
頭ではわかってるつもりでも、いざ自分がそういう関係になってみると、どう動いていいのかがわからない。
「じゃあ、また放課後な。待ち合わせ、グラウンドの裏で」
「……うん、わかった」
部活に向かう前、和真が笑顔でそう言ってくれても、
憧子は胸がドキドキしてしまって、うまく顔が見られなかった。
* * *
バスケ部の練習は、いつもより少しだけ集中できなかった。
シュート練習をしながらも、どこかで“このあと”のことばかり考えてしまう。
失敗したらどうしよう。何話せばいいんだろう。ちゃんと歩けるかな――
放課後。
練習を終えて、憧子は髪を結び直して、着替えも早々に済ませた。
グラウンド裏の木陰に、和真が先に来て待っていた。
部活帰りのジャージ姿。髪が少しだけ濡れていて、いつもより男っぽく見えた。
「お疲れさま。待った?」
「ううん、今来たとこ」
緊張を隠すように、笑顔をつくる。
「じゃあ、帰ろっか」
二人並んで歩き出す。
最初は少しぎこちなかったけど、
学校を離れて道を曲がったあたりから、自然と笑いがこぼれ始めた。
部活のこと、テスト勉強のこと、好きなアイスの話――
話題はあちこちに飛んで、それでも途切れなかった。
帰り道の途中、小さな公園の前を通りかかったとき、和真がふと立ち止まった。
「……ちょっとだけ、座ってく?」
「うん」
ベンチに並んで座ったふたり。
セミの声が、少し遠くなった。
「……なんか、付き合うって、まだよくわかんないね」
憧子がポツリと言った。
「うん。でも……俺は、嬉しいよ。
一緒に帰れるだけでも、なんか特別な感じするし」
和真の言葉に、憧子の胸がふわっとあたたかくなった。
「……うん、わたしも」
そう答えたとき、和真がそっと手を伸ばして、憧子の手に触れた。
すごくやさしい手だった。
恥ずかしくて、うつむいてしまったけれど、
手は、ちゃんと握り返せた。
そんなささやかな一歩が、二人の“はじまり”を確かにしてくれた気がした。
* * *
次の日も、同じ道を、同じように帰れたらいいな――
そんなことを思いながら、憧子は和真と別れて、家のドアを開けた。
憧子が自分の部屋に戻ると、なんとなく落ち着かなくて、ベッドに寝転がったまま天井を見つめていた。
(付き合うって……こんな感じなのかな?)
嬉しい。
でも、ちょっと緊張する。
和真は優しいけど、手をつないだとき、ドキドキしすぎて心臓が飛び出そうだった。
この気持ちを誰かに聞いてもらいたい――
そう思ったとき、となりの部屋の気配に気づいた。
「……おねえちゃん、いる?」
「んー?いるよー。入っていいよー」
ドアを開けると、姉の桜子がスマホをいじりながらベッドに寝転がっていた。
大学2年生。バイトにサークルに彼氏にと、忙しい毎日を送っている。
「……ちょっと、相談していい?」
「なに?恋バナ?」
図星すぎて黙る憧子。
「うわ、マジじゃん。きた!あこの青春!」
「……もう、からかわないでよ」
「ごめんごめん。で?どうしたの?」
憧子は、今日あったことをぽつぽつと話し始めた。
付き合い始めたこと。初めて手をつないだこと。ドキドキして、どうしていいかわからなかったこと。
話し終えると、桜子は少しだけ笑って、それから真面目な顔になった。
「……あこ、それで正解だよ」
「え?」
「付き合うってさ、“何をするか”じゃなくて、“どう一緒にいたいか”ってことなんだよ」
「どう……いたいか?」
「うん。手をつなぎたいなって思ったらつなげばいいし、話したいなって思ったら話せばいい。無理に何かしようとしなくていいんだよ。
ただ、“そばにいたい”って気持ちを大事にすれば、それがちゃんと“恋人”ってことになるの」
憧子は、少し考え込んだ。
「……そばにいたいって、思ってる。和真くんと」
「じゃあ、十分。100点満点」
そう言って、桜子が笑った。
「ってか、マジで彼氏できるとは思ってなかったから、びっくりした~」
「うるさいな……」
「でも、応援してる。なにかあったら、いつでも言いなよ」
そう言ってくれる姉の背中が、ちょっとだけ大人に見えた。
(わたしも、ちゃんと自分の気持ちを大事にしよう)
(“どう一緒にいたいか”――それを考えていけばいいんだ)
憧子の胸の中に、ぽっとあたたかい灯りがともったような気がした。
0
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる