甘酸っぱい恋の味

月華 澪

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第三章 揺れる、夏の光の中で

恋人としてのはじまり

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「……もしかして、付き合ってるの?」

そんな声が、昼休みの教室のあちこちから、ひそひそと聞こえてきていた。
憧子と和真が、付き合っているらしい――
噂は、思ったよりも早く広がっていた。

とはいえ、二人は特別ベタベタするわけでもない。
ただ、これまでより少しだけ会話が増えて、笑顔が増えて、目が合うことが増えた。

「なんか、憧子、最近かわいくなったよね」

「うん、なんかキラキラしてるっていうか……」

そんな言葉まで聞こえてきて、憧子は少し照れながらも、和真にだけは素直に笑えた。

だけど――

(……“彼氏”って、どうすればいいんだろう)

頭ではわかってるつもりでも、いざ自分がそういう関係になってみると、どう動いていいのかがわからない。

「じゃあ、また放課後な。待ち合わせ、グラウンドの裏で」

「……うん、わかった」

部活に向かう前、和真が笑顔でそう言ってくれても、
憧子は胸がドキドキしてしまって、うまく顔が見られなかった。

* * *

バスケ部の練習は、いつもより少しだけ集中できなかった。

シュート練習をしながらも、どこかで“このあと”のことばかり考えてしまう。
失敗したらどうしよう。何話せばいいんだろう。ちゃんと歩けるかな――

放課後。
練習を終えて、憧子は髪を結び直して、着替えも早々に済ませた。

グラウンド裏の木陰に、和真が先に来て待っていた。
部活帰りのジャージ姿。髪が少しだけ濡れていて、いつもより男っぽく見えた。

「お疲れさま。待った?」

「ううん、今来たとこ」

緊張を隠すように、笑顔をつくる。

「じゃあ、帰ろっか」

二人並んで歩き出す。

最初は少しぎこちなかったけど、
学校を離れて道を曲がったあたりから、自然と笑いがこぼれ始めた。

部活のこと、テスト勉強のこと、好きなアイスの話――
話題はあちこちに飛んで、それでも途切れなかった。

帰り道の途中、小さな公園の前を通りかかったとき、和真がふと立ち止まった。

「……ちょっとだけ、座ってく?」

「うん」

ベンチに並んで座ったふたり。
セミの声が、少し遠くなった。

「……なんか、付き合うって、まだよくわかんないね」

憧子がポツリと言った。

「うん。でも……俺は、嬉しいよ。
一緒に帰れるだけでも、なんか特別な感じするし」

和真の言葉に、憧子の胸がふわっとあたたかくなった。

「……うん、わたしも」

そう答えたとき、和真がそっと手を伸ばして、憧子の手に触れた。

すごくやさしい手だった。

恥ずかしくて、うつむいてしまったけれど、
手は、ちゃんと握り返せた。

そんなささやかな一歩が、二人の“はじまり”を確かにしてくれた気がした。

* * *

次の日も、同じ道を、同じように帰れたらいいな――
そんなことを思いながら、憧子は和真と別れて、家のドアを開けた。

憧子が自分の部屋に戻ると、なんとなく落ち着かなくて、ベッドに寝転がったまま天井を見つめていた。

(付き合うって……こんな感じなのかな?)

嬉しい。
でも、ちょっと緊張する。
和真は優しいけど、手をつないだとき、ドキドキしすぎて心臓が飛び出そうだった。

この気持ちを誰かに聞いてもらいたい――
そう思ったとき、となりの部屋の気配に気づいた。

「……おねえちゃん、いる?」

「んー?いるよー。入っていいよー」

ドアを開けると、姉の桜子がスマホをいじりながらベッドに寝転がっていた。
大学2年生。バイトにサークルに彼氏にと、忙しい毎日を送っている。

「……ちょっと、相談していい?」

「なに?恋バナ?」

図星すぎて黙る憧子。

「うわ、マジじゃん。きた!あこの青春!」

「……もう、からかわないでよ」

「ごめんごめん。で?どうしたの?」

憧子は、今日あったことをぽつぽつと話し始めた。
付き合い始めたこと。初めて手をつないだこと。ドキドキして、どうしていいかわからなかったこと。

話し終えると、桜子は少しだけ笑って、それから真面目な顔になった。

「……あこ、それで正解だよ」

「え?」

「付き合うってさ、“何をするか”じゃなくて、“どう一緒にいたいか”ってことなんだよ」

「どう……いたいか?」

「うん。手をつなぎたいなって思ったらつなげばいいし、話したいなって思ったら話せばいい。無理に何かしようとしなくていいんだよ。
ただ、“そばにいたい”って気持ちを大事にすれば、それがちゃんと“恋人”ってことになるの」

憧子は、少し考え込んだ。

「……そばにいたいって、思ってる。和真くんと」

「じゃあ、十分。100点満点」

そう言って、桜子が笑った。

「ってか、マジで彼氏できるとは思ってなかったから、びっくりした~」

「うるさいな……」

「でも、応援してる。なにかあったら、いつでも言いなよ」

そう言ってくれる姉の背中が、ちょっとだけ大人に見えた。

(わたしも、ちゃんと自分の気持ちを大事にしよう)
(“どう一緒にいたいか”――それを考えていけばいいんだ)

憧子の胸の中に、ぽっとあたたかい灯りがともったような気がした。
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