甘酸っぱい恋の味

月華 澪

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第六章 聖なる夜に、願いを込めて

ぬくもりの中で

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朝から、憧子はどこか落ち着かなかった。
台所では母が張り切って料理をしていて、父は珍しく新聞をきちんと畳んでリビングに座っていた。
双子の姪たちは、家中を元気に走り回っている。

「ねえ憧子、まだなの?」
と、姉の桜子がソファから顔をのぞかせる。
「うん、もうすぐだと思う……」
憧子は、何度も鏡を見て、前髪を直していた。

玄関のチャイムが鳴いた。

「……来た!」

家族全員が、なんとなくそわそわと動きを止めた。
憧子が深呼吸をして玄関のドアを開けると、そこには少し緊張した面持ちの和真が立っていた。

「おはよう、憧子」
「おはよう。……来てくれてありがとう」
「こちらこそ。今日はよろしくお願いします」

和真は、深くお辞儀をした。
濃紺のニットに落ち着いた色のコート姿は、どこか大人びていて、昔よりも少し頼もしく見えた。

リビングに案内されると、家族全員が和真を迎えた。
「はじめまして。斉藤和真と申します」
と、丁寧に挨拶する和真に、父も母も穏やかな笑みを返した。

「まぁまぁ、かしこまらずに!今日はゆっくりしてってね」
と、母が言うと、憧子はそっと和真の袖をつまみ、小声で「大丈夫だよ」と囁いた。

昼食は、母が用意した手作りの料理がテーブルに並び、笑い声が絶えなかった。

「斉藤くんは、憧子と同じで、中学校の先生なの?」

「はい。体育教師をしています」

「へえ~、それは大変ねぇ。けど、子どもたちに好かれそう」

「ありがとうございます。毎日バタバタしてますが、やりがいのある仕事です」

会話の一つひとつに、真摯に向き合う和真の姿に、家族の誰もが自然と笑顔を向けていた。

桜子の旦那と仕事の話をしたり、父に高校時代の野球のことを聞かれたり、母からは「憧子は小さい頃、負けず嫌いだったんだよ」と昔話まで飛び出した。
そのたびに憧子が「やめてよ~」と照れながら笑い、和真はその横で穏やかにうなずいていた。

――不思議だった。
和真が、まるでずっと前からこの家にいたような、そんな自然な空気を纏っていた。

食後、憧子はこっそりと和真の隣で小さく言った。
「……緊張してた?」
「めちゃくちゃ。でも、来てよかった。憧子の家族、あたたかいね」

「でしょ?ちょっとうるさいけど」
「うるさいのが、ちょうどいい」

ふたりは目を合わせて笑った。

そんな、穏やかで優しい午後だった。

時間はあっという間に過ぎる。

「じゃあ……そろそろ。」
和真が立ち上がると、双子の姪が「えー!もう帰っちゃうの?」と駆け寄ってきた。
「また遊びに来てくれる?」と小さな手を引かれ、和真は優しく笑った。

「もちろん。また来るよ」

玄関まで見送りに出てきた家族たち。

「今日はほんとに楽しい時間を、
ありがとうございました。
ご飯、おいしかったです。」
と、和真は丁寧に頭を下げた。

父も少し照れたように、けれどしっかりとした声で言った。
「憧子のこと、よろしく頼むな」

「はい。大切にします」

その言葉に、玄関にいた誰もがふっとやさしく笑った。

和真が靴を履き終え、外に出ると、寒い風がふたりの間をすり抜けた。
ドアの前で、ふたりは少しだけ見つめ合う。

「今日は来てくれてありがとう。……このあと、実家に帰るんでしょ? 気をつけてね」

「うん。じゃあ、またな。
あったかくしてな、憧子。」

ふたりの間には、あの頃と変わらない空気が流れていた。
けれど、それは確かに、前よりも少しだけ深くて、あたたかかった。

和真は、最後に憧子の手をそっと握りしめ、抱きしめた。

和真は歩き出した。
憧子は、ドアの前でその背中をしばらく見送った。

ドアを閉めると、家の中には双子の笑い声と、母の料理の香りがまだ残っていた。
だけど、憧子の胸には、もっとやさしい何かが残っていた。

――それは、未来に続く予感だった。
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