地雷カプブルー 

89桃(はくとう)

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第4章 霞の想い

4-3

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 小6の時、俺はアパート暮らしだった。
 アパートと言っても期間限定で、家を建て替えている間だけの借り住まい。

 学校帰りだった。
 ランドセルを背負いながら、輝星と俺のアパート近くに来た時だった。
 自分が住むアパートの方から黒煙が上がっているのを見つけたのは。

 輝星とともに走った。
 嫌な予感は的中。
 燃えていたのは俺たち家族が住む3階建てのアパートで、家事の様子を眺めている人はいるものの、まだ消防車は到着していない。

 顔面蒼白で携帯を耳に押し当てた大家さんが、俺を見つけて駆け寄ってきた。

 『良かった、霞くんが無事で』

 大家さんは俺の肩を両手でつかむと

 『君の家族も仕事に行っていて無事だよ。他の住民の安否確認も取れてる。学校帰りの霞くんだけが、アパートの中に取り残されていないか心配だったんだ。でも良かった、無事で良かった』

 心から俺の心配をしている大家さんは『もうすぐ消防車が来てくれる。危ないから絶対にアパートに近づかないで』と残し、また誰かに電話を掛けながら去っていって。

 ――俺の部屋が燃えてる。
 
 現実が受け入れられずに放心状態だった俺は、つい悲しみをこぼしてしまったんだ。

 『輝星が作ってくれた金メダルが燃えちゃう、俺の宝物なのに』って。

 輝星が俺のそばにいないと気づいたのは、視界に黒いランドセルが映りこんだから。

 ――輝星のランドセルだ。

 『危ないからアパートに入るな! 焼け死ぬぞ! オイ、戻ってこい!』と男性の怒鳴り声が鼓膜に突き刺さって、顔を上げたら、遠くに見えるアパートの階段を輝星が駆けあがっていて。

 ――俺が「金メダルが燃えちゃう」なんてつぶやいたからだ。
 ――輝星が炎に焼かれ、苦しみながらあの世に行ってしまったらどうしよう。

 恐怖でいてもたってもいられなくなった俺は「火の中に飛び込んだらダメだ!」と止める大人たちの声を振り切り、燃えるアパートの中に駆けこんだ。



 6年まえに体験した恐怖がよみがえり、二度とあんな地獄は味わいたくないと目をつぶった現在の俺は、部室棟前に置かれたベンチに浅く座りなおす。
 唇を噛みしめ、声を鋭く尖らせた。

 「いつだって輝星は俺を優先した、自分の命より俺の笑顔を大事にした。あの時だって、まさか火の中に飛び込んでいくなんて」

 輝星はベンチに座りうつむいたままだ。
 地面に転がった石を足の裏で転がしながら

 「僕が作ってプレゼントした金メダルが燃えちゃうって絶望した顔で霞くんが立ち尽くしていたから、喜んでほしくて」と、ふてくされたように唇を尖らせている。

 ねぇ、なんでわかってくれないの?

 「輝星がくれた金メダルは、間違いなく俺の宝物だった」

 テニスの試合で結果が残せない俺ののために、粘土と金色の折り紙で一生懸命作ってくれたもの。
 死ぬまで大事にする自信すらあった。

 「でも、輝星の命の方が俺にとって大事だったんだよ!」

 また俺のわめき声で輝星を責めてしまった。

 輝星は納得できないらしい。
 勢いで腰を上げた俺の前に、物申したい顔の輝星が立ったかと思うと、ほっぺに空気を詰め込み

 「僕だってあの時、信じられなかったよ。なんで僕を追いかけて火の中に飛び込んできたの? アパートの外の安全な場所で待ってて欲しかったんだよ!」

 と、責めるように人差し指を俺に突き刺してきて。

 もちろん俺も黙っていない、さらに声を荒らげる。

 「輝星が煙を吸い込んで倒れたらどうしようとか、炎に包まれて焼かれたらどうしようとか、最悪なことを考えるに決まってるでしょ。俺に安全な場所で待っててほしかった? 無理だよ、いてもたってもいられなかったんだよ。 でも……」

 高ぶる感情を輝星にぶつけた俺は、あの時の後悔にさいなまれ肩を落とした。
 こわばっていた上半身の力が抜け、脱力しながら溜息を吐く。

 確かに俺の行動は軽率だった。
 輝星を助けなきゃと、必死に輝星を追いかけて火の中に飛び込んだのに。

 「俺のせいで、輝星の腕に二度と消えないヤケドの跡を刻みつけてしまった」

 どれだけ懺悔してもしきれない。
 火事の前にタイムスリップできたらと、何度願ったことだろう。

 俺は輝星を強く責めたてていい人間じゃなかった。

 反省の念にかられ、背を丸めベンチに座りこむ。
 苦しそうに瞳を陰らす俺を、見ていられないのだろう。
 輝星は小さいころから俺の負の感情に敏感で、俺を笑顔にしようと必死になるタイプだから。

 輝星は申し訳なさそうに眉を下げると

 「僕の方こそムキになってごめんね。霞くんは何も悪くないよ。燃えた家具が倒れてきたせいだから」

 と、隣に座り俺の顔を心配そうにのぞき込んできた。

 「火事の時、輝星は俺をかばってくれた。倒れてきた家具を腕で受け止め、俺に覆いかぶさってくれた。おかげで俺は無傷だった。でも輝星は腕に酷いやけどを負って……」

 俺が悔し目を突き刺したのは輝星の右腕。
 ジャージの長い袖でやけど跡は見えないが、右腕の広範囲がただれているに違いない。

 俺が輝星を傷つけてしまった。
 やけどの激痛で悶えさせてしまった。

 炎が燃え盛る部屋の中で、俺が転んでしまったから。
 だから輝星が身をていして、俺を守らなければいけなくなったんだ。
 
 小6の時の自分が許せない。
 いや、そもそもの発端は幼稚園の時からだろう。
 俺が輝星を好きにならなければ、独り占めしたいくらい大好きにならなければ。

 過去も今も、悪いのは全て俺なんだ。
 こんな俺が輝星のそばにいたらダメなんだ。
 俺が隣にいたら、また輝星に不幸地獄に突き落とされてしまう。
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