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城下に広がる熱
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異変は、音もなく始まった。
最初は、足軽が一人。
次に、炊事場の下働き。
そして、女房衆の中からも。
「熱が下がらぬ」
「喉が焼けるように痛む」
「水を飲んでも、すぐ吐く」
城下の薬所には、似た訴えが立て続けに持ち込まれるようになった。
あかねは、帳面を開いたまま、視線を上げる。
(症状が似ている……偶然じゃない)
高熱。
喉の痛み。
脱水。
そして、発症の早さ。
どれも、前世で見聞きした“流行り病”を思わせた。
「見習い、余計なことは考えるな」
薬所預かりの男が、いつもの調子で言う。
「季節の疲れだ。
城下は人が多い、具合を崩す者が出るのは当たり前」
だが、あかねは黙らなかった。
「発症した者たち、皆、同じ井戸の水を使っています」
その一言で、空気が変わった。
「……何だと」
「炊事場裏の井戸です。
症状の出た者は、ほぼ全員、そこから水を汲んでいます」
帳面に書き込んだ印を、あかねは静かに示した。
預かりの男は顔をしかめる。
「井戸の水が原因だと?
毒か?」
「毒と決めつけるのは早いです。
ですが、この症状……水が汚れている可能性が高い」
武士が奥から出てきた。
「続けよ」
あかねは一礼し、言葉を選ぶ。
「城下は人が密集しています。
井戸に何かが混じれば、一気に広がります。
今はまだ軽い症状ですが、放置すれば重くなる者が出ます」
「対処は」
「その井戸の使用を止めてください。
沸かした水のみを使うよう、触れを出すべきです」
沈黙。
城下の井戸を止める――それは、大事だった。
預かりの男が、低く言う。
「井戸を止めれば、不安が広がる。
混乱すれば、責めは誰が負う」
あかねは、はっきりと答えた。
「私が負います。
それでも、病が広がるよりはましです」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
武士は、しばらくあかねを見つめていたが、やがて頷いた。
「よい。
井戸は止める。
だが――結果が伴わねば、お前の責任だ」
「承知しました」
***
その日から、城下の炊事場では水を沸かすようになった。
不満の声も出たが、武士の命とあって従う者が多い。
あかねは、軽症の者には白湯と休養を指示し、
重い者には喉を潤す煎じ薬を与えた。
三日後。
新たに倒れる者は、ぴたりと止まった。
「……熱が下がった」
「喉が楽になった」
薬所に、安堵の空気が戻る。
預かりの男は、無言であかねに頭を下げた。
「……見立て、間違っておらなんだな」
あかねは、ただ一礼した。
(毒じゃない。
でも、放っておけば、命を奪う)
前世で学んだ“当たり前”が、この時代では、まだ常識ではない。
***
その夜。
武士が、あかねを呼び止めた。
「名を、改めて覚えた。
あかね、と言ったな」
「はい」
「城下の薬所に、お前は必要だ。
見習い扱いは、今日で終わりにする」
胸の奥で、何かが静かに動いた。
「ただし――
これからは、判断の重さも増す。
逃げは許されん」
あかねは、深く息を吸い、答えた。
「逃げません。
薬師ですから」
城下の夜は、まだ騒がしい。
だが、その闇の中で、あかねの立つ場所は、確かに定まりつつあった。
病は、見えないところから広がる。
だからこそ、見逃さない。
それが、この時代に転生した
薬師あかねの役目だった。
最初は、足軽が一人。
次に、炊事場の下働き。
そして、女房衆の中からも。
「熱が下がらぬ」
「喉が焼けるように痛む」
「水を飲んでも、すぐ吐く」
城下の薬所には、似た訴えが立て続けに持ち込まれるようになった。
あかねは、帳面を開いたまま、視線を上げる。
(症状が似ている……偶然じゃない)
高熱。
喉の痛み。
脱水。
そして、発症の早さ。
どれも、前世で見聞きした“流行り病”を思わせた。
「見習い、余計なことは考えるな」
薬所預かりの男が、いつもの調子で言う。
「季節の疲れだ。
城下は人が多い、具合を崩す者が出るのは当たり前」
だが、あかねは黙らなかった。
「発症した者たち、皆、同じ井戸の水を使っています」
その一言で、空気が変わった。
「……何だと」
「炊事場裏の井戸です。
症状の出た者は、ほぼ全員、そこから水を汲んでいます」
帳面に書き込んだ印を、あかねは静かに示した。
預かりの男は顔をしかめる。
「井戸の水が原因だと?
毒か?」
「毒と決めつけるのは早いです。
ですが、この症状……水が汚れている可能性が高い」
武士が奥から出てきた。
「続けよ」
あかねは一礼し、言葉を選ぶ。
「城下は人が密集しています。
井戸に何かが混じれば、一気に広がります。
今はまだ軽い症状ですが、放置すれば重くなる者が出ます」
「対処は」
「その井戸の使用を止めてください。
沸かした水のみを使うよう、触れを出すべきです」
沈黙。
城下の井戸を止める――それは、大事だった。
預かりの男が、低く言う。
「井戸を止めれば、不安が広がる。
混乱すれば、責めは誰が負う」
あかねは、はっきりと答えた。
「私が負います。
それでも、病が広がるよりはましです」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
武士は、しばらくあかねを見つめていたが、やがて頷いた。
「よい。
井戸は止める。
だが――結果が伴わねば、お前の責任だ」
「承知しました」
***
その日から、城下の炊事場では水を沸かすようになった。
不満の声も出たが、武士の命とあって従う者が多い。
あかねは、軽症の者には白湯と休養を指示し、
重い者には喉を潤す煎じ薬を与えた。
三日後。
新たに倒れる者は、ぴたりと止まった。
「……熱が下がった」
「喉が楽になった」
薬所に、安堵の空気が戻る。
預かりの男は、無言であかねに頭を下げた。
「……見立て、間違っておらなんだな」
あかねは、ただ一礼した。
(毒じゃない。
でも、放っておけば、命を奪う)
前世で学んだ“当たり前”が、この時代では、まだ常識ではない。
***
その夜。
武士が、あかねを呼び止めた。
「名を、改めて覚えた。
あかね、と言ったな」
「はい」
「城下の薬所に、お前は必要だ。
見習い扱いは、今日で終わりにする」
胸の奥で、何かが静かに動いた。
「ただし――
これからは、判断の重さも増す。
逃げは許されん」
あかねは、深く息を吸い、答えた。
「逃げません。
薬師ですから」
城下の夜は、まだ騒がしい。
だが、その闇の中で、あかねの立つ場所は、確かに定まりつつあった。
病は、見えないところから広がる。
だからこそ、見逃さない。
それが、この時代に転生した
薬師あかねの役目だった。
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