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プロローグ 『悪夢祓い』のおしごとっ!
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「う、うぅ……うぅぅん…………」
静かな民家の一室で、寝息の詰まるような声が響く。
声の主は、ひとりの少年。
ふかふかのベッドで目を瞑っているが、その額には寝汗をびっしょりとかいている。
薄暗く照明が抑えられたここは、この子の部屋だ。
それも、城下町の一等地に建てられた一軒家。
可愛らしい人形や絵が飾られており、一見しただけでもご両親の愛情が伝わってくる。
それに部屋に飾られた装飾品を見ただけでも、今回の依頼人がなかなかのお金持ちだと言うコトが解っちゃう。
異世界でも、お金を稼ぐ才能がある人の家ってのは別格なんだなあ~。
そんなご両親に大切にされているんだね。
うらやましいぞ~キミ~。
「あ、あの……ほ、本当に大丈夫なんでしょうか……!?」
部屋にいる人物のうちのひとりが、私に向けて心配そうに声を上げる。
子供の父親であるこの人は、目の前で自分の息子が苦しそうにしているのが不安なようだ。
ま、そりゃそうよね。
「ええ、大丈夫ですよっ! 私もけっこうな数の依頼をこなしてますけど、皆さん大体こんなカンジですっ」
目の前にいるこの子のお父さんと、その向こうにいるお母さんに向けて、私は営業スマイル全開で答えた。
自分の子供が苦しそうにしてたら、不安になるのが親心というものでしょうなー。
安心してもらおうと、つとめて明るい声で話す。
けど……ふむふむ、そのお顔ですか。
な~るほど~! お二方とも、まったく私のコト信用してませんね!?
「し、しかし、こんなに苦しそうにしてますよ!?」
「汗もこんなにかいてますし、歯まで食いしばって……あぁっ、レオ……」
「いや、あ、あの……ですから、大丈夫ですよぉ。『悪夢』を見る時は、誰だってこんなカンジになりますってば! ねぇ、ネムちゃん!?」
これっぽっちも信じて貰えてなさそうな自分を援護してもらうため、私は傍らにいる相棒に話しかけた。
私の右隣りにちょこんと座る小さなこの子は、私の頼れる仲間だ。
長い鼻に、のっぺりとした顔、短い手足、そして無気力な目はまるで哺乳動物のバク……うおぉぉ、いかん。
こういう暗い部屋で見ると想像以上に胡散臭いぞ。
なんて考えていたことがバレたのか、ネムちゃんは私の顔を一瞥したあと短くため息を吐いてから口を開いた。
「どうだかなぁ~……ひとつ前の依頼の時にゃ、お前の昏睡魔法が強力過ぎて依頼人が4日間起きなかったじゃねえか」
「(ちょちょちょ、ちょっ、待っ、おバカっ! ちょっとは空気読んだコト言いなさいよっ!?)」
期待してた内容とは正反対の言葉を口走ったネムちゃんに、私は小声で嗜めた。
私はそっと、依頼人であるご両親をチラ見する。
あ~~~、ほれ見ろ~~~~……。
そんなコト言うから、ご両親が私を超睨んでるじゃないの……。
確かに5日前にこなした『悪夢払い』の依頼で、依頼人がなかなか起きなかったのは事実だけど。
でもアレはホラ、依頼人さんが悪夢の見過ぎで体力を消耗してたから、ぐっすり眠れるようになっただけだと思うんだ、うん。
決してその、私の昏睡魔法がやりすぎだったとか、そういうコトでは無いと、思う、たぶん、きっと、おそらく。
「あぁぁっ……レオくん……っ」
「お、お願いしますよ、聖女さんっ……! レオは私たちの一人息子なんです、何とかしてくださいっ!」
母親の涙声と父親の縋るような懇願に、プレッシャーを感じる私。
うぅぅん、凄い圧力だ……息子さんをなんとか助けたいという、親心から来てるんだろうけど。
でもまぁ『聖女』って呼んでもらうのはちょっと気分がいい。うふふん。
使えそうだなーと思い、修道女さんの服装を一着パクっ……もとい、拝借しておいて良かった良かった!
まぁここまで言われちゃ、私もそろそろ真面目に仕事モードにならなきゃねっ!
「あ、あはは、大丈夫ですってば……あっ!」
笑顔で応えつつ、ベッドでうなされているレオ君に目をやると……
「ほらほらっ! 見てください、『悪夢』が姿を現しますよっ!」
「えっ!?」
「…………っ!!」
苦しそうにしていたレオ君に、変化が起きた。
ご両親は目を見開いてレオ君を凝視する。
「う、うぅぅっ……うぁぁぁっ……!」
ひときわ大きな唸り声を上げたかと思うと、レオ君は身もだえ始めた。
彼の頭頂部から黒い『もや』のようなものが立ち上り始める。
私は不安極まる表情をしたご両親に、少し下がるようにジェスチャーをした。
部屋の隅に追いやられながらも互いに手を取り合うご夫婦の前に、ちょっとカッコイイポーズで立つ。
驚きのあまり、言葉を失って口元を抑えているお母さんの前に立つ、聖女のわたし!!
よーし、カッコイイぞぉー!
次の依頼を頂くためには、かっこよさも重要だからねっ!
さておき、さーてここからが本番です!
レオ君の頭からにじみ出てきた『もや』は、どんどん量が増してきている。
天井まで立ち上ると、今度は渦を巻くかのように部屋の中へと充満し始めた。
レオくんに深い眠りに入ってもらうために薄暗くしていた子供部屋が、あっという間に暗闇に包まれていく。
うーん、想像以上の『悪夢』だね。
と言うか……今までの依頼の中でも、最大規模かも。
「おぉ~~……コイツはスゲェ。こんな小さなボウズがこんなデッカい『悪夢』を抱えてたんじゃあ、そりゃ辛いよなぁ。毎晩のようにうなされちまうってのも、仕方ねぇ」
もこもこと巨大化する黒い『もや』を見上げながら、相棒のネムちゃんは関心したような声を上げている。
実はこの『もや』、何を隠そうこのネムちゃんの魔法によって生じているものなので、私たちにとっては見慣れた光景。
でも部屋いっぱいに粘度の高そうな『もや』が充満していく様子は、なかなか迫力があるねっ!
そんな禍々しい雰囲気の中、余裕しゃくしゃくの表情でふわふわ浮いてるネムちゃんを見ると、ギャップが激しすぎるなぁ~……。
ネムちゃんは、私が立った時の膝くらいまでの高さしかなく、マスコット的な可愛さがある。
見た目も完全に哺乳類の『バク』をファンシーにしたような感じだし。
「ねぇ、ネムちゃん。正直言って想像してたよりもおっきいんだけど、コレ大丈夫よね??」
「ん~? ああ、問題ねぇよ。ただちょっとデカ過ぎるから、全体が具現化する前に早めに食っちまわないと部屋が壊れるかもな」
……可愛らしい見た目は好きなんだけど、ネムちゃんの口調って仕事に疲れたオッサンみたいなんだよなぁ……。
せっかく愛らしい見た目してるのに、そこだけ勿体ないって言うか……って、うぐっ、いかん。
ネムちゃんがじろりとこっちを睨んでる。
心の中でディスってるのがバレたかも。
長い象のような鼻からフンッとため息を吐くと、ネムちゃんは巨大化しつつある黒い『もや』に向き直った。
おっと、『もや』の中に何かが見える!
「あ、あれは……?」
暗闇の中、目を凝らしてよく見てみると……そこには人の形のような影が浮かび上がって来た。
その姿は、実に恐ろしいものだった。
身体を覆う皮膚は大部分が剥がれ落ち、四肢は肉が無くなってしまっている。
白骨化しかけた頭蓋には、金色に光る大きな目玉が片方だけ。
あれは確か……
「あれって……どこかで見たコトあるんだけど、ネムちゃん何だっけ!?」
「あれだろ、最近この辺りで人気の絵本に出てくる、敵キャラクターのゾンビだ」
はっは~ん、なるほどねー。
さてはレオくん、ちょっと怖い系の絵本を読んだせいで作中に出てくるオバケが頭から離れなくなって、悪夢にまで見るようになっちゃったんだね~。
私たちが『悪夢祓い』をするとき、出てくる幻影は『悪夢』を見ている人によって様々だ。
うなされる原因になっているものだったら、何だって出てくる。
この前の依頼のときは怪獣みたいなものが出てきたし、更にその前は『しめきり』とか『しんちょく』とかって連呼する男の人だった。
レオくんと同じような子供の悪夢を払ったこともあるけど、そのときは『きらいな野菜軍団』が出てきて笑っちゃったっけ。
とにかく悪夢の原因になっているものが『もや』の中に現れるんだけど、それはいわゆる悪霊やゴーストの類ではない。
『悪夢』を見ている人が勝手に頭の中に作り上げた幻影であって、実際の人物が幽霊となって憑依しているなんてコトは無いんだけど…………
「おい、ピルタっ! ちょっと急ぐぞ、ピルタ。このままじゃ床や天井がもたん」
「えっ!? あ、うん、わかったっ!!」
珍しく急ぎ気味のネムちゃんに促され、私も念のため腰に下げていたメイスを掴む。
異世界の合金で作られたメイスは、軽くて高強度、しかも安い!
重さがないので攻撃力に欠けるかと思いきや、私みたいな非力でか弱い女の子でも街郊外にいるようなモンスター程度ならボッコボコにできる、お気に入りの武器なんです、えへへ。
……なんてコト言ってる間に、『もや』の中から絵本のキャラクターにしてはリアルなゾンビが這い出て来ようとしてるぅぅ!
「うわわわわっ、具現化しはじめちゃった! ネムちゃん、よろしくねっ!!」
「よ~し、それじゃ一丁いただきますかぁ~っ! 解ってるだろうが、食ってる最中は俺は動けねえからなっ!」
「うんっ! こっちはまかせなさーい!」
私の返事を聞いたネムちゃんは、にやりと口元を歪めたかと思うと、突如怪しい光を放ち始めた。
まるでミラーボールのようにキラキラしながら浮いているネムちゃんは、この姿がお仕事モード。
天井近くまで浮上すると、部屋いっぱいに立ち登る黒い『もや』を吸い込み始める。
まるでシンクの排水溝に吸い込まれるかのように、黒い『もや』は渦を巻き始めてネムちゃんの口元へと集まってゆく。
「かーーーーっ! こいつぁなかなかの悪夢だなぁっ!」
『もや』を吸い込み続けるネムちゃんは、どこか嬉しそうだ。
部屋の中には紫電が走り、レオくんの眠っているベッドや周囲の家具がガタガタと音を立てて揺れている。
うーむ、確かにこれはなかなかすごい『悪夢』だ。
と、唾を飲みこみながら見ていると、『もや』の中にいるゾンビが暴れ始めた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
『もや』を吸い込まれる事に抵抗するかのように、身体をねじって這い出て来ようとしている!
「ピルタっ! そいつ出ようとしてるぞ! 気をつけろっ!!」
「だいじょーぶ! 任せてちょーーーーだいっ!」
私は少しだけ腰を落とし、両手でメイスを身構えた。
私の後ろには、互いに抱き合うようにして目の前の光景に怯えているレオくんのご両親がいる。
「あ、あわわわわわ…………」
「ひいいっ!」
まるで信じられないものを見ているかのように震える二人に、半身を具現化させたゾンビの幻影が襲いかかる。
白骨化した右腕を振りかぶると、私たちを押し潰すかのように勢いよく振り下ろしてきた。
私はメイスを持つ手に力を込める。
「おりゃーーーーっ!!」
「ギャアアアアッ!?」
タイミングを合わせて、私は落ちてくる巨大な手にメイスを叩きつけた。
幻影だったはずの右腕から、砕けた骨の破片が弾け飛んでいく。
これがホンモノのジャイアントなゾンビだったら、体重が何トンもあるだろうからこんな事はできない。
けど、目の前にいるこいつは夢から出てきたばかり。
私の力でも、戦える!
「うわっ!?」
「す、すごい…………!?」
私に守られるような体勢になっているご両親たちは、私の動きに感嘆を漏らしてる。
うっふっふ、カッコいいでしょう!? カッコいいと言って欲しいなぁっ!
「こっちはオーケー! ネムちゃん、あとどれくらいかかりそうっ!?」
「いいぜぇ、ピルタ。これで、最後だっ!」
天井周辺で浮いているネムちゃんがひときわ大きく光ったと思うと、周囲にあった『もや』が今までの比でないくらいの勢いでネムちゃんに吸い込まれていった。
四角い部屋の中に、突風が吹き荒れる。
今までの中で一番大きな振動。
「ギャ、ア…………アアァ……………………」
薄れゆく『もや』の中央で、巨大なゾンビは断末魔のような声を上げながら暗闇に沈んでいった。
具現化されかけていた身体も、まるで絵の具が水に溶けていくかのように薄くなって消えていく。
どぷん、と低い音が聞こえたかと思うと、そこから二度と出てくるコトは無かった。
そして小さな竜巻のようにまとまった『もや』は、数秒とたたずにネムちゃんの口のあたりに消えていった。
突如訪れる沈黙。
つい先ほどまでの喧騒が嘘であるかのように静まった子供部屋。
禍々しい空気は立ちどころに消え去り、部屋の中央にある大きなベッドの中ではレオくんがすやすやと寝息を立てていた。
「はいっ! 『悪夢祓い』完了でーすっ!」
ただ呆然と私たちを見上げるレオくんのご両親に、私は声高らかに宣言してみせた。
静かな民家の一室で、寝息の詰まるような声が響く。
声の主は、ひとりの少年。
ふかふかのベッドで目を瞑っているが、その額には寝汗をびっしょりとかいている。
薄暗く照明が抑えられたここは、この子の部屋だ。
それも、城下町の一等地に建てられた一軒家。
可愛らしい人形や絵が飾られており、一見しただけでもご両親の愛情が伝わってくる。
それに部屋に飾られた装飾品を見ただけでも、今回の依頼人がなかなかのお金持ちだと言うコトが解っちゃう。
異世界でも、お金を稼ぐ才能がある人の家ってのは別格なんだなあ~。
そんなご両親に大切にされているんだね。
うらやましいぞ~キミ~。
「あ、あの……ほ、本当に大丈夫なんでしょうか……!?」
部屋にいる人物のうちのひとりが、私に向けて心配そうに声を上げる。
子供の父親であるこの人は、目の前で自分の息子が苦しそうにしているのが不安なようだ。
ま、そりゃそうよね。
「ええ、大丈夫ですよっ! 私もけっこうな数の依頼をこなしてますけど、皆さん大体こんなカンジですっ」
目の前にいるこの子のお父さんと、その向こうにいるお母さんに向けて、私は営業スマイル全開で答えた。
自分の子供が苦しそうにしてたら、不安になるのが親心というものでしょうなー。
安心してもらおうと、つとめて明るい声で話す。
けど……ふむふむ、そのお顔ですか。
な~るほど~! お二方とも、まったく私のコト信用してませんね!?
「し、しかし、こんなに苦しそうにしてますよ!?」
「汗もこんなにかいてますし、歯まで食いしばって……あぁっ、レオ……」
「いや、あ、あの……ですから、大丈夫ですよぉ。『悪夢』を見る時は、誰だってこんなカンジになりますってば! ねぇ、ネムちゃん!?」
これっぽっちも信じて貰えてなさそうな自分を援護してもらうため、私は傍らにいる相棒に話しかけた。
私の右隣りにちょこんと座る小さなこの子は、私の頼れる仲間だ。
長い鼻に、のっぺりとした顔、短い手足、そして無気力な目はまるで哺乳動物のバク……うおぉぉ、いかん。
こういう暗い部屋で見ると想像以上に胡散臭いぞ。
なんて考えていたことがバレたのか、ネムちゃんは私の顔を一瞥したあと短くため息を吐いてから口を開いた。
「どうだかなぁ~……ひとつ前の依頼の時にゃ、お前の昏睡魔法が強力過ぎて依頼人が4日間起きなかったじゃねえか」
「(ちょちょちょ、ちょっ、待っ、おバカっ! ちょっとは空気読んだコト言いなさいよっ!?)」
期待してた内容とは正反対の言葉を口走ったネムちゃんに、私は小声で嗜めた。
私はそっと、依頼人であるご両親をチラ見する。
あ~~~、ほれ見ろ~~~~……。
そんなコト言うから、ご両親が私を超睨んでるじゃないの……。
確かに5日前にこなした『悪夢払い』の依頼で、依頼人がなかなか起きなかったのは事実だけど。
でもアレはホラ、依頼人さんが悪夢の見過ぎで体力を消耗してたから、ぐっすり眠れるようになっただけだと思うんだ、うん。
決してその、私の昏睡魔法がやりすぎだったとか、そういうコトでは無いと、思う、たぶん、きっと、おそらく。
「あぁぁっ……レオくん……っ」
「お、お願いしますよ、聖女さんっ……! レオは私たちの一人息子なんです、何とかしてくださいっ!」
母親の涙声と父親の縋るような懇願に、プレッシャーを感じる私。
うぅぅん、凄い圧力だ……息子さんをなんとか助けたいという、親心から来てるんだろうけど。
でもまぁ『聖女』って呼んでもらうのはちょっと気分がいい。うふふん。
使えそうだなーと思い、修道女さんの服装を一着パクっ……もとい、拝借しておいて良かった良かった!
まぁここまで言われちゃ、私もそろそろ真面目に仕事モードにならなきゃねっ!
「あ、あはは、大丈夫ですってば……あっ!」
笑顔で応えつつ、ベッドでうなされているレオ君に目をやると……
「ほらほらっ! 見てください、『悪夢』が姿を現しますよっ!」
「えっ!?」
「…………っ!!」
苦しそうにしていたレオ君に、変化が起きた。
ご両親は目を見開いてレオ君を凝視する。
「う、うぅぅっ……うぁぁぁっ……!」
ひときわ大きな唸り声を上げたかと思うと、レオ君は身もだえ始めた。
彼の頭頂部から黒い『もや』のようなものが立ち上り始める。
私は不安極まる表情をしたご両親に、少し下がるようにジェスチャーをした。
部屋の隅に追いやられながらも互いに手を取り合うご夫婦の前に、ちょっとカッコイイポーズで立つ。
驚きのあまり、言葉を失って口元を抑えているお母さんの前に立つ、聖女のわたし!!
よーし、カッコイイぞぉー!
次の依頼を頂くためには、かっこよさも重要だからねっ!
さておき、さーてここからが本番です!
レオ君の頭からにじみ出てきた『もや』は、どんどん量が増してきている。
天井まで立ち上ると、今度は渦を巻くかのように部屋の中へと充満し始めた。
レオくんに深い眠りに入ってもらうために薄暗くしていた子供部屋が、あっという間に暗闇に包まれていく。
うーん、想像以上の『悪夢』だね。
と言うか……今までの依頼の中でも、最大規模かも。
「おぉ~~……コイツはスゲェ。こんな小さなボウズがこんなデッカい『悪夢』を抱えてたんじゃあ、そりゃ辛いよなぁ。毎晩のようにうなされちまうってのも、仕方ねぇ」
もこもこと巨大化する黒い『もや』を見上げながら、相棒のネムちゃんは関心したような声を上げている。
実はこの『もや』、何を隠そうこのネムちゃんの魔法によって生じているものなので、私たちにとっては見慣れた光景。
でも部屋いっぱいに粘度の高そうな『もや』が充満していく様子は、なかなか迫力があるねっ!
そんな禍々しい雰囲気の中、余裕しゃくしゃくの表情でふわふわ浮いてるネムちゃんを見ると、ギャップが激しすぎるなぁ~……。
ネムちゃんは、私が立った時の膝くらいまでの高さしかなく、マスコット的な可愛さがある。
見た目も完全に哺乳類の『バク』をファンシーにしたような感じだし。
「ねぇ、ネムちゃん。正直言って想像してたよりもおっきいんだけど、コレ大丈夫よね??」
「ん~? ああ、問題ねぇよ。ただちょっとデカ過ぎるから、全体が具現化する前に早めに食っちまわないと部屋が壊れるかもな」
……可愛らしい見た目は好きなんだけど、ネムちゃんの口調って仕事に疲れたオッサンみたいなんだよなぁ……。
せっかく愛らしい見た目してるのに、そこだけ勿体ないって言うか……って、うぐっ、いかん。
ネムちゃんがじろりとこっちを睨んでる。
心の中でディスってるのがバレたかも。
長い象のような鼻からフンッとため息を吐くと、ネムちゃんは巨大化しつつある黒い『もや』に向き直った。
おっと、『もや』の中に何かが見える!
「あ、あれは……?」
暗闇の中、目を凝らしてよく見てみると……そこには人の形のような影が浮かび上がって来た。
その姿は、実に恐ろしいものだった。
身体を覆う皮膚は大部分が剥がれ落ち、四肢は肉が無くなってしまっている。
白骨化しかけた頭蓋には、金色に光る大きな目玉が片方だけ。
あれは確か……
「あれって……どこかで見たコトあるんだけど、ネムちゃん何だっけ!?」
「あれだろ、最近この辺りで人気の絵本に出てくる、敵キャラクターのゾンビだ」
はっは~ん、なるほどねー。
さてはレオくん、ちょっと怖い系の絵本を読んだせいで作中に出てくるオバケが頭から離れなくなって、悪夢にまで見るようになっちゃったんだね~。
私たちが『悪夢祓い』をするとき、出てくる幻影は『悪夢』を見ている人によって様々だ。
うなされる原因になっているものだったら、何だって出てくる。
この前の依頼のときは怪獣みたいなものが出てきたし、更にその前は『しめきり』とか『しんちょく』とかって連呼する男の人だった。
レオくんと同じような子供の悪夢を払ったこともあるけど、そのときは『きらいな野菜軍団』が出てきて笑っちゃったっけ。
とにかく悪夢の原因になっているものが『もや』の中に現れるんだけど、それはいわゆる悪霊やゴーストの類ではない。
『悪夢』を見ている人が勝手に頭の中に作り上げた幻影であって、実際の人物が幽霊となって憑依しているなんてコトは無いんだけど…………
「おい、ピルタっ! ちょっと急ぐぞ、ピルタ。このままじゃ床や天井がもたん」
「えっ!? あ、うん、わかったっ!!」
珍しく急ぎ気味のネムちゃんに促され、私も念のため腰に下げていたメイスを掴む。
異世界の合金で作られたメイスは、軽くて高強度、しかも安い!
重さがないので攻撃力に欠けるかと思いきや、私みたいな非力でか弱い女の子でも街郊外にいるようなモンスター程度ならボッコボコにできる、お気に入りの武器なんです、えへへ。
……なんてコト言ってる間に、『もや』の中から絵本のキャラクターにしてはリアルなゾンビが這い出て来ようとしてるぅぅ!
「うわわわわっ、具現化しはじめちゃった! ネムちゃん、よろしくねっ!!」
「よ~し、それじゃ一丁いただきますかぁ~っ! 解ってるだろうが、食ってる最中は俺は動けねえからなっ!」
「うんっ! こっちはまかせなさーい!」
私の返事を聞いたネムちゃんは、にやりと口元を歪めたかと思うと、突如怪しい光を放ち始めた。
まるでミラーボールのようにキラキラしながら浮いているネムちゃんは、この姿がお仕事モード。
天井近くまで浮上すると、部屋いっぱいに立ち登る黒い『もや』を吸い込み始める。
まるでシンクの排水溝に吸い込まれるかのように、黒い『もや』は渦を巻き始めてネムちゃんの口元へと集まってゆく。
「かーーーーっ! こいつぁなかなかの悪夢だなぁっ!」
『もや』を吸い込み続けるネムちゃんは、どこか嬉しそうだ。
部屋の中には紫電が走り、レオくんの眠っているベッドや周囲の家具がガタガタと音を立てて揺れている。
うーむ、確かにこれはなかなかすごい『悪夢』だ。
と、唾を飲みこみながら見ていると、『もや』の中にいるゾンビが暴れ始めた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
『もや』を吸い込まれる事に抵抗するかのように、身体をねじって這い出て来ようとしている!
「ピルタっ! そいつ出ようとしてるぞ! 気をつけろっ!!」
「だいじょーぶ! 任せてちょーーーーだいっ!」
私は少しだけ腰を落とし、両手でメイスを身構えた。
私の後ろには、互いに抱き合うようにして目の前の光景に怯えているレオくんのご両親がいる。
「あ、あわわわわわ…………」
「ひいいっ!」
まるで信じられないものを見ているかのように震える二人に、半身を具現化させたゾンビの幻影が襲いかかる。
白骨化した右腕を振りかぶると、私たちを押し潰すかのように勢いよく振り下ろしてきた。
私はメイスを持つ手に力を込める。
「おりゃーーーーっ!!」
「ギャアアアアッ!?」
タイミングを合わせて、私は落ちてくる巨大な手にメイスを叩きつけた。
幻影だったはずの右腕から、砕けた骨の破片が弾け飛んでいく。
これがホンモノのジャイアントなゾンビだったら、体重が何トンもあるだろうからこんな事はできない。
けど、目の前にいるこいつは夢から出てきたばかり。
私の力でも、戦える!
「うわっ!?」
「す、すごい…………!?」
私に守られるような体勢になっているご両親たちは、私の動きに感嘆を漏らしてる。
うっふっふ、カッコいいでしょう!? カッコいいと言って欲しいなぁっ!
「こっちはオーケー! ネムちゃん、あとどれくらいかかりそうっ!?」
「いいぜぇ、ピルタ。これで、最後だっ!」
天井周辺で浮いているネムちゃんがひときわ大きく光ったと思うと、周囲にあった『もや』が今までの比でないくらいの勢いでネムちゃんに吸い込まれていった。
四角い部屋の中に、突風が吹き荒れる。
今までの中で一番大きな振動。
「ギャ、ア…………アアァ……………………」
薄れゆく『もや』の中央で、巨大なゾンビは断末魔のような声を上げながら暗闇に沈んでいった。
具現化されかけていた身体も、まるで絵の具が水に溶けていくかのように薄くなって消えていく。
どぷん、と低い音が聞こえたかと思うと、そこから二度と出てくるコトは無かった。
そして小さな竜巻のようにまとまった『もや』は、数秒とたたずにネムちゃんの口のあたりに消えていった。
突如訪れる沈黙。
つい先ほどまでの喧騒が嘘であるかのように静まった子供部屋。
禍々しい空気は立ちどころに消え去り、部屋の中央にある大きなベッドの中ではレオくんがすやすやと寝息を立てていた。
「はいっ! 『悪夢祓い』完了でーすっ!」
ただ呆然と私たちを見上げるレオくんのご両親に、私は声高らかに宣言してみせた。
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