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翌日の朝のことだ。私が起きていつものように何気なくテレビニュースを見ていると、見知った名前があった。つい昨日、名刺を貰った刑事さんだ。驚いてニュースの見出しを見るとどうやら「くまさん事件」の被害者となったらしい。私は慌てて昨日貰った名刺に書いてある番号に電話を掛けた。すぐに、電話の向こうから聞き覚えのない低い声が聞こえた。
「もしもし?」
「あのっ、今ニュースで…」
「申し訳ないんだけど、どちら様かな?」
「あ、え、えっと…」
なんと言えばいいんだろう。刑事さんが情報を横流ししていたことは言えない。かと言って、ただの一般人に操作情報を教えられるはずもない。
「用がないなら切るよ。こちらも暇ではないんでね」
「あ…ちょっと!」
ぐずぐずしていたら向こうから電話を切られてしまった。どうしよう。心ここにあらずな状態で家を出た。授業にも全く集中出来ず、例の女子たちの会話も全く耳に入らなかった。
学校が終わったあと、私は刑事さんが殺された場所に実際に行ってみることにした。場所はスマホの地図機能で確認済みだ。十分ほど電車に揺られ、辿り着いた。殺された場所は刑事さんの家の、やはり浴室だった。彼の家の近くまで行くと当然ながら警察によって規制線が張られていた。事件から半日近く経っていたことで野次馬はほとんどいなかったが遠目にしか見ることが出来なかった。諦めて潔く退散しようと踵を返しかけたその瞬間だった。規制線が張られている区画の奥に――何かいる。それはよく見ると、うさぎのカチューシャを頭につけフリルのドレスを着た、私と同じくらいの歳の女の子だった。私に見られていることに気づいたのか、彼女はすぐに曲がり角の向こうに消えてしまった。
私は――言い様のない恐怖に襲われていた。なんだあれは。明らかにこの世のモノではない「何か」だ。気づいた時には私はあまりの恐怖に駆け出していた。殺される!早くここから離れないと殺される!立ち止まったら殺される!そう自分に言い聞かせ、笑う膝を叱咤して必死に駅まで走った。息を切らしながら駅に辿り着き、振り返ることなく改札を通った。帰りの電車の中では顔を伏せ、外の景色も全く見ずに最寄りの駅に辿り着き、一目散に家まで走り、転がりこむように家に入った。憔悴した私を心配してか、母親が声を掛けてきた。
「どうしたの、顔色悪いけど大丈夫?」
「…」
私はその声さえも無視して無言で自室へと戻った。母親も何かを察したのかそれ以上声を掛けてくることはなかった。
自室に戻った私はドアに鍵を掛けて閉じこもった。しばらくの間、「アレ」を見た時に植え付けられた恐怖で頭から布団を被り動くことが出来なかった。数時間経って恐怖が薄れて来た頃には辺りはすっかり暗くなっていた。空腹を覚えていることに気づき、居間に降りて母親が用意してくれていた夕御飯を食べる。すぐに食べ終わり、シャワーを浴びて自室に戻ってスマホを立ち上げる。勿論調べることは事件についてだ。昼間見た「アレ」の目撃情報がないかを探す。あらゆるサイトやSNSを回って調べるが、一切目撃情報が出てくることはなかった。ただ、いくつか――被害者の傍にいた人の書き込みだが――気になるものがあった。「何か見えないものに抗っているような様子だった」というのだ。もし「アレ」が殺される人にしか見えないなら…と考え、自分にも見えてしまっていたことに気づく。だがこれは私の何の根拠もないただの想像、いや妄想にすぎない。自分にそう言い聞かせる。
その夜、いつもなら例の女子たちに隠れながら学校に行くところだが、「アレ」を見ることが怖くなっていた私は学校に行くことなく、しかしなかなか寝付けなかった。窓を開け、布団の中で何度も寝返りを打っていると、ふと微かに音がすることに気づいた。初めは聞き間違いかと思ったが、そうではない。確かにこつ、こつ、とゆっくり歩いているかのような音が聞こえる。得体の知れない音に、そして何よりも「アレ」が現れたのではないかという恐怖で身が竦む思いがした。音はだんだん大きくなってくる。近づいて来ているようだ。私は身を蝕むような恐怖に身体を震わせ怯えることしか出来ない。音の主は丁度家の前に来た。音が止まった。立ち止まっているらしい。私は気づかれないように息を潜める。そのまま数分程経って足音の主はまた歩き始めた。心臓が恐ろしい程拍動している。と同時に少しの好奇心が湧き、足音の主を確かめるために窓から顔を覗かせた。窓から見えるのは街灯に照らされて不気味に黒光りする道路。その上に立つフリルのドレスを着た人影。視線を感じたのだろうか、その歩みが止まる。全身が凍りついた。頭がゆっくりと回転する。こちらを向こうとしているのだ。本能的に身を隠さなければ、と思うが出来ない。顔がこちらに向けられたその瞬間――姿が消えた。まるで初めからそこには何もいなかったかのように。息苦しさを覚えて自分がずっと呼吸を止めていたことに気づく。大きく息を吸ってベッドに身体を横たえようとするが、窓から微かに暁光が差している。時計を見ていなかったので気づかなかったが起きた時には既に夜明け前だったらしい。寝るわけにもいかず、今起きた出来事を反芻しながら窓辺に佇み、日の出を待っていた。
「もしもし?」
「あのっ、今ニュースで…」
「申し訳ないんだけど、どちら様かな?」
「あ、え、えっと…」
なんと言えばいいんだろう。刑事さんが情報を横流ししていたことは言えない。かと言って、ただの一般人に操作情報を教えられるはずもない。
「用がないなら切るよ。こちらも暇ではないんでね」
「あ…ちょっと!」
ぐずぐずしていたら向こうから電話を切られてしまった。どうしよう。心ここにあらずな状態で家を出た。授業にも全く集中出来ず、例の女子たちの会話も全く耳に入らなかった。
学校が終わったあと、私は刑事さんが殺された場所に実際に行ってみることにした。場所はスマホの地図機能で確認済みだ。十分ほど電車に揺られ、辿り着いた。殺された場所は刑事さんの家の、やはり浴室だった。彼の家の近くまで行くと当然ながら警察によって規制線が張られていた。事件から半日近く経っていたことで野次馬はほとんどいなかったが遠目にしか見ることが出来なかった。諦めて潔く退散しようと踵を返しかけたその瞬間だった。規制線が張られている区画の奥に――何かいる。それはよく見ると、うさぎのカチューシャを頭につけフリルのドレスを着た、私と同じくらいの歳の女の子だった。私に見られていることに気づいたのか、彼女はすぐに曲がり角の向こうに消えてしまった。
私は――言い様のない恐怖に襲われていた。なんだあれは。明らかにこの世のモノではない「何か」だ。気づいた時には私はあまりの恐怖に駆け出していた。殺される!早くここから離れないと殺される!立ち止まったら殺される!そう自分に言い聞かせ、笑う膝を叱咤して必死に駅まで走った。息を切らしながら駅に辿り着き、振り返ることなく改札を通った。帰りの電車の中では顔を伏せ、外の景色も全く見ずに最寄りの駅に辿り着き、一目散に家まで走り、転がりこむように家に入った。憔悴した私を心配してか、母親が声を掛けてきた。
「どうしたの、顔色悪いけど大丈夫?」
「…」
私はその声さえも無視して無言で自室へと戻った。母親も何かを察したのかそれ以上声を掛けてくることはなかった。
自室に戻った私はドアに鍵を掛けて閉じこもった。しばらくの間、「アレ」を見た時に植え付けられた恐怖で頭から布団を被り動くことが出来なかった。数時間経って恐怖が薄れて来た頃には辺りはすっかり暗くなっていた。空腹を覚えていることに気づき、居間に降りて母親が用意してくれていた夕御飯を食べる。すぐに食べ終わり、シャワーを浴びて自室に戻ってスマホを立ち上げる。勿論調べることは事件についてだ。昼間見た「アレ」の目撃情報がないかを探す。あらゆるサイトやSNSを回って調べるが、一切目撃情報が出てくることはなかった。ただ、いくつか――被害者の傍にいた人の書き込みだが――気になるものがあった。「何か見えないものに抗っているような様子だった」というのだ。もし「アレ」が殺される人にしか見えないなら…と考え、自分にも見えてしまっていたことに気づく。だがこれは私の何の根拠もないただの想像、いや妄想にすぎない。自分にそう言い聞かせる。
その夜、いつもなら例の女子たちに隠れながら学校に行くところだが、「アレ」を見ることが怖くなっていた私は学校に行くことなく、しかしなかなか寝付けなかった。窓を開け、布団の中で何度も寝返りを打っていると、ふと微かに音がすることに気づいた。初めは聞き間違いかと思ったが、そうではない。確かにこつ、こつ、とゆっくり歩いているかのような音が聞こえる。得体の知れない音に、そして何よりも「アレ」が現れたのではないかという恐怖で身が竦む思いがした。音はだんだん大きくなってくる。近づいて来ているようだ。私は身を蝕むような恐怖に身体を震わせ怯えることしか出来ない。音の主は丁度家の前に来た。音が止まった。立ち止まっているらしい。私は気づかれないように息を潜める。そのまま数分程経って足音の主はまた歩き始めた。心臓が恐ろしい程拍動している。と同時に少しの好奇心が湧き、足音の主を確かめるために窓から顔を覗かせた。窓から見えるのは街灯に照らされて不気味に黒光りする道路。その上に立つフリルのドレスを着た人影。視線を感じたのだろうか、その歩みが止まる。全身が凍りついた。頭がゆっくりと回転する。こちらを向こうとしているのだ。本能的に身を隠さなければ、と思うが出来ない。顔がこちらに向けられたその瞬間――姿が消えた。まるで初めからそこには何もいなかったかのように。息苦しさを覚えて自分がずっと呼吸を止めていたことに気づく。大きく息を吸ってベッドに身体を横たえようとするが、窓から微かに暁光が差している。時計を見ていなかったので気づかなかったが起きた時には既に夜明け前だったらしい。寝るわけにもいかず、今起きた出来事を反芻しながら窓辺に佇み、日の出を待っていた。
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