アルトリアの花

マリネ

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「冷えてきたし、そろそろ戻ろうか。」
そう言いながらも、名残惜しそうに手を離さない。
言われてみれば、話し込んでいた間に夜風が冷たくなっていた。

「アルベルトのところまで、このままでいさせて。」
すっと、握ったままの手をひく。
冷え込んだ体に、彼の手の温もりが心地よい。

そんなに歩いてきたつもりはなかったものの、邸の入り口に立つアルベルトの姿は小さかった。
ここまで離れていれば、話の内容は聞こえてなかったよねと、内心ほっとする。
リュクスに嫉妬してた話やソウンディックからの囁きなど、恥ずかしくて聞かせられたもんじゃない。
どんな顔をして会ったら良いか、困るところだった。

「すぐ着いちゃうのが勿体ないな。」
「っ。」
駄々をこねる子供のような、小さな呟き。
これ以上、赤面させないで欲しい。
空いている手で、パタパタと顔を扇ぐ。
アルベルトに会うまでに、普通の顔に戻らなきゃ。

「また来たら良いじゃないですか。明日でも明後日でも。」
「うん、そうだね。」
まだ子供っぽい笑顔を浮かべながら、熱のこもった瞳で遠くを見る彼が「約束しても良いんだ。」とほっとしたように呟くのを、レティは聞き逃していた。

「?何か言いましたか?」
「ううん。何も。」
首を横に降るソウンディックは、すでにいつもの微笑みだ。
本当の彼には、先ほどまでのような子供っぽいところがまだまだあるのかもしれない。
これからもそんな彼に翻弄されるのかしら…と上の空になる。

「遅い。」
邸の入り口では、アルベルトがしかめ面で腕組みしていた。

「そんなに待たせてないだろう。見える所にいたんだし。」
「ソウンディックは油断ならないのが、しっかり見えた。」
「え?」
やり取りが見えてたの?
いつから?
「レティ、嫌だったら殴り倒して良いんだからな。」
「え?」
結構遠いのに、そんなにしっかり見えてたの?

「人聞きの悪い事を言うな。そんな変な事をしてない。」
「レティは嫌だったかもしれないだろう?」
「え?」
「嫌だったのか?レティ。」
「え?」
二人に覗きこまれて、思わず首をふる。
「い、嫌じゃないです!」
だから、そんなに騒がないで下さい!
顔が近いし!
誰か止めてー!と心で叫びながら、顔を隠すだけでいっぱいだった。
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